もう一人の転生者のお話
俺、カルセ・サクスは転生者だ。
産まれた時から前世の記憶があった俺は、周りから気味悪がられていた。
だがそんな周囲の反応を跳ね返すほど家族が天然のお人好しであったため、世の中を憎むことなく育つことができた俺は、今世の人生は全て彼らに捧げようと決意した。
そんな中でふと、兄ウォルトの名前が気になった。
俺の知っている、前世の記憶の小説の中に出てくる名前に似ていたのだ。
〔永久に狂気の愛を誓って〕という、なんとも胸糞悪い小説。
内容は、平民同然に育った下位貴族の少女が国の王太子と恋に落ち、いずれ王妃になるというお話。
王太子は二人の仲を邪魔する自分の婚約者だった悪役令嬢を断罪し、家族もろとも処刑する。
そうして無事、王太子妃として迎えた後も、彼女に近寄る者を排除して、その手を血に染めていく。
全ては愛した少女を守るため。
そんな救いようもない小説。
実はこの小説の作者は、俺の前世の姉だった。
彼女はいつも訳のわからないことを口走って周囲を困らせていたのだが、とうとうこのヤンデレ小説を書いた時には「姉ちゃん……」と涙したものだ。
どうやら姉にとって究極の愛とは、愛を守るためには周囲の者を排除してでも貫き通すものだったらしい。
そして、その小説に出てくる最も不憫な男。
少女に不埒な心で近付いたと勘違いされ、あっさりと殺された男。
それと同姓同名だったのが、俺の守ろうとしている今世の兄だった。
エグタリットという、俺が現在住んでいる国の名前も一緒だ。
舞台となるゴロッシュ国という国も存在している。
これは単なる偶然の一致なのだろうか?
俺はとりあえず、思いつくまま小説の内容を書き出した。
後で何かの役に立つかもしれないと考えたからだ。
そんな時、小説の舞台となるゴロッシュ国からフレーシア・タリトという名の幼女が家族と共に訪れた。
これまた小説に出てくる人物の名前と一緒だ。
微笑みながら立ち尽くす彼女を、俺はジッと見つめた。
ここがあの小説の中と一緒なら、彼女は悪役令嬢と呼ばれる恋人同士の仲を邪魔する悪役のはずだ。
まだ三歳と幼くあろうと、悪役令嬢の片鱗である高飛車な性格は隠しようもないだろう。
だが悪役令嬢であるはずの彼女は、ウォルトと挨拶を交わすと真っ赤になり目をキラキラさせていた。
あれ、俺の勘違いだったかな?
そう思った俺が挨拶に向かうと、彼女は先程ウォルトに向けていた表情とは打って変わって、微笑みを顔に張り付け大人びた挨拶をしてきたのだ。
残念なのは〔さしすせそ〕がちゃんと言えないところだな。
その変わり身の早さに、思わず俺は声に出してしまった。
「うわっ、悪役令嬢じゃん」と。
まさか、フレーシア・タリトも転生者だとは思わなかった。
俺たちは話を合わすことで、やはりこの世界が姉の作った小説の中だと結論付けた。
彼女は自分を含めた家族が死ぬのも嫌だけど、何よりウォルトが死ぬのは許せないと言った。
何の罪もないウォルトが、彼らの異常な愛のために命を差し出さなければならない状況が理解できないと言ったのだ。
それは俺も大賛成だった。
ウォルトは死んではいけない存在だ。
彼を守るために俺は君と手を組むとフレーシアに言うと、彼女は顔を真っ赤に染め「あなたもウォルトが推ち(推し)なの?」と言ってきた。
どうやら彼女の前世での推しは、ウォルトだったらしい。
なるほどと納得しながらも、少し寂しい気持ちに囚われた。
俺の今世においての異常性を理解してくれる存在がせっかく現れたというのに、彼女はすでに他の男に夢中なのだ。
恋に発展する前に、可能性を断たれるというのは何とも複雑な心境だ。
だが、彼女ならウォルトを必ず幸せにしてくれると思えば、それはそれで素直に祝福できると思った。
そして俺たちは色々と、小説の内容を変えていった。
思いついた時に書いておいた小説の内容が役に立った。
フレーシアが十一歳の時にゴロッシュ国で蔓延した病の特効薬となる薬草の名前など、思いついた時にメモしていないと覚えているはずがない。
