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原点を思い出す国王の心中

 十年ぶりにエグタリット国から遊学という名目で訪れたのは、イーグリー・エグタリット第三王子。

 婚約者のエリーナ・チェス侯爵令嬢を伴っての来訪であったが、その婚約者に国王である余、ダリス・ゴロッシュはもちろんのこと、妻である王妃と息子である王太子が目を奪われたのは、どうしようもないことだった。

 声も出せず、ただひたすら彼女を凝視する。

 それほどエリーナ・チェスという少女は、かのフレーシア・タリトに瓜二つだったのだ。

 年頃も、ちょうど会えなくなった時期と重なる。

 美しい容姿もさることながら、所作の美しさに見惚れてしまう。

 まるでフレーシア・タリトが帰って来てくれたような錯覚に陥った。


 困惑する来賓に気付いたのは、王妃である。

 すぐに取り繕い、余がせねばならない挨拶を買って出てくれた。

 賢妃と呼ばれていただけのことはある。

 そうしてフワリと微笑む彼女の姿は、十年前に思いを馳せさせた。



「フレーシア嬢、もう我慢などせずともよい。あれは、どうしようもないクズだ。国王として、いや、親として謝罪する」

「国王陛下、謝罪など無用ですわ。サシュティス様があのようになられたのは、わたくしにも非があってのこと」

「そなたは何一つとして悪くない。余が無理を言わなければ、このような辛い人生を歩むことなどなかっただろうに」


 一人息子であるサシュティスが、婚約者であるフレーシア嬢を放って他の女に現を抜かしていると知ったのは、一年前のこと。

 王太子として、また貴族としてありえないその行動に頭を痛めたが、問題はそれだけではなかった。

 以前よりサシュティスのフレーシア嬢に対する行いは、目に余るものであった。

 フレーシア嬢に幾度となく助けられていたというのに、恩を仇で返すような行為の数々。

 彼女がいなければサシュティスなど、とうに貴族からも見放されていたものを。

 子供というギリギリ許されていた行為も、歳を重ねれば白い眼を向けられる。

 フレーシア嬢は、そんなサシュティスを陰で必死に支えていたのである。


 せめてもと、フレーシア嬢がサシュティスと例の女がいる学園に入る前に、二人を別れさせようとしたのだが、彼女はサシュティスの心情を慮った。

「サシュティス様も、王太子という重責に苦しみ、せめて学園では自由にと羽を伸ばされているのでしょう。交友関係にまで口を出すと、今以上に頑なになってしまわれますわ」

「あれに、それほどの意識があるとは思えぬ。重責というのなら君の方が苦しいのではないか?」

「わたくしは……国王陛下や王妃様に良くしていただいておりますから」

 苦笑を返すフレーシア嬢にサシュティスばかりではなく、余まで気を使わせている現状に心苦しくなる。

「――君たちが跡を継いだ暁には、サシュティスよりフレーシア嬢、君に権限を持てるようにするつもりだ。あいつには王配程度の権限で十分だし、王として君臨する能力もないだろう」

「そんな……」

「家臣も、有能な者は全てサシュティスを見限っている。君が王妃として君臨してくれるのならば、国のために尽力しようと願う者が大多数だ。高位貴族のそれは、サシュティス本人も知らないが、あれの出生にも関わっているのだろうな」

