前世の記憶を持つ者と推しとの出会い
私、フレーシア・タリトはゴロッシュ国で外務大臣をしていたタリト侯爵の娘として生を受けましたわ。
その私が前世を思い出したのは、私の最推しウォルト・サクスに出会った時……ではなくて、弟のカルセ・サクスに出会った時でした。
彼もまた、私と同じ転生者だったのですわ。
ああ、すみません。
話を急ぎ過ぎましたわね。
私がお父様とお母様、そしてお兄様と共にエグタリット国のサクス公爵家に初めて訪れたのは、三歳の時でしたわ。
四歳上のウォルトはサクス家の長子で、すでに紳士でしたの。
まだ幼い私を淑女扱いしてくれて、手の甲にキスを送ってくれたのですわ。
黒髪に紫紺の瞳、まだ七歳だというのに容姿が整っている所為か妙な色気がありましたの。
その彼にニコリと微笑まれて、私はかあ~っと赤くなる頬を押さえ、ドキドキしていたのを覚えていますわ。
今にして思えばその時点で前世とは関係なしに、私は彼に恋をしてしまったのでしょう。
その後カルセと挨拶して、彼の口から「うわっ、悪役令嬢じゃん」という言葉を聞いて、走馬灯のように私の頭の中に前世の記憶が溢れ出したのですわ。
地球という星の日本という国に住んでいた、平凡な黒髪の少女の顔を……。
そのままバタリと倒れた私を、客間の寝台まで運んでくれたのもウォルトだと後から聞いて、私は胸の高鳴りを止めることができませんでした。
そして前世を思い出した私は、ここが〔永久に狂気の愛を誓って〕というあっま甘なヤンデレ小説の中だということに気が付いたのですわ。
そこに出ていた私、フレーシア・タリトはなんと悪役令嬢。
カルセの発言通りですわね。
まず、この〔永久に狂気の愛を誓って〕という小説のヒロインは、ミモザ・スワーキという貧乏な男爵令嬢ですの。
貴族とは名ばかりの貧乏な彼女は、平民に紛れて頑張って生きていた逞しい女の子。
ですが彼女が十四歳の頃、家の事業が成功して一気にお金持ちになり、両親の命令で貴族の学園、ミルドナ学園に入学したのですわ。
そしてそこで王太子であるサシュティス・ゴロッシュと出会い、彼らは数多の問題を解決して愛を誓い合う関係になるのですわ。
そんな中に入学してきたのが悪役令嬢である私、フレーシア・タリト侯爵令嬢。
彼女は王太子の婚約者であるため、二歳年下であるにも関わらず上級生を虐めるという根性のある方なのですわ。
でも二人はそんな悪役令嬢には負けずに、最後には彼女の悪事を断罪して結ばまれますの。
けれど、その悪役令嬢はヒロインを軽く虐めただけなのに死罪になるのですわ。
私物を隠したり、虫をカバンに入れただけで打ち首というのは、さすがにやり過ぎではありませんか?
しかも彼女の父親に横領の冤罪までかけて、家族全員を殺してしまうのですわ。
彼女が死に向かう途中、王太子が「私たちの邪魔をしたのがいけないんだよ」と笑顔で言ったセリフに思わず背筋が震えましたわね。
身分差のあるミモザとの愛で狂気に陥る王太子の話。ということかしら⁉
――ですが私、みすみす殺されるのは嫌ですわ~。
そして、ここ大事!
ウォルト・サクスも最後には死んでしまうのですわ。
彼は王太子たちが学園を卒業した後に外交でやって来た青年なのですが、王太子妃になったミモザに淡い恋心を抱くという役どころですの。
ですがウォルトは別に、ヒロインとどうこうなりたいと思っていた訳ではないのですわ。
何故かヒロインの方が、グイグイとウォルトに迫っているような感じでしたわね。
夫である王太子との仲を二人きりになった時に相談するのですが、その際に異常にボディタッチが多いのですわ。
それでも彼はお互いの立場を考え、さりげなく距離を取りますの。
その控えめな態度に、前世の私はウォルトを推しに任命いたしましたわ。
好きな相手が側にいても、ちゃんと理性的に対処する彼は大人ですわ~。
反対にヒロイン、他国の貴族相手に何の相談をしているのかと言いたいですわね。
いくらウォルトが優しいからといって、話していいことと悪いことがございましてよ。
まぁ、その時のヒロインにはヒロインなりに王太子の狂気に気付き始めて、このままでいいのかという悩みがあったようでしたが。
そして案の定、王太子は二人の仲を勘違いして、一人で暴走してしまうのですわ。
ありもしないウォルトとミモザの仲を疑い始めてしまいますの。
当然ですわよね。
そして、たまたま夜の散歩で出くわした二人を見つけた王太子が、ウォルトを殺害してしまうのです。
慌てふためくミモザを諭して、二人はウォルトの死体を闇に葬るのですが、それが王族専用のバラ園の下に埋めるという何とも安直なものでしたわ。
力のない二人が庭を掘ったところで、そんなものすぐに庭師に見つかるに決まっていますわよね。
それなのに最後の描写では、二人は狂気をも共有して永遠の愛を誓うのです。
そして、ウォルトの死体の上には綺麗なバラが咲き誇るという結末なのですわ。
信じられませんわ! ありえませんわ! 馬鹿ですの⁉ 馬鹿ですわよね?
