真実を語る宰相との口論
「殿下はその頃から、彼女に厳しい言葉を投げつけていましたね。侍女や護衛が見ております。それでもフレーシア様が問題にはしないでほしいとお願いされたから、公にされていないだけ。陛下や私ども、重鎮には逐一報告が入っておりました」
「……そんなのは、取るに足らない痴話喧嘩だ。将来を共にする者同士として、甘えていたのだろう」
視線を逸らし、そう答えたが、宰相の目は冷え切っていた。
「甘えで、差し出がましい女だとか高慢ちきな女だとか仰っていたのですか? それはなんとも大層な甘え方で……。その後もフレーシア様が頑張るたびに、ひどい言葉を投げかけていますよね。次第に彼女は自分がした功績を、貴方がしたと偽りを吐くようになりました。殿下を立てたのでしょう」
「それは本当のことだ。私が命令してフレーシアにさせただけで、発案者は私だ」
全てが嘘のように言われて、私は宰相を睨みつける。
中には私が発案して、成功した事案もあるのだ。ごく稀にだったが……。
「サシュティス殿下がフレーシア様に相談しているような姿は、常に側にいる侍女も護衛も、誰も見てはおりません。婚約者の義務としてのお茶会でも、殿下はいつも不貞腐れていて会話は進まなかったと報告されています」
「それは、その侍女たちがフレーシアの味方で、彼女のいいように報告しているだけだろう」
フレーシアの側にいる侍女が、私の得になることを証言するはずがないと言ってやる。
ほとんどの侍女が、彼女の信奉者なのだから。
フレーシアの味方が大勢いる中での証言は、信憑性に欠けると反論すると、半眼で私を見た宰相が話を切り替えた。
「護衛や複数の使用人からの証言もありますが、まあ、いいでしょう。それでは社交の場での殿下の態度は如何なものでしたか? 殿下もフレーシア様も未成年で夜会には出られませんが、昼間の催事などで貴族との対面や他国の要人との会話の時は、全てフレーシア様任せではありませんでしたか?」
「何を……。私がちゃんと前に出て受け答えしていたではないか」
「後ろにいるフレーシア様が、全て耳打ちされてのことですよね。彼女が出席者の爵位や名前を殿下に教えている姿には、皆気付いていましたよ」
気付いていないのはお前だけだというように、宰相はモノクルを指先でつまみ押し上げた。
「それに他国の方との会話も、殿下は言葉を話せないでしょう。殿下が話せるのは母国語と共通語として話されているエグタリット語。かろうじて流通が盛んな友好国のバタラ語とブライル語が片言で話せる程度。フレーシア様が通訳と称して、その国の情勢やら特産品の会話をして、喜んでいただいておりました」
「それの何が悪い⁉ 私の補佐をするのが彼女の役目だろう」
「しかし、そんな時でもその場を去った後、フレーシア様を罵っていましたよね。他国に媚びる節操なしだと。聞くに堪えないと、侍女が泣いておりました」
「………………」
私は眉間に皺を寄せる。
――これは、少々ばつが悪い。
「さすがに言葉が出ませんか? 殿下は上手く隠せていると思っていたようですが、城内で秘密にできることなどありません。全て知ったうえで、フレーシア様の問題にはしないでほしいという要望を叶えていただけに過ぎないのです」
その言葉を聞いて、私はハッと顔を上げた。
フレーシアが問題にしないでほしいとお願いした。
ならば、それが全てだ。
「ふ、ふん。それならばフレーシアが苦には思っていなかったということだろう⁉ 私を愛しているから、何を言われても傍にいたかったのだ。そんな彼女の気持ちを優先しない今回の行動は、お前たちが非難されるべきではないのか?」
「ですが学園での殿下の行動は、フレーシア様も公にするなとは仰りませんでしたよ」
「何?」
「ミモザ・スワーキ男爵令嬢との仲は、やり過ぎでした。子供まで作っては、フレーシア様とて内密にはできない事柄でした」
「!」
そこで、周囲を見渡す。
皆、知っていた。
私がミモザと深い仲でいることを。
そして子供の存在まで。
私は大声で叫ぶ。
「あれは私の子では、ない! ミモザは複数の男と関係がある! その証拠に乙女ではなかった!」
「ええ、もちろん存じています。ですが、貴方もそのうちの一人ですよ。貴方の子ではないとも言い切れないのです」
「だったら、すぐに堕ろせばいいではないか。そのための金も渡した」
「……愚かな。もう、そういう問題ではないのですよ。学園の生徒が見ている前で、殿下との子供の話をした。子供が産まれようが産まれまいが、貴方と彼女はそういう関係だと周囲に知られてしまったのです。殿下とミモザ嬢の婚姻は、決まってしまったのですよ」
私は目を見張った。
いつの間にか、私とミモザの婚姻が成立されていたのだ。
信じられないと、私は宰相を見据える。
「馬鹿な。ミモザは男爵令嬢だぞ。王太子妃になんて、なれるはずがない」
「ええ、本来ならそうです。ですが、王太子殿下が身分の関係ない学園で恋をして、子供が授かった。周囲は身分を超えた真実の愛だと噂し、それは民までもが耳にする事態になってしまっているのです」
愕然とする。
いつの間に、そのような状態になってしまっていたのだ?