「え?」

「いや、何でもない」

 大きな溜息を吐く余に、フレーシア嬢は困った表情を浮かべる。

 ああ、彼女にこんな顔をさせるつもりはなかったのだが、つい優しい少女に弱音を吐いてしまった。

 サシュティスの出世など、フレーシア嬢もあずかり知らぬことだというのに。



 サシュティスは、王妃の本当の子供ではなかった。

 余と、侍女であった子爵家の娘との間の子供だ。


 王妃が子供のできない体であると知ったのは、婚姻して三年後のことである。

 当時、余はまだ王太子であった。

 王族の掟として妃以外の妻を持つことが許されない以上、王族の血を引き継ぐのに、どうしても王太子妃の子供を授かるしかなかった。

 側近たちと話し合った結果、内密に王太子妃の代わりに子供を産む女を用意することとなった。

 だが、高位貴族の女性にそのようなことを願える訳もなく、必然的に下位貴族の女性、しかも万が一、ことが露見した場合を考えて親族のいない娘を選ぶことにした。

 ちょうど新しく侍女として採用した娘が、つい先日両親が馬車の事故で亡くなったという子爵家の令嬢であった。

 本来なら身寄りのない娘を王城の侍女として雇うことはなかったのだが、たまたまその娘を知っていた側近の一人が身元引受人として名を連ねたことから、採用となったようだ。

 だからその娘が目をつけられたのは、当然の成り行きだったのだろう。


 その後、王太子妃の侍女として抜擢された元子爵令嬢は、内密に余と関係を持つこととなる。

 本心ではどうか知らないが、王太子妃もその企みに加担した。

 子を孕むと、娘を余の側で囲い込んだ。

 彼女の存在を知られないよう、余の自室にある隠し部屋に彼女を住まわせ、接触する者は最低数に定め、徹底的に周りを固めたのだ。


 隠し部屋は本来なら王族しか知らぬ、敵が攻めてきた場合などに使用される緊急の避難場所である。

 出入口がわかりにくく、室外から部屋があるとは思えない空間に配置されている部屋で、この隠し部屋も余の部屋から繋がっているのだ。

 内乱の際も、本来なら順当に王位を継ぐはずだった第一王子が隠れたらしいが、そこから引っ張り出したのが内乱を始めた第二王子である。

 国王は隠し部屋の存在を、子供全員に話していたらしい。

 良くも悪くも、子供たちを区別していなかったのである。

 ……要するに、誰が跡を継ごうと関心がなかったのだ。


 そして王太子妃には彼女の言動を真似させ、表では彼女の腹に子供がいるように見せかけた。

 子供が産まれるのを、皆が心待ちにしていたのだ。

 余も念願の我が子に浮かれていたのかもしれない。

 娘に優しい言葉をかけ、労わった。


 それがいけなかったのだろうか?

 娘は腹が大きくなると、次第に不遜な態度をとるようになっていった。

 立場にそぐわぬ物を欲しがり、身の回りの世話をしてくれる者たちを無下に扱うようになっていったのだ。

 気に入らなければ平気で暴れるその姿に、初めはお腹に子供がいるために情状不安定になっているのかと思ったが、どうやらそうではないらしいと知ったのは、護衛の報告を聞いた時だった。

 腹に子供がいる動作を真似ようと訪れた王太子妃に向かって「王太子様に本当に愛されているのは、私よ。可哀想に。子供の産めない女など、見限られるのも時間の問題ね」と嘲笑したのだそうだ。

 どうやら勘違いをさせていたことに、その時になって初めて知った。

 子供を産んだ後の娘の処遇を、側近たちと話し合う必要が出てきた。


 その後、娘が無事に子供を産むとその子を取り上げ、王太子妃の子供として大々的にお披露目をした。

 そして娘には、国の東にある辺境伯のもとに嫁ぐよう命じた。

 没落した子爵令嬢の身では、辺境伯に嫁げるなど好待遇のはずだった。

 だが、娘はありえないと憤慨した。

 世継ぎを産んだのは自分なのに、どうして我が子と離され辺境の地などに追いやられなければならないのかと暴れたのだ。

 それはもう、手が付けられないほどに。

 そうして余の傍らにいた王太子妃を睨みつけ、あろうことか王太子妃に向かって突進したのだ。

「そこは私の場所だ! 子供も産めないような女に、座る資格はない! どけ!」

 女とは、かくも醜い生き物に成り下がるのかと恐怖した余の前に走り出たのは、当時はまだ一介の騎士に過ぎないカイサック団長であった。

 あっという間に拘束して、余に娘の采配を委ねる。


「お前は余の子供を産んでくれた。幸せに生きてくれることを望んだうえでの処遇だったのだが、どうやら気に入らなかったようだ。このような状況になったことを、とても残念に思う。まずは頭を冷やしてほしい。連れて行け」

「王太子様! 王太子様は私を見初めたから、私を望んだのでしょう⁉ その女にはできなかった愛の結晶を残したのは、この私よ。王太子様に愛された私こそが、その場所に相応しい……」

 盛大に勘違いをこじらせた娘が、騎士たちによってその場から引き離される。

 王太子妃に視線を送り大丈夫かと、すまなかったと声をかけたのだが、王太子妃は黙って首を横に振るだけだった。


 その夜、娘は監禁された部屋で隠し持っていた小刀で自殺した。

 翌朝、その躯は人知れず処理されることとなる。

 娘の存在は秘匿とされていたから、公に葬ることもできなかったのだ。


 そんな因縁からか、王妃はサシュティスを心から可愛がることができず、またサシュティスも内情を知る一部の者から疎まれていたことを感じていたのか、その言動は子爵令嬢のそれと酷似していた。

 余も彼女のことから、息子を本気で叱ることができずにいた。

 また、サシュティス以外に子供をと望む側近にも辟易し、同じことを繰り返すのかと論じたうえ、王妃以外の女性に近付くことはしなかった。


 余はサシュティスから逃げたのだ。



 二度と子供の持てない状況で、フレーシア嬢だけが余や王妃にとっても、この国にとっても、なくてはならない存在だったのである。

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