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愛すべき女性との決別

 三代前……約百五十年前のこの国の王は、王妃と側妃八人を侍らせていた。

 当然、子供も二十一人と子沢山である。

 そして、それは内乱を引き起こすには十分な数であった。

 王の座を射止めんとする子供たちが、苛烈な争いを始めたのである。

 それによって勝ち残ったのが、第五王子。

 この争いは王宮内だけではとどまらず、国民にまで多大な被害をもたらした。

 男は戦に駆り出され、田畑は荒れ、食料は底をつく。

 他国との戦争よりひどい状態となった国に、生き残った者は誓いを立てる。

 いかなる理由があろうと、側妃の存在は認めない。

 どのような状態であろうと長男が国王として跡を継ぎ、兄弟同士の争いも認めない。

 それがこの国の王族としての掟であった。



 何十人と集まっているはずの玉座の間が、静寂に包まれている。

 何も聞こえないはずの私の耳には、先ほどからグワングワンという大きな音が鳴り響いている。

 これは耳鳴りか、それとも私の心音か?

 私はゆっくりとフレーシアの父である、タリト侯爵に目を向けた。


 側妃を持つことが許されない以上、私はミモザとしか婚姻を結べない⁉

 では、フレーシアはどうなる?

 怪我をしてどれほど醜くなろうと、あの女以上に、この国の王妃になれる者はいない。

 そして私の隣に立つ女も。



「……フレーシアは、私の傍にいたくて、血の滲むような努力を積み重ねてきたのだぞ。それを、お前は簡単に切り捨てる気か?」

 思った以上に、弱々しい声が自分の口から出た。

 考えてもいなかった。

 フレーシアが私の傍から離れるなど。

 ミモザのことなど、一時の遊び。

 フレーシアが反応を示すから、揶揄っただけに過ぎない女。

 それもこれも、フレーシアの歪んだ顔が見たかっただけなのだ。


「勘違いなさらないでください。フレーシア様を傷付け切り捨てたのは、貴方です。サシュティス殿下」

 そんな私の心も知らずに、宰相が全ての責任は私にあると淡々と述べる。

 私は力なく、首を横に振る。

「違う。私はフレーシアの気を引きたかっただけだ。いつもすました顔で、正論しか言わない彼女の本心が知りたかっただけなのだ」

「貴方の気持ちなど、どうでもよろしい。我々にはただ一つの現実があるだけ。それは有望な王太子妃を、未来永劫失ったという事実です」

 宰相が言い放った言葉に、私は全身の力が抜ける。

 もう二度と、フレーシアを手にすることができない。


「一応申し上げておきますが、現在ミモザ嬢のお腹にいる子供は堕ろさせていただきます。誰の子供かわからない以上、その子を王座に就かせる訳にはいきませんので」

「……ならば、ミモザも殺してしまえばいいではないか⁉ そうすれば、フレーシアを妃にできる」

「つっ! 貴方という人は……」


 部屋中の者が息をのむのがわかった。

 だが、私の頭は冷え切っていた。

 皆が望む王太子妃はフレーシアしかいないのだから、彼女を妃にするために動けばいい。

 ミモザなど、誰も望まないのだ。

 私の子を宿したというだけの何もない女は、それだけで王太子妃の座に座ろうとしている。

 それならば、ミモザを最初からなかったものにすればいい。


「本気で仰っているのなら、私は領地に戻ると言う高位貴族の方たちを止める手立てはありません。このような無情な王に仕えろとは言えませんので」

 全てを諦めてしまったかのような宰相に低い声が、私の癇に障る。

「綺麗事を言うな! ここにいる、誰もがフレーシアを王太子妃にと望んでいるくせに。ミモザさえいなければ、それが可能だというのがわからないのか⁉」

 周囲を見渡し、訴える。

 腹の中にいる赤子は殺すというくせに、母親は殺せないとはおかしなことだ。

 皆フレーシアを望んでいるというのに、どうして邪魔者を排除しようとしないのだ?

