舞台女優を志す悪役令嬢
さてさて、舞台は整いましたわ。
王太子は私より二年早くこの小説の舞台であるミルドナ学園に入学いたしまして、内容通りミモザ様とお知り合いになり、いい雰囲気になってくださいましたわ。
ただ一つ気になるのが、私に対する気持ちですわね。
彼は私に未練があるらしく、私を貶めようと積極的には動かないのですわ。
ミモザ様が一人頑張っているようですが、王太子がこのままでは私たちがエグタリット国に行けないではありませんの。
あ、そうなのですわ。
実は王太子がミモザ様とイチャイチャしている間に私、定期的にゴロッシュ国に遊びに来てくれていたウォルトに、正式に結婚を申し込まれたのですわ。
きゃー、きゃーですわ~。
ウォルトは、自分は他国の人間だし、私が幸せならこのまま身を引くつもりでいたそうなのですが、色々と話を聞くにつれ、私が泣くようなことがあるのなら王太子から奪うと仰ったのですわ。
それも両方の家族、この問題にかかわる皆の前で。
きゃー、きゃーですわ~。かっこいいですわ~。
推しに無理矢理迫るのはよくありませんが、推しが求めてくださるのなら私は喜んでその胸に飛び込みますわよ。
当然その場にいる皆様、大賛成してくれましたわ。
それからの話は早かったですわ。
まず、私たち家族はエグタリット国に移住を決めましたの。
ただゴロッシュ国を完全に捨て去るには先祖代々守ってきた領地もありますし、何よりタリト侯爵に連なる人々もいますので、お兄様が残ることを決めましたの。
お兄様はもうすでにゴロッシュ国の伯爵令嬢と結婚して、子供も授かり幸せな人生を歩んでいますから、王族にさえ関わらずに領地で暮らせば問題ないということですわ。
宰相が自分の後の宰相職にお兄様をと望まれたこともありましたが、すでに私を差し出しているということでお断りしておいて正解でしたわね。
離れてしまうのは寂しいですけれど、いつでも会いに行くと約束して私たちはお兄様に後をお願いいたしましたの。
因みのこれらの手続きは、宰相が秘密裏に処理してくださいましたわ。
国王陛下に書類を重ねてささっとサインさせたそうですけど、それって犯罪では? と思いつつも私は悪役令嬢なので気にしません。
そうしてお父様は予てより誘ってくださっていたサクス公爵により、サクス公爵の実のお兄様、現エグタリット国王と相談して、ゴロッシュ国と同等の侯爵の地位を頂きましたの。
お父様はエグタリット国でもそれなりに貢献してらしたそうで、内情を知る方たちには大変喜ばれたそうですわ。
そしてお父様の地位が定まれば、以前よりカーチィスの所に遊びに来ていたイーグリー殿下が早速エリーナと婚約しましたの。
どうやらサクス公爵家で何度も遊んでいたようなのですが、エリーナの状況が複雑でしたので、求婚できなかったそうなのですわ。
ですので、この移住を一番喜んだのは他ならぬイーグリー殿下かもしれませんわね。
彼は私に「ゴロッシュ国を捨ててくれて、ありがとう」と満面の笑顔を向けたほどでしたから。
あ、いえ、ゴロッシュ国、私もお父様も捨ててはいませんわよ。
あちらにはお兄様もいらっしゃるのですから、これからも外からの支援はしっかりいたしますわ。
と、話がそれましたが、そうして内々で動く中、私はとにかくゴロッシュ国から出る算段をたてましたわ。
今のままではミモザ様と何かありましても小説とは違って、王太子は私を手放さない気がいたしましたの。
カルセに相談すると「一番いいのは小説通りに話を進めること。君が悪役令嬢として断罪される場面があったじゃない。それをもっと悲劇的にしてみようか」と言いましたの。
「悲劇的? わたくしが死ぬとか?」
「ああ、それはいいかもしれないね」
そうして私はカルセのアドバイスの元、一芝居打つことにしましたわ。
その際、仲間に引き入れたのがデルクト様。
カイサック団長も、お父様とサクス公爵とは旧知の仲ですの。
ですから話は早いかと思いましたのよ。
案の定、デルクト様はノリノリになってくれましたわ。
ミルドナ学園に入学して以来、勝手気ままな王太子の側でかなりの苦行を強いられたのでしょう。
鬱憤を剣の稽古で発散されていらしたのですが、それも限界だったそうですわ。
それと宰相も巻き込んでみましたわ。
計画を実行するには、相手方の協力者も必要ですから。
なんとなく「宰相様も一緒に逃げます?」と誘ってみましたが、それには首を横に振られましたわ。
彼には罪があるからと。
私は曖昧に微笑みましたが、正直その罪、知っていますわよ。
あれでしょう。王太子の産みのお母様を見繕ったのが宰相ということでしょう。
正直、それって罪になりますの?
ただ単に、やかましい身内がいない独身女性を見つけただけではないですか。
それであんなクズ王太子に育ったからといって、それを全部自分の責任と捉えるのってどうかと思うのですわよ。
宰相ってお優しいのですね、とも思いましたが、もしかしたら自虐的なのかもしれませんわね。
後それを機に、野心家の貴族たちを一掃しようとする判断は、転んでもただでは起きないしなやかな精神の持ち主でもありますわね。
そうして舞台が整って、私はデルクト様と一緒に階段から落ちましたわ。
ええ、そりゃあもう、これでもかってほど勢いよく。
デルクト様が上手に庇ってくださったので、かすり傷は負いましたけれど大きな傷は一切なく、サシュティス様の横に転がってやりましたわ。
それと同時に懐に隠し持っていた袋に入れた大量の鳥の血を、その場にドバっと撒いてみましたの。
皆様、その現状に動かなくなってしまいましたわね。
ちょっと、やり過ぎてしまいましたでしょうか?
あ、因みにミルドナ学園の学園長も援引済みですわ。
彼は奥様が謎の病にかかって危なかった時に、例の薬で助かったそうなので、私を女神のように扱ってくれていましたから、ちょっとしたお願いごとなら二つ返事で引き受けてくださいましたのよ。
さすがにデルクト様と二人同時にその場で亡くなったことにするのは、ちょっと庇ったデルクト様の面目が立たないとのことでしたので、私はその場では大怪我止まりにしましたわ。
その後、私を利用しようとする輩が必ずいるので、適当なところで死んだことにしましたの。
そうして私はゴロッシュ国を出て、エグタリット国でウォルトの奥様になりましたのよ。
死を回避できましたし、クズと別れることができましたし、推しと結婚することができましたので、私、幸せですわ~。
お~ほほほほほ。
――十年後、クズ王太子はやはりクズでした。
何も変わらないのですわ。
当てにできる人材がいなくなれば少しは自分で物を考えるようにもなるかと、全員が少しではありますが期待もしましたのに、見事に裏切ってくれやがりましのよ。
相変わらず面倒なことは人に押し付け、ミモザ様を助けようともせずに、己の不運だけを呪う。
あ~、もう、面倒くさいですわ。クズですわ。
正当な王族の血筋で王太子の万倍も優秀なカーチィスがいるのに、クズにのさばらせておくのもどうかと思いますわよ~。
そんな考えを抱いていた頃、宰相から泣きの手紙がお父様宛てに送られてきたのですが、その内容は現国王が長くないとのことでした。
いよいよゴロッシュ国に後がないようで、私たちは意を決しましたわ。
カーチィスに、未来を託す時がきたのです。