「誰がそのようなことを……」
ブルブルと震える声で呟くと、宰相がその質問に応じた。
「ミモザ嬢でしょうね。学園ではミモザ嬢の周りにいた男子生徒から、街ではミモザ嬢があちらこちらのお店で、男友達を相手に大声で話していたそうですよ。私は王太子殿下の寵愛を得ている。私たちこそ真実の愛で結ばれた恋人同士。フレーシア様が功績を上げているため公にはできないが、私のお腹には二人の愛の結晶が宿っている。とここまで言われては、お二人の仲を認めるほかありません」
ミモザがまさかそんな大胆な行動に出ていたとは思いもしなかった私は、口を大きく開けるしかなかった。
待て。待て待て待て。
このままでは、ミモザの虚言が真実になってしまう。
慌てた私は宰相に向かって怒鳴りつけた。
「ミモザは私に堕ろすと約束した。そんなこと、私は知らない」
「最早、知らないでは済まされないのです。先日の学園での騒動。あれが決定打になりました」
ここで学園での話を蒸し返された私は、大きく目を見開いた。
「貴方はミモザ嬢を庇い、フレーシア様を罵倒した。しかも謝罪を強要したうえ、婚約破棄まで言い渡した」
「違う。あれはその場の勢いで。階段から降りてこないと破棄すると。本気ではなかった」
「――冤罪と知っていて、仰ったのですよね」
「!」
突然、宰相に私があの場で彼女に言ったこと全てが嘘だったと暴露されて、私は言葉が出なくなってしまった。
宰相はフゥーッと息を吐く。
「フレーシア様には何の罪もない。殿下が掲げた罪は、全部捏造。若しくは他者の罪を彼女に擦り付けただけ。違いますか?」
「………………」
「都合が悪くなると、だんまりなのですね。構いませんが、フレーシア様との婚約は解消。同時にミモザ嬢との婚姻は、決定事項です」
これ以上の問答は無意味だというように、宰相はピシャリと言い切った。
「……だが、ミモザに王太子妃など無理だ。血筋の問題だけではない。彼女は貴族としてのマナーも知識も矜持も、何もない」
それでも認められないと、私はミモザの不出来さを口にする。
どんなに頑張っても、彼女を妃教育するのは難しいだろうと。
私のそんな説明にも宰相は動じることなく、半眼で答えた。
「そんな方に手を出されたのは、殿下ですよ」
「!」
「王族が関係を持つというのは、とても大切なことです。誰でもいいという訳ではありません。特に一夫一妻制であるこの国にとって、欲望のまま行動に移すことは絶対に禁忌だと、幼い頃より教師陣に叩き込まれていたはずです。それも殿下にとっては、煩わしいことだったのでしょうね」
正論を述べられ、私は唇を噛み締める。
「……ならば、フレーシアを王太子妃に。ミモザを側妃にする」
無駄な抵抗だと思いながらも、私はそう口にする。
もう、この手しかないだろうと発言したつもりだったのだが……。
「先ほども申しましたが、この国は一夫一妻制です。下位貴族や平民の間では、王族なら側妃も持てると思っている者もいるようですが、それは絶対にありえません。余計な火種は撒かない。三代前の内乱で、そう決まったはずです。ですから、殿下はたった一人の後継者なのではありませんか」