それぞれのこれからの生活
ウォルトやフレーシアを助けるためとはいえ、ヒロインであるミモザを今の性格に導いた責任を感じていた俺は、フレーシアにミモザは平民になって自由になると言われて、ハッとした。
確かにそういわれれば、そうかもしれない。
自由奔放に生きる彼女にとって、これまでの監禁生活は苦渋のものであっただろう。
やっと自由に外の空気を吸えるのだ。
王太子と縁が切れたことは、彼女にとって幸運以外の何ものでもないのかもしれない。
「フレーシアの言うようにミモザ嬢自身が平民になることを喜んだとして、彼女の両親、スワーキ男爵はそれに納得しているのだろうか?」
ひとまず肩の力が抜けた俺に、ウォルトが仮にも王太子妃であった娘の処遇を、男爵家が素直に受け入れたのか尋ねてきた。
この十年、名ばかりとはいえ男爵家も少なからずは王太子妃の生家として何かしらの恩恵にあずかっていたはずだ。
それをいきなり平民に落とされたとあらば、ごねるぐらいはするだろうというのがウォルトの意見だ。
それに対してフレーシアがケロッと答える。
「あら、あの方たちはとっくにミモザ様とはご縁を切られていますわ」
「え、そうなのか?」
驚く俺とウォルトに、フレーシアは宰相様からお聞きしたのですが……と説明しはじめた。
「ミモザ様を王太子妃に迎える際に、彼女の男性遍歴をスワーキ男爵にお話しされたそうですわ。サシュティス様との関係上、仕方なく王太子妃として迎えるけれど実家として権力が手に入るとは思わないことだと。それどころか彼女の裏切りに対して親としてどう責任を取るつもりかと詰め寄ったそうですわ。すると男爵は、あっさりと彼女を見捨てたそうですの。そうでなければ十年もの間、王太子妃を監禁などできませんでしたわ」
「では、彼女は身一つで市井に放り込まれるのか?」
「いや、それはカーチィスが王太子に立つという慶事にちなんで恩恵を与えるそうだよ。市井に小さな家といくばくかの金銭を渡すそうだ。仕事を探す時間ぐらいは作れるだろう」
フレーシアの説明後、ウォルトの問いには俺がカーチィスからの報告で答えた。
カーチィスにはミモザ嬢の情報など、王太子と一緒にフレーシアをゴロッシュ国から追い出したくらいの知識しかない。
その追い出された本人は追い出される気満々で、エグタリット国に来て好きな人と幸せになったのだから、彼女に対してそれほど複雑な感情は抱いていないのが本音だ。
どちらかというと俺たちと同じ、王太子のとばっちり感が半端ない。
そのまま放り出しては後味が悪すぎる。
カーチィスの采配に、俺たちは少しばかり安堵した。
「エリーナを攫った際に、協力していた者たちの処分は?」
「全員鉱山で炭鉱夫として十年、労働することになったらしい。牢獄に捕らえて、ただ飯食わすのはもったいないそうだ。ああ、侍女頭だけは炭鉱夫の飯炊きとして働くけど、以前からの窃盗もバレたから、死ぬまで鉱山から出られないそうだよ。それでも処刑を免れたのはカーチィスの恩恵によるものだね」
「まあ、あの方とうとう見つかっておしまいになられたのね」
罪を犯した残りの者の処遇を聞いてきたウォルトに答えると、フレーシアがキョトンとした。
「侍女頭の窃盗の件、知ってたのか?」
「目撃しましたわ。そこで騒ぎ立てると、どう立ち回っても聖女の仮面がはがれそうでしたので、見て見ぬフリをいたしました」
ゴロッシュ国では、フレーシアは全力で聖女のような純真無垢なフリをしていたので、揉め事はできる限り避けていたのだろう。
だが犯罪を現実に目撃しているにもかかわらず、自分の仮面がはがれては困るからと見て見ぬフリをするのは、どうだろうか?
計画のためとはいえ、こういうところはブレないなと感心してしまう。
「王妃様、お冠ではございませんでしたか?」
素知らぬふりをしていた美女は、コテンと首を傾げる。
自分の見目の良さを知っていて、わざとやっているなと半眼になる。
一応、犯罪をわざと見過ごしていた後ろめたさはあったのだろうか?
「この手紙には書いてないけど、そりゃあそうだろうな。まあ、表には出せない代物も混ざっていたみたいだから、大問題にはしていないみたいだけど」
どうやらあの侍女頭は、王家の深い闇にもかかわっていたことがあるみたいで、窃盗に至ってはそういう事実があったというだけで、明確にはされていないようだ。
だが犯罪は犯罪。
長年の窃盗と今回の他国の令嬢の誘拐にかかわっていたのでは、処刑は免れなかった。
一部の上層部、多分その闇を知る者からは彼女の口から話されては困る内容もあったのか、処刑を強く願う者もいたそうだが、今回の処分はカーチィスが上手くあしらった結果だろう。
兵士たちの労働が十年というのも、彼の恩恵によるものだ。
本来ならば、彼らももっと重い罰が課せられてもおかしくないのだが、あの優しいカーチィスにいきなり処刑はくだせなかったはずだ。
イーグリーとエリーナが、カーチィスの判断に任せたことも大きかっただろう。
もちろん、これから為政者として苦渋の決断をしなければならない場面もあるだろう。
彼はそんな険しい道を歩んでいかなければならない。
そんなカーチィスに、俺たちもできる限りの協力を今まで以上にしようと、改めて心に誓う。
「そうか、それならばいい。では全て上手くいったと思っていいのだな」
「そうですわね。ゴロッシュ国はこれから大変でしょうが、クズ王太子ではなく優秀なわたくしたちの可愛いカーチィスが王太子になるのだから、上手くいったということでいいと思いますわ」
ウォルトがフレーシアの肩を抱きながら尋ねると、彼女はニッコリと微笑んだ。
「では、君の憂いも完全になくなったのなら、これからは俺のことだけ考えてもらおうか」
「あら、わたくしはこれまでもずっとウォルトのことを考えていましたわよ」
「ああ、知っているよ。だけど、それだけじゃ足りない。俺は欲張りだからな。愛するフレーシアには、俺のことだけを見ていてほしいんだ」
「まあ、ウォルトったら……」
いつの間にか部屋の中がピンク色に染まっていた。
見つめ合うウォルトとフレーシアに、俺は思わず怒鳴ってしまう。
「おい、まだ俺がいるんだぞ!」
「ええ、お帰りはあちらですわよ。ちゃんと扉は閉めて行ってくださいませね。あ、あと侍女にも暫くは部屋に近付かないように言っておいてくださいませ」
俺の方をチラリとも見ずに、そう言う悪役令嬢。
さすがだよ、恐れ入る。
俺は脱力しながらも、言われた通り部屋から廊下に出たのであった。