話の通じない相手に真実を
フレーシア、いや、エリーナ嬢は私を睨みつけると隣にいるイーグリー殿下に寄り添った。
そんな彼女の腰に手をまわして、自分に引き寄せるイーグリー殿下。
私は二人のそんな姿に、思わず怒鳴り声を上げた。
「イーグリー殿下、彼女から離れろ! それは私のものだ!」
「ボケるのはまだ早いのではないですか、サシュティス殿下。貴方はまだ二十代のはず。いや、もう三十でしたか? まあ、どちらにしろ十代の僕たちからすれば、おじさんですけどね」
私を睥睨してくる第三王子に「このクソガキ……」と、つい本音が漏れる。
壇上のイーグリー殿下を睨みつけていると、兵士二人がガクリとその場に膝を突いた。
「サ、サシュティス様にお金で雇われました。俺たちがお金に困っていたのもありますが、王太子に頼まれて断れる者がいると思いますか? 俺たちはこの国の王太子殿下に命令されただけです」
「そうです。それに殿下が今のように、彼女は自分の元に来たがっているから手助けしろと仰ったので、そのように行動しただけです。計画を立てたのはサシュティス殿下です。そうでなければ俺たちが、王族の隠し通路など知っているはずないではないですか」
自分たちは無実だ! と訴える兵士に、ミルドナ学園の警備兵二人も同じように跪いて首を垂れた。
侍女一人がブルブルと、青い顔で震えて立っている。
なんだ、これは?
こいつらは、私一人が悪いのだと言っているのか?
私を悪者に仕立て上げようとしているのか⁉
カッとなった私は「ふざけるな!」と叫ぶ。
「お前たちは何を言っているのだ⁉ 金に釣られて何でもすると言ってきたのは、お前たちの方だろう。それに私がまるで犯罪でも犯したような言い草だが、根本的に間違っている」
私は跪いている奴らを罵倒して、壇上にいるエリーナ嬢を指差した。
「あれは私の女だ。彼女はまだ前世の記憶に目覚めていないだけで、あれの前世はフレーシア・タリトなのだ。フレーシアの過去も未来も、全てが私のもので、それを奪い返して何が悪い⁉ 何もかも、本来ある姿に戻しただけだ」
「だ~か~ら、昨日も言ったけどフレーシアが貴方のものになったことなど、一度もありませんよ」
「何だ、貴様は? 側近風情が偉そうに口を挟むな! お前にフレーシアの何がわかるというのだ⁉」
イーグリー殿下とエリーナ嬢の隣にいた側近が、呆れた口調でフレーシアの名前を口にする。
こいつはエリーナ嬢を奪いに来た際、私の腹に蹴りを入れて何やら世迷言を言っていた奴で、私は殊更に腹が立った。
何も知らない他国の者が、王族の会話を遮るなどあってはならない。
「礼儀を知らぬ愚か者め!」
私は隣にいた騎士の剣を奪うと、側近に向かって投げた。
隣にエリーナ嬢がいるとか父上たちもいたとか、そんなことは頭から消えていた。
ただ目の前にいる生意気な男を、怯えさせたかったのだ。
だが男に剣が辿り着く前に、下にいた体格のいい騎士が上空に飛び上がって、その剣を己の剣で叩き落とした。
あの巨体でなんて身軽なんだと呆気にとられる私を、すぐに数人の騎士が囲い込んだ。
床に押さえつけられ、両手を拘束される。
騎士に圧し掛かられ、拘束のきつさに顔が歪む。
「離せ、無礼者! 貴様ら全員、打ち首にしてやる!」
私が喚くと、国王陛下が玉座から立ち上がった。
「ああ、父上。この無礼者たちを早く私から遠ざけてください。私はこの国で唯一王位を継ぐ者。次期国王に、このような無礼を働いた者たちを即刻捕らえてください。そうだ、隣にいるそいつらも全員処刑しましょう。他国の王族とはいえ、たかが第三王子です。王太子である私に無礼を働き、私の大切な女性を奪った罪で処刑したとエグタリット国には伝えればいいのです。彼らも戦争になるよりは第三王子の首一つで穏便にと、目を瞑ってくれますよ。いい考えでしょう⁉」
私は拘束された体で、立ち上がっている父上を必死に見上げる。
その横では母上が椅子の肘掛けをギュッと握りしめ、宰相が呆然と立ち尽くし、ゼシュアが腰を抜かして座り込んでいる。
剣を叩き落とした騎士はいつの間にか壇上に上がり、抱き合っているイーグリー殿下とエリーナ嬢、そして側近の前に立っている。
三人は騎士の後ろから、私を睨みつけていた。
「父上、何をしているのです? 早くこの者たちにご命令を」
私は一向に口を開かない父上に、痺れを切らして声を荒げた。
すると、父上は顔を上げて言い放った。
「王族に刃を向けた罪と他国との戦争を誘導した罪で、サシュティスを牢にぶち込め!」
「なっ⁉」
父上の信じられない言葉に、私は愕然となる。
「他国の令嬢を誘拐した罪は、後ほど余罪として徹底的に調べ上げる。連れて行け」
「ま、待ってください、父上! 違う、貴方に剣を向けた訳ではありません。私はあの男を……」
私を拘束していた騎士たちが立ち上がり、私を引っ張ろうとする。
このままでは本当に牢に連れて行かれると慌てた私は、必死で父上に弁明しようとした。
すると父上は、表情を全く変えずに冷静な口調で告げてきた。
「彼はゴロッシュ国の王族の血を引き継ぐ者。お前の血族だ」
「え?」
「サシュティス、お前を廃嫡する。そして彼に、これより王太子としてその座についてもらう。次期ゴロッシュ国の国王は、カーチィス・ゴロッシュ、彼だ」
私は父上の言葉が理解できなかった。
奴がこの国の王族の血を引き継いでいる?