ある日、フレーシアはヒロインであるミモザ・スワーキの性格を変えることはできないかと相談してきた。
根本的な解決法だと思う。
確かに彼女の言う通り、ヒロインが周囲に愛される性格でなければ話の内容は大きく変わってくる。
うん、それも一理あると考えた俺は、ヒロインに接近することにした。
なんていったって、彼女は男好きなのだ。
そこを上手く導けば、周囲に疎まれる人間に育つだろう。
当初、俺はヒロインの初めてをいただくつもりだった。
どうせ男好きが悪化すれば、複数の男とそういう関係になるのだ。
それにヒロインは、あの美貌の塊フレーシアを振っても惜しくはないと思えるほどの可愛さだ。
そんな彼女の初めてを、ご褒美としていただきたい。
俺だってこの世界に産まれてきて、少しは何かしらの役得があったって罰は当たらないと思う。いや、せめてそれぐらいもらっても、いいんじゃないか⁉
そう考えて町で遊ぶ彼女に近付いたのだが、途中でちょっと怖くなってしまった。
この世界の強制力なのか、彼女を口説こうとすると本気になりそうな自分がいたのだ。
目の前でウォルトが殺されたのに、愛する男を庇ってその死に目を瞑った女。
正直、彼女が王太子の狂気に気付き、それをウォルトに相談していたのが一番悪かったのではないか⁉
王太子が一方的に勘違いしていたとあったが、彼女がウォルトに色目を使っていたのは明らかだった。
俺は彼女の初めてを、町の美青年に譲った。
とにかく口説けと、徹底的に押せと助言したのだが、彼女はあっさり落ちた。
やはり男好きの本性は隠しきれなかったようだ。
そうして彼女は、小説の内容よりも破天荒な少女へとキャラ変したのだった。
全てが上手くいった今、俺には複雑な心境があった。
それは、俺の手によってキャラ変してしまったヒロイン、ミモザのことだ。
彼女を変えることで小説の内容は大きく変わった。
皆が無事でいたのは、それも大きな要因の一つであろう。
だがこの十年、彼女は城に監禁されていた。
王太子妃として表に出せるような人物ではないという理由で。
そして今回、王太子がエリーナを誘拐、監禁した罪で罰せられると同時に、彼女の処遇も変わるのだ。
「元王太子サシュティスは、王位継承権を剥奪の上、城の近くにある塔に一生幽閉されることになったそうだよ。そして王太子妃であったミモザは、貴族位を剥奪されて平民になるそうだ」
カーチィスからの手紙を読み上げた俺は、前のソファに座るフレーシアとウォルトに視線を向けた。
「なんだか、少しだけ彼女が不憫だな。ミモザ嬢は王太子妃とは名ばかりで今度、王太子が幽閉される塔にこの十年、監禁されていたのだろう? そして平民として城を追い出されるのか。十年前はフレーシアにひどいことをしていたから、監禁されて当然だと思っていたが、今回については彼女は何もしていない。完全なる王太子のとばっちりだ」
「あら、ウォルト。彼女は十年前も特に何もしていませんわよ。わたくしとカルセの思い通りに動いてくれただけですわ。彼女が暴れてくれなかったらわたくし、エグタリットには来られなかったのですもの。感謝こそすれ憎む気持ちは一切ありませんわ」
ウォルトが眉間に皺を寄せてミモザの処遇を気にすると、フレーシアは彼女は何も悪くないと話す。
そう、俺と一緒でフレーシアには彼女をあのような性格に導いたのは俺たちだという自覚がある。
だからこそ、この十年監禁されていた彼女を可哀想だと思っていたし、今回平民に落とされる彼女を不憫だとも感じていた。
せめて城から追い出すのではなく、王太子と同じ塔に幽閉してやれないかと俺が言うと、フレーシアはキョトンとした。
「何を言っているのですか? 今回の処遇は彼女にとって、予期せぬご褒美ですのよ。ミモザ様は平民になれて、やっと自由に彼女らしく生きられるのですわ。元から彼女は平民生活が大好きだったのですもの」