そんなもの愛でも何でもないですし、何よりどうして何もしていないウォルトが殺されなければならないんですの?
ムキーっと怒りながら目を覚ました私の前にいたのは、ちっさいウォルトとカルセでしたわ。
ホッとした表情で私の額に手を添えて熱を測り「大丈夫?」と心配してくれるウォルトに私は真っ赤な顔でコクコクと頷きましたの。
ウォルトはカルセに私を頼むと、両親を呼んでくるねと言って部屋を出ましたわ。
どうやらここはサクス公爵家の客間のようですの。
侍女も出払っているようでカルセと二人きりを確認した私はすぐに彼の胸倉を掴み、私の方に引き寄せましたわ。
「うわっ!」
「あなたもてんちぇいちゃ(転生者)でちゅのね(ですのね)。ちって(知って)いること、おちえて(教えて)。ここはちょうちぇちゅ(小説)〔ちょわにきょうきのあいをちかって〕(永久に狂気の愛を誓って)のちぇかい(世界)でちゅのね(ですのね)⁉」
ぐっ、三歳の私〔さしすせそ〕がまだはっきり話せないのでしたわ。
聞き苦しくて申し訳ありませんわ。
ですがカルセは私の言葉をハッキリと聞き分け、目をまん丸くして私を見ましたの。
「え、まさか君も?」
「いま、きじゅいた(気付いた)わ。あなた、わたち(私)のことをあくやくれいじょう(悪役令嬢)といいまちた(言いました)でちょ(しょ)」
「あ、あ~、うん」
カルセが認めたことで、私たちはすぐに話し合いを始めようとしましたわ。
ですがすぐに両親ズがやって来て、話は頓挫しましたの。
無事でよかったと喜ぶ両親を無下にはできませんものね。
ですから、夜にこっそり待ち合わせをしましたのよ。
この部屋にもう一度やって来たカルセと、二人の記憶のすり合わせをしたのですわ。
夜中に男女が一緒に部屋にいるなど、三歳児と五歳児だからできることですわね。
それでわかったことは、ここは間違いなく〔永久に狂気の愛を誓って〕の世界でしたの。
そして私が一気に思い出した通り、私は悪役令嬢で私も家族もウォルトも死んでしまうということなのですわ。
カルセに「ありえまちぇん(ありえません)わ~!」と叫ぶと、彼もまた頷いてくれましたわ。
どうやらカルセは産まれた時から前世の記憶があり、六か月でしっかりと話し、歩き出した天才の赤ちゃんだったらしいのですわ。
最初は周囲も褒め称えてくれていたけれど成長するにつれ、どんどん気味悪がられるようになっていったそうですの。
確かに赤ちゃんがミルクを自分で飲む姿は可愛いかもしれませんが、照れながらオムツを替えてくださいとか言われたら怖いですわよね。
そして使用人が距離を置く中、両親とウォルトだけは変わらずカルセを可愛がってくれたそうですわ。
それでも他人に影でヒソヒソと話をされている状態にイライラして、ウォルトに八つ当たりをしたそうですの。
「兄上だって、俺のことなんて気味が悪いと思っているんでしょう⁉ 兄より頭がいい弟なんて、目障りだとそう言えばいい!」
三歳が五歳に言うセリフではありませんわよね。
言われた五歳児は意味がわからないでしょうから、当然当時のウォルトも首を傾げたそうですの。
「俺はカルセがカルセらしくあることが大事だと思う。人の目など気にして自分を隠す必要はない。ありのままの弟を、俺は愛しく思うよ」
素敵ですわ~! 可愛いですわ~! カッコいいですわ~!
当時五歳でそんなことが言えるウォルトって、反対に何者なんですの~?
ヒーローよりヒーローじゃないですか~!
私が興奮していると「恥ずかしげもなくそんなことを言うような奴だからね。貴重種だよ。絶対に死んでほしくない」とカルセは言いましたの。
意見の一致。
ここで私とカルセは同盟を組むことになりましたわ。
私と私の家族、そしてウォルトが死なない未来を進むために……。