王太子の最後の審判
フレーシアを歪な場所から解き放ち、やっと本当の夫婦になろうとした矢先、私サシュティス・ゴロッシュは我が国の騎士に囚われ、自室に軟禁された。
一晩明けて玉座の間に連れて来られて、ふと十年前を思い出す。
だがあの時と違うのは、私の両側を騎士が挟んでいることだ。
さすがに手は縛られてはいないが、私が動けばすぐにでも捕らえられる距離にある。
まるで罪人のような扱いに、納得がいかない。
私は一段高い位置にある玉座に座る父である国王陛下と、その横に座る母である王妃殿下を見上げた。
「父上、これは一体どういうことですか? 私が何をしたというのですか?」
「それは余が聞きたい。お前は一体何をしたのだ?」
質問を質問で返してくる父上に、半眼になる。
父上の傍らにはいつものように宰相が立ち、母側にはイーグリー殿下と私の腹に蹴りを入れた側近が並んで立っていた。
エグタリット国の騎士はすぐに主を守れるようにと、王子たちの真下に配置している。
そして私を囲むかのように両端を埋め尽くすのは、宰相派閥の上層部と我が国の騎士である。
眉を寄せる私に、宰相の後ろからゼシュアが現れた。
まるで私と対峙するかのような場所にいる自分の側近に、私は不愉快さを隠せなかった。
「ゼシュア、お前はそんな所で何をしている? 身の丈に合わぬ場所だ。即刻降りて来て、私の弁明をしろ。父上たちは何か勘違いをしている」
「国王陛下に申し上げます。私はエリーナ・チェス様を誘拐した実行犯を見つけ出しました。この場に連れて来ても宜しいでしょうか?」
「は?」
ゼシュアは私に一切視線を向けることなく、父上にそんなことを言い出した。
フレーシアの今の姿、エリーナ・チェスはエグタリット国の第三王子の婚約者だ。
だが前世を思い出せていない状態でも、彼女は私に会いたくてこの国にやって来た。
おそらく無意識だったのだろう。
心が私を求めていたのだ。
前世を思い出せていないので、表面上では私に関心のないふりをしていたが、内心では私に抱いてほしいと願っていた。
早く本当の夫婦になりたいと、彼女の眼が私に訴えていたのだ。
だが、そんな彼女を手に入れるのは簡単なことではなかった。
何しろ彼女自身が何も思い出せていないのだから。
そんな状態で私の元に行きたいと願っても、第三王子がそれを許すはずがなかった。
だから私は、秘密裏に彼女をこちらに連れて来てやったのだ。
やり方は少々乱暴だったかもしれないが、これしか方法がなかったのも事実。
その時協力してくれた人物は七人。
その者たちの身柄を、ゼシュアは確保したというのか?
私はゼシュアを見つめた。
「何を言っている、ゼシュア? 私はフレーシア、いや、エリーナ嬢を誘拐などしていない。彼女は自らの意思で、私の元にやって来たのだ。その際に私の配下が手を貸したが、その者たちのことを言っているのか?」
「ゼシュア、許可する。その者たちをここに連れて来い。詳しい話はその者たちから聞くとしよう」
私がゼシュアに話しかけているというのに、父上が割って入った。
彼は騎士に目配せをする。
後ろの扉から六人の男と、年配の女が入って来た。
拘束はされていないが、皆、悲壮な顔をしている。
私の側近という地位を約束した元学友の二人と金で雇った兵士二人、それとミルドナ学園の警備兵二人に盗人の侍女だ。
私は思わず舌打ちをしてしまう。
どうして関わった全員を、昨日の今日で割り出せたのだ?