 己の手は汚したくないと、自分たちは関係ないと、そう言いたいのか⁉


「ですから、もう、そういう状況ではないと言っているのです。貴方がフレーシア様を望むのであれば、どうしてもっと早くに彼女に寄り添わなかったのですか? 何もかも遅過ぎるのです」

 まるで理屈が通らない子供を諭してるかのように、溜息を吐かれる。

「お前たちこそ、状況を知っていたのならもっと早くに、この私に助言すればよかったのではないか⁉ フレーシアの頼みだが何だが知らないが、見て見ぬふりをしていたお前たちも同罪だ。全てを知っていて尚、放置していたのはお前たちだろう」

 私一人が悪い訳ではないと叫ぶ。

 ここにいる全員が同罪なのだと。


「……ええ、そうですね。ですから私は、フレーシア様に対する謝罪の意味も含めて、今後の、この国を支えるつもりで残るのです。フレーシア様が愛したこの国を」

「フレーシアが愛していたのは、この私だ! 彼女の努力も功績も我慢も、全ては私を愛するがゆえ。今まで辛かったと言うなら今度こそ、傍に置いて可愛がってやる。どのような醜い傷があろうともな。そうフレーシアに伝えろ。そうすれば、彼女は泣いて喜び、城に戻ってくるはずだ」

 そう吐き捨てて、タリト侯爵を振り返った。

「いい加減にしろ!」

 すると、侯爵とは反対側から怒声が聞こえた。

 ビリビリと室内を震わす迫力に、私は言葉を失う。


「他者を愚弄するにもほどがある。サシュティス、お前がフレーシア嬢に愛される要素が、どこにあるというのだ? 我儘で傲慢で意志薄弱なうえに短気で狂暴、そして怠惰なお前に、完璧な淑女である彼女が愛するなど、本気で思っていたのか?」

「ち、父上……⁉」

 国王陛下を見つめる。

 父上の私に対する評価は、そこまでひどいものだったのかと唖然となる。


「タリト侯爵に、私が頭を下げたのだ。フレーシア嬢を我が国にもらい受けたいと、ろくでもないお前が王になどなったら、この国に未来はない。だが王の血筋を引く者はお前しか存在せず、せめて素晴らしい伴侶が傍にいれば、どうにかなるのではないかとな。タリト侯爵は娘にそんな重圧をかけたくないと言ったが、他でもないフレーシア嬢が私に同情してくれたのだ。断じてお前を愛したからではない。いや、もしかしたらお前も、こんな無理難題を押し付けた余にも、嫌悪していたかもしれないな」

 それでも頷いてくれたのは、彼女がこの国を愛していたからこそだと言う父上に、私は呆然とする。

 フレーシアは私を愛していなかったのか?

 国のため、仕方なく私の傍にいたというのか?


 混乱する私に、冷めた目を向ける貴族たち。

 皆、それを知っていた。

 私はそんなことも知らずに、フレーシアをいいように使っていたのか?

 愛されていると信じて……。

 カッと頭に血が上る。

 騙していたのか?

 全員で?


「そんなの、私はまるで道化ではないか⁉」

「まるで、ではなく道化そのものだ。真実を見ずに、享楽だけを貪る。お前など、他に子がいればすぐに廃嫡していた。お前は王の器ではない」

 父親である国王のあまりの言葉に声を荒げるが、そんな私に国王陛下は淡々と話す。

 そして、他に子供がいれば私などとうに排除していたと口にする。

 信じられない言葉に、脳が追いついていかない。

 これは本当に父上か?

 確かに、幼い頃から笑顔で接してもらった覚えはない。

 いつも民やフレーシアに向ける笑顔を、私は横からそっと窺っていた。

 そうか、私は煙たがられていたのか……。


「――それでも、王族の血を引く者は私しかいないのだから、仕方がありませんよね」

 妙に頭の芯が冷える。

 これほどの拒絶を味わえば、反対に冷静になっていくというもの。

 道化だろうが王の器でなかろうが、父上が死ねば王族は私しかいなくなるのだ。

 姿勢を正し、周囲を見下ろす。


「去りたければ去ればいい。お前たちが何と言おうが、次の王はこの私なのだからな」

 歪な笑顔を張り付け、威丈高に叫んでやる。

「フレーシアも要らぬ。ミモザと結婚しろと言うなら、してやろう。側妃など持たずとも子など、どうにでもなる。私はまだ若い。未来は私が繋いでやる」

 アハハハハと笑う私の横をタリト侯爵、カイサック団長が無言で立ち去って行く。

 誰も声を上げない中、数人の高位貴族が玉座の間から立ち去り、室内には国王の溜息だけが妙に響いた。

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