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私がいなくなってからのお話  作者: 白まゆら


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高位貴族の思わぬ反乱

 大怪我を負ったフレーシアは、上半身から血を流していた。

 もしかしたら顔に傷を負ったのかもしれない。それも大きな傷を。

 私と婚約解消してしまえば、醜くなった彼女にこの先まともな縁談などこないだろう。

 訳アリの男か後妻といった、幸せには縁遠いものとなる。

 だからせめて、私の側に置いてやると言っているのだ。


 フレーシアが、私を好きなのはわかっている。

 好いた男の側ならたとえ一生、公に出られなくても幸せなはずだ。

 内々で執務の仕事を与えてやれば、彼女も己の立場を卑下しなくても済むだろう。

 気まぐれに抱いてもやる。

 顔が醜いのならば、後ろを向いていればできないこともない。

 後ろ姿なら、美しかったフレーシアを思い浮かべることができるからな。



 さすがに抱くという後半部分は言葉にしなかったが、それなりに妻として扱ってやると言うと、国王陛下は顔を真っ赤に染めてワナワナと震えだした。

 何か間違っていたかとタリト侯爵を見たが、相変わらず後ろを向いているので、その表情は見えない。

 そしてタリト侯爵の横に、カイサック団長が歩み寄る。

 そのままタリト侯爵とは反対方向、国王陛下の方を向き、跪いた。


「発言をお許しください、国王陛下。陛下のお子はサシュティス殿下だけですが、やはりこのまま、彼が国王におなりになるのでしょうか?」

「……ろくでもないのは、わかっている。これからもう一度、改心させて……」

「申し訳ございません。殿下が改心なさるまで、私は待てません。騎士を解任してください。私も息子の亡骸と共に、領地へ戻ろうと思います」

「カイサック団長!」


 あまりの出来事に、私は呆然とその場に立ち尽くす。

 まさかカイサック団長まで、辞任を言い出すなんて思いもしなかったのだ。

 だが、話はこれで終わらなかった。


「私も発言をお許しください。私もこのまま城にいることは耐え難く……辞職を願い出たい所存です。領地に戻りますので、どうかお聞き届けを」

 続いて財務大臣が、声を上げたのだ。

 驚きに私が固まっていると、集まっていた貴族たちが同じように前に出る。

「私も発言の許可を。無礼を承知で申し上げます。陛下に忠誠を誓えても、殿下に忠誠を誓うことはできません。私も領地に戻ります」

「発言の許可を。このままサシュティス殿下が王を継ぐのであれば、この国に未来はないかと。私も内情が変わるまで、領地に戻りたいと思います」

「発言のお許しを。今一度、陛下の血筋を辿ってみては如何でしょうか? それができなければ、私も辞職を願い出たく」

「発言を……」



 そうして集まっていた高位貴族の半分が、領地に戻る意志を伝えたのだ。

 信じられない光景に、言葉が出てこない。

 一体、何が起きているのだ?

 皆、私が王となるのを反対しているのか?

 何故だ?

 フレーシアは勝手に階段から落ちたのだ。

 デルクトはそんな彼女を庇って死んだ。

 私の落ち度など、一つもない。


 私はそんな彼らに声を荒げた。

「貴様ら、誰に向かってそのような口をほざくのだ。無礼だぞ。私が無能だとでも言いたいのか⁉」

「無能ではなく、クズですね」

「は?」


 私が城から離れると大口をたたく貴族に怒鳴りつけると、後方から落ち着いた声で、とんでもない言葉が発せられた。

 振り返ると国王陛下の後ろから、この国の宰相がヌッと顔を出す。

 くすんだ茶髪をビッチリ後ろに流し、モノクルを付けた、なんとも頭の固い男だ。

 私は宰相を睨みつける。

「……宰相、いくら貴様でも、この私を愚弄してタダで済むとは思っていないな」

「どうぞ、お好きに。ですが、この現状を招いたのは紛れもない殿下です。そしてこの後の国をどうにかできるのは、私しかいません。それを承知の上で、処罰したければしてくださって結構です」

「宰相、サシュティスにそんな権限は与えておらぬ。たとえそのような暴挙に出ようと、そんなことは余が許さぬ」


 私の父である国王陛下は、王太子である私が愚弄されているというのに、宰相を咎めるところが庇うようなことを言っている。

 ――何かがおかしい。

 私が自室に軟禁されている間に、何があったというのだ?

 私は怒りで震える手を押さえながら、国王陛下に説明を求めた。


「陛下、一体これはどういうことですか? 私が何をしたというのです? このような辱め、耐えられません。ちゃんと説明をしてください」

「説明をされないとわからないのか? 自分の行動を思い返せば、一目瞭然ではないか」

「何を⁉ デルクトの件は、確かに沈痛な出来事ではありました。ですから私も、彼の亡骸を弔いたいと言っているのです。フレーシアに対しても醜くなった彼女を側妃にと、恩情を与えているのです。このような態度をとられるいわれはありません」

「本気で言っているのか⁉」

 私の言葉に国王陛下は、クワッと目を見開いた。

 かつての獅子を思い出す迫力だ。

 気付けば足がガクガクと震えている。


「宰相、この馬鹿にもわかるように説明してはくれないか。余では、冷静に話すことはできない」

「承りました」

 そうして、モノクルをクイッと上げた宰相が、私を見下ろしながら話し出す。

 そう、私の行いが全て露見していたことを、彼の口から陰湿な口調で聞かされたのだ。



「殿下はフレーシア様を冷遇されていましたね」

 スバリと発せられた言葉に、私はギクッと体を跳ねさせた。

 だがそれを認める訳にはいかない。

 私は眉間に皺を寄せながらも、努めて冷静に答える。

「学園に入ってからはろくに話す機会もなかったが、仕方がないだろう。私も忙しかったのだ」

「そんな些末なことを申している訳ではありません。フレーシア様が薬はないといわれていた難病に効く薬草を見つけた、あの頃からです」

「!」



 宰相が言っているのは、周囲が私と彼女を比較し始めた頃の話だ。

 あの時流行っていた病が新種のモノで、まだ特効薬が開発されていない状況下にいた頃、何かの拍子に、ある薬草が効くと彼女が発見したのだ。

 その薬草は森の奥に生えている物で、可愛い小ぶりの黄色い花が付いていたことから、騎士の一人が彼女にプレゼントしたらしい。

 本来ならばそれを飾って終わりの話だが、たまたま侍女の一人がうっかり葉を千切ってしまった。

 その葉で指を切った侍女が、片付けるために切口を触ったところ、そこから溢れる葉の汁が傷口に触れた。

 すると溢れていた血が止まったのだ。

 それを見た彼女が血止めの作用があると気付いて、その葉を薬に知識のある知人と共に研究し始めた。

 そしてその葉が、流行していた病に効くと気が付いた。

 その病は、鼻や耳から謎の出血が出るという奇妙なモノだったのだ。

 血止め効果からその病に効くかもしれないと察して研究を始めたのだが、正に読みが当たった。

 十一歳の快挙。


 フレーシア曰く、ほとんど友人が調べて私は何もしていないと言うが、その薬に目を付けたのは彼女だ。

 友人の方も表に出るのが嫌な性格なのか、どこの誰だかいまだに正体が掴めていない。

 あっという間に民からの人気も高まり、未来の王太子妃として期待が寄せられた。

 その重圧に潰されることなく、フレーシアはその後も功績を上げていった。

 ただでさえ使用人にも優しい彼女は誰からも好かれ、気難しい母上とも良好な関係を築いていた。

 そんな彼女に劣等感を抱いたのは、私だけだろう。

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