そんな、馬鹿な。
私は今まで、私以外に王族の血を引き継ぐ者はいないと教えられてきたのだ。
それを今更、他にもいたなんて信じられるはずがないだろう。
私を立たせようとする騎士の手を振り払い、私は父上に訴える。
「……嘘だ。父上は嘘を吐かれている。ならば今まで奴はどこに潜んでいたというのだ? 私を廃嫡するために、王の血筋でない者を担ぎ上げるおつもりか? それほどまでに私を王にさせたくないというのか⁉」
父上が私を王に相応しくないと考えていたのは知っている。
いや、父上だけではない。
十年前の事件で、私は誰にも次期国王として望まれてはいなかった。
だがそれでも、王族の血を引き継ぐ者は私しかいなかったのだから仕方がない。
彼らもいずれは認めてくれるとそう信じて、この十年辛い思いをしながらも耐えてきたというのに、彼らは私を追い出すために虚像を仕立て上げようとしている。
私が沈痛な面持ちで父上を見つめていると、父上は大きな溜息を吐いて奴が本物であると口にした。
「タリト侯爵が、他国にいた彼を見つけ出してくれたのだ。カーチィスは前々国王の妹の子孫だ。ちゃんと証拠もある」
そう言って、側近に視線で促した。
奴は王族の印が刻まれた短剣を、懐から出したのである。
しかし私は、それどころではなかった。
「タリト侯爵が⁉」
フレーシアの父親の名前が出て、私は驚きと同時にひどい裏切りを感じたのである。
娘の愛した男を、このような形で貶めようとするなんて……。
私は父上に彼の居場所を尋ねた。
「タリト侯爵は今どこに? 彼は何かを誤解している。私は彼と話をしないといけない。フレーシアのことを思うなら、彼女が愛した私をこのような形で追い込むなど間違っていると」
「お前は……まだそのような戯言を言っているのか? どうしてお前はそこまで、彼女がお前を想っていてくれると信じているのだ?」
ハア~ッとこれ見よがしに大きな溜息を吐く父上。
私はその態度に、カチンときた。
「信じるも何も、本当のことだ。フレーシアはいつも私の傍で笑っていた。私が何を言っても何をしても、許していた。それが愛ではなくて何だというのだ⁉」
「義務。若しくは責務。愛など全く、これっぽっちもない」
私と父上の会話に、剣を投げられて以降騎士の後ろに隠れていた私の代わりに王太子になるという偽者が口を開いた。
まるでフレーシアの気持ちを知っているかのような発言に、私はガッと立ち上がった。
すぐに騎士により羽交い絞めにされたが、それでも私は奴に怒鳴る。
「お前にフレーシアの何がわかる⁉ 彼女に会ったこともないくせに。義務だと? 彼女に何の義務があって私の傍にいたというのだ?」
「だから、王太子の婚約者という立場の義務だろう。周囲に仲が悪いなんて噂されたら、大問題になるからな」
「何故、大問題になる? 私への愛がなければ婚約者など、やめればよかったのだ」
「うっわぁ~、この人、マジで言ってる? 宰相、性格うんぬんよりも前に教育、根本から間違ってませんか?」
「そうですね。今の発言でわかりました。彼の人生は色々と間違いが多過ぎた。まあ、全てが今更ですがね」
私の言葉に側近が心底呆れた声を出し宰相に話を投げたが、彼もまた無礼な言葉を吐いた。
皆で私を馬鹿にしているのか⁉