悪役令嬢の保身と大切なもの
カーチィスは最初、ゴロッシュ国の王にするためにわざわざ自分を探し出して拾ったのかと拗ねていましたが、確かに当初の思惑はそうでしたわね。
否定は致しません。
そうでなければ、わざわざ平民の見知らぬ子供を探す訳がございませんもの。
カルセと小説の内容を話している時に、そういう子供がいたという件が申し訳程度にあったことを思い出しまして、必死で探しましたの。
小説の流れでは私が処刑されてウォルトも殺された後、サシュティス様とミモザ様は二人で力を合わせて幸せになる、とのことでしたわ。
そう、自分のことしか考えないお二人ならどんな状態でも幸せかもしれませんが、国がどうなるかまではわかりません。
小説の中ならマシなお二人だったのかもしれませんが、私とカルセがちょっと手を加えようとしている現在、彼らの国を維持する能力もどのようなものか、わかりかねますわよね。
国を守るには、いざという時の保険が必要でしたのよ。
それがカーチィスだったのですわ。
彼をまともな人間に育てるべく、サクス公爵に引き取っていただきましたわ。
私は所詮、悪役令嬢ですもの。
保身のためには、内容を変えるぐらいやってみせますわよ。
……ですが、何度も顔を合わすたびに彼に情が移ってしまいましたわ。
いつしか面倒な王になど、させなくてもいいかなと思うようになりましたの。
だってカーチィスってば本当に、純粋で生意気で可愛いんですもの~。
ウォルトとカルセも弟として育った彼に、険しい道を歩ませたくないようで、宰相からの手紙を破り捨てようとしたほどですわ。
さすがにそれは私、止めましたわよ。
そしてカーチィスは一度、その目でゴロッシュ国を見ることに決めたようですわ。
自分の眼で見て、それから判断するとのことでしたの。
それには皆、賛成でしたわね。
私たちはカーチィスの判断に委ねることにしましたわ。
本当に立派に育ちましたこと。
義姉として感無量でございます。
――それがまさか、私の可愛い妹を危険な目にあわせることになろうとは、思ってもいませんでしたわ。
私がゴロッシュ国に行くことを勧めたとはいえ、まさかクズに誘拐されるなんて……。
何かしらの反応は示すと思って企んだことでしたが、よりにもよって誘拐⁉ 犯罪を犯しやがりましたわよ。信じられませんわ。
いくら私が死んで、瓜二つの女性がいたからといって、十五歳のエリーナを私の生まれ変わりだと思い込む馬鹿が、どこにいるんですのよ⁉
私その話を聞いて、きっかり一分放心しましたわ。
皆も唖然としておりましたわよ。
後で話を聞いたところ、私に対する執着心が過ぎたということらしいのですが、あの方そこまで私のこと好きだったのかしら?
それはハッキリ言って……気持ちが悪いの一言ですわね。
思わずぶん殴りに行こうかと思いましたが、私はゴロッシュ国では死んだことになっているので、それはまずいと皆に必死で止められてしまいましたわ。
まぁ、何はともあれ結果的にはカーチィスはゴロッシュ国の王の跡継ぎになることを決めたようですわ。
デルクト様はいつの間にかカーチィスと仲良くなったみたいで、一緒にゴロッシュ国を支えてくれるそうですの。
彼はサシュティス様が嫌いなだけであって、ゴロッシュ国まで嫌いではなかったみたいですわ。
エリーナとイーグリー殿下と共に一度はこちらに戻ってくれるそうですので、その時に詳しい話が聞けるといいなと思っておりますわ。
私がふぅっと息を吐き目の前のお茶に手を伸ばそうとした瞬間、扉をノックする音が聞こえましたわ。
「はい」と返事をすると、ウォルトが小さな箱を抱えて現れましたの。
「城下町で焼き菓子を買ってきた。一緒に食べないか?」
「あら、嬉しいですわ。どうぞ、こちらに」
どうやらウォルトが、お土産を買ってきてくれたみたいですわ。
私は微笑みながら隣で控えていた侍女、メルマに頼んでウォルトのお茶を用意いたしました。
当然のように私の隣に腰を下ろすウォルトに、甘えたくなりますわね。
私はゆっくりと彼の肩に頭を乗せてみましたわ。
意図を察してくれたウォルトは、そのまま私の肩を抱き寄せてくれました。
フフ、夫婦水入らずの時間ですものね。
私は目を閉じて、ウォルトに訊いてみましたわ。
「カーチィスがゴロッシュ国の王様になってしまうのは、寂しくありませんか?」
「何を今更? そのために彼をここに連れて来たのだろう?」
「そうですが……彼を王様にしたいと考えたのは、わたくしのエゴですわ。実の兄弟同然のように育ったウォルトから取り上げるのは、さすがにひどいとは感じておりますの」
ウォルトは情に厚い方ですわ。
一旦心を開いた相手を手放すのは、とても辛いことでしょう。
私の所為でカーチィスが離れてしまったのだと、少しでも考えていたらどうしようかと嫌われるのが怖くて、私はウォルトに寄り添いながらもギュッと目を瞑ってしまいましたわ。
すると彼は、肩に回していた手を頭に移動させて、優しく撫でてくれましたの。
「フレーシアとカルセは、ずっと何かを画策していたね」
「え?」
突然のウォルトの指摘に、ギクッと体が跳ねてしまいましたわ。
バ、バレていましたの?
私は頭を上げるのも怖くて、そのまま固まってしまいましたわ。
「二人には二人だけに通じるものがあって、何かを守るために動こうとしている。一時期は、少しだけ妬いたな。俺だけのけ者なのかと」
私は気まずさも忘れて、顔を上げましたわ。
ウォルトがカルセとの仲を妬くなんて、誤解させていたのかと慌ててしまいましたの。
ですがそれは、私の杞憂でしたわ。
そういう妬くとはどうやら違ったようですわね。
そしてウォルトが言わんとする二人だけに通じるものとは前世の話であって、確かに二人だけにしか通じないものではあるけれど、決してウォルトをのけ者にしたかった訳ではなくて……。
私がどう伝えていいものか悩んでいると、彼はニッコリと笑いましたわ。
はぅ、推しの笑顔は今日も最高にキラキラですわ。眩しい。
「わかっている。君たちは俺を守るために動いていたんだろう?」
「え?」
私がウォルトの笑顔に目をチカチカさせていると、ドストライクの言葉を投げられました。
タラリと汗が流れますわ。
「ああ、別に俺一人という訳ではないのだろうが、フレーシアたちが守りたかったものの中に俺が含まれていたと思う。それがわかっていたから、俺は敢えて見守ってきたんだが、それで良かっただろうか?」
コテンと首を傾げる推しが、可愛くて尊い。
ああ、なんですの、このイケメンは⁉
何も話さなくても、信じて待っていてくれるなんてカッコよすぎますわよ~。
私がボ~ッとウォルトを見つめていると、扉が再びノックされましたわ。
ビクッと体が跳ねる私と、何事もなく返事をするウォルト。
入って来たのは、ちょうど噂をしていたカルセでしたわ。
なんとなく半眼でいると、カルセは「何?」と小首を傾げましたわ。
何? と言いたいのは私の方でしてよ。
しかもカルセが首を傾げても、ウォルトと違って何も可愛くありませんわ。
拗ねている私を無視することにしたカルセは、ウォルトに手紙を渡しました。
「カーチィスからだよ。サシュティス殿下とミモザ妃殿下の処遇が決まったそうだ」