もしかしてこの中に、裏切り者がいたのか⁉
侍女は私を裏切ったら、盗みがバレてすぐに牢獄行きだ。
兵士と警備兵もこの金が入らなかったら、身を隠さなければならないほど、不味い状態にある。
五人が裏切って、得をすることなど一つもない。
そこまで考えて、私は二人に視線を合わせて怒声を上げた。
「ベグリル、まさか貴様が裏切ったのか⁉」
「ひぃ、そ、そんな、僕は何も……」
「では、スミーラル、貴様か?」
「違います。ていうか、そんなのこちらが聞きたい。家を追い出されそうになっていた矢先に、いきなり騎士が乱入して来て無理矢理城へ連れて来られたんだ。もう僕は何が何だか……。はっ、まさか最初から貴方が仕組んだことじゃないでしょうね? 僕を貶めるためにミモザを餌にして。貴方は学生の頃から、彼女を盗み見していた僕が気に入らなかったんだ。王太子妃にした今でも彼女を外に出さずに、城の奥に閉じ込めて誰にも見せずに一人で愛でているのでしょう? 常軌を逸した独占欲だ!」
「は? 貴様は何を言っている?」
ベグリルの方は私が怒鳴ると縮みあがってブルブルと顔を横に振ったが、スミーラルの方は真面目な顔で妙なことを言い出した。
「とぼけるな! そうだ、貴方は昔からズルい人だった。ミモザに興味もなかったくせに、利用して弄んだ。そしてフレーシア・タリトが大怪我をして醜くなったら、今度は彼女を捨てて美しいミモザを手に入れたんだ。そのミモザにも飽きて、新しい若くて美しい女が欲しくなったのかと思っていたけど、違う。貴方はミモザを僕に下賜すると約束して、本当は今もまだ僕が彼女に邪な思いを抱いているか確かめたんだ。それにまんまと引っかかった僕を、こうして断罪するためにここへ引っ張って来たんだな。ミモザとの新しい生活を夢見ていた僕の行動を、わざわざスミーラル家にばらして、なんて卑怯な男なんだ」
顔を真っ赤にして唾を飛ばして怒鳴る男に、私は一歩後退してしまう。
意味不明だ。無茶苦茶だ。
何故、今ミモザの名前など出てくるのだ?
今にも飛び掛からんとする男を、騎士が二人がかりで抑え込んでいる。
奴は隣にいるベグリルと共に昔から記憶に残らないほど、影の薄い大人しい男だったはずだ。
こんな激しい一面もあったのかと驚いていると、騎士の一人が鳩尾に一発入れて気を失わせた。
ガクリとその場に倒れるスミーラルに、真っ青なベグリルが「デボット!」と名前を呼ぶ。
「安心しろ。彼は気を失っているだけだ。今のままでは興奮して、話もまともに聞くことなどできないだろう。彼の話はまた後ほど聞くとして、今の叫びの中にサシュティス様がエリーナ嬢を気にしていたような発言があったな。ジギラダ・ベグリル、君には詳しく話してもらおうか」
宰相がベグリルに視線を向けて、彼に話をさせようとした。
「ひっ、ぼ、僕、は、何も……」
皆の視線を一斉に集め、頼みの綱の友人が倒れて一人ぼっちになってしまったジギラダは、私が怒鳴った時よりも震えあがった。
歯の根が合わずにカチカチと音が鳴っている。
私は宰相に視線を向けた。
「宰相、この者たちに何を言わせたいのか知らないが、彼らはフレーシア、いや、エリーナ嬢が私の元に来るのを手助けしただけだ。何も問題はない」
再度こちらの無実を訴える。
だが宰相は私を半眼で見据えると、大きく頭を横に振った。
「貴方は本当に、自分で何を仰っているのかわかっているのですか? 彼女はエグタリット国の第三王子の婚約者なのですよ」
「お前こそ、何もわかっていない。彼女の方から私の元に来ることを願ったんだ。彼女は私を愛している」
「寝言は寝てから言えですわ。私がいつ、貴方の元に行きたいと願ったのですか?」
何もわからない宰相と口論していると、イーグリー殿下と側近の間からエリーナ嬢が姿を現した。