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嬉々として作戦に加わった宰相と側近

「エリーナ様をうちのクズが……コホンコホン、王太子が攫ったというのは、誠ですか?」

 イーグリーと相談した後、俺はゴロッシュ国の宰相の執務室に来ていた。

 人払いをして、真実を話す。

 宰相は一応本当かと訊いてはいるが、心のどこかで納得していたのだろう。

 俺を疑う雰囲気はない。


「先ほど見つけたエリーナが、ハッキリとそう言った。王族の居住区にある隠し部屋、貴方なら場所もおわかりのはずだ」

 場所を提示すると、宰相は「よりにもよって、あの部屋か……」と呟いた。

 王族でもない者にしっかりと把握されているあの部屋は、最早隠し部屋の役割を果たしていないのではないだろうか?

 俺は気を取り直して、エリーナの状況を話す。

「そこに彼女が監禁されていて、今はこちらの者が監視している。王太子はエリーナをフレーシアだと思い込んでいるそうだ」

「は? あのクズはそんなことを?」

 ポカンと口を開ける宰相も、さすがにフレーシアの名前が出てくるとは思っていなかったようだ。

 最初に誤魔化したクズ呼ばわりを、今ではしっかりと口にしている。

「フレーシア様とあまりにも似ているエリーナ様に動揺はしていたようでしたが、まさかそんな愚かな考えを抱くなんて、情けない」

 大きな溜息を吐いて首を振るその姿は、とうとう匙を投げてしまったというようだ。


「フレーシアの生まれ変わりであるエリーナと、一からやり直そうとしているそうだ。それが本気ならば、彼は心を病んだのか? それとも本当の馬鹿なのか?」

「己の都合の良いようにしか考えられないのでしょう。無理矢理にでも辻褄を合わせて、楽になりたいとでも思っているのかもしれません」

「今の状況を招いたのは自分ではないか。愚かな行為をしておいて、罪の意識はないのか?」

「罪だと認識していれば、今よりもう少しまともな状態になっていたはずです。以前よりは仕事をしていますが、周囲に色々と言われて渋々といった感じです。自分で頑張ろうとは、全く思っていないでしょう」

「……………………」

 俺は思わず黙り込んでしまった。

 聞けば聞くほど王太子という人間はろくでもないと思う。

 もう二十七という年齢だというのに、楽をすることしか考えていないとは……。


「カーチィス様、勝手なことを申し上げますが、この国を少しでも憂いてくださるなら……ああ、いえ、申し訳ありません。サクス公爵との約束を破るところでした。カーチィス様のご意思に、私は従います」

 クズ王太子に匙を投げてしまった宰相は、俺に助けを求めそうになって慌てて首を横に振った。

 どうやら俺の義父であるサクス公爵と、俺に無理強いはしないと約束させられているようだ。

 他国からこの国を守ってくれている彼らに、宰相は頭が上がらないのだろう。


 俺は彼の気持ちを無視して今から行う作戦、というほどのものではないが、王太子の悪行を衆人環視の元で晒すと話した。

 王太子がエリーナが監禁されている部屋に行って、どのような行動をとるのか部屋の外から皆で聞く。

 危なくなりそうになったら、そこで扉を壊して彼女を救う。

 現行犯逮捕で、王太子はその場でゴロッシュ国の騎士に捕縛してもらう。

 そこまですれば、さすがに王太子を裁くしかなくなるだろうと話すと、宰相はニッコリと笑った。

「そうですね。もういい加減、あの方にも現実をわかってもらわねばなりません。彼の母親に対しての負い目で、私も無意識に甘やかしていたのでしょう。覚悟を決めました。クズにはキッチリ、罪を償わせましょう」

 宰相がそう言い切った瞬間、部屋の扉がノックされた。


 許可を得て現れたのは、確か王太子の側近だ。

 何度か顔を合わせて話をしたが、中々気のいい男だった。

 王太子に苦労させられているのがよくわかり、気の毒にも思っていた。

 その彼が、学園を案内中にエリーナが誘拐された責任から必死で指揮にあたっていたのだが、その最中に宰相に会いに来るとはどういう訳か?

 俺と視線が合うと彼は慌てて「来客中とは知らずに失礼いたしました。後ほど参ります」と言って扉を閉めようとした。

 だがそれを止めたのは、宰相だった。


「ああ、いや。彼のことは気にしなくていい。急ぎの話があるのだろう? 構わない。入りなさい」

「ですが、その、エリーナ様の件で、内密に相談したいことでして……。その、エグタリット国の方のお耳に入れるのは、その外聞が……」

 しどろもどろで話す彼に、俺と宰相はピンときた。

 まさか彼は王太子の悪行に気が付いた⁉


「彼は、優秀な方ですか?」

「ええ。クズの側近にしておくのは勿体ないほどの男です」

 俺が宰相に声をかけると、彼はニコニコ笑ってそう答えた。

 なるほど、彼は信用に足る男なのだな。

 それならば、彼も味方に引き込もう。

 そのつもりで宰相も、彼をこの場に引きとどめたのだろうから。

「え、あの……」

 俺と宰相の黒い笑顔に、彼はびくびくとし始めた。



 側近の彼はゼシュア・クラードと名乗った。

 以前にも自己紹介はしていたのだが、改めてこの場で宰相に頼んだのだ。

 宰相は俺をエグタリット国の第三王子の側近と紹介したが、この国にも大変重要なお方だと説明した。

 ゼシュアはよくわからないながらも、それ以上のことは何も聞かずに頷いていたので、空気の読める男なのだなと好感が持てた。

 そして彼の口から、エリーナがいなくなってからの王太子の行動の違和感を説明された。

 彼は自分の主である王太子を、告発したのである。

 その正義感に、私と宰相は口角を上げた。


「これはあくまで、僕の勝手な憶測です。ですが、もしもサシュティス様がエリーナ様に害をなされたのであれば、謝罪してもしきれません。僕の勘違いであってほしいと何度も思ったのですが……」

「いや、貴方の考えは正しい。エリーナ様は王太子に拉致されました。今は監禁されています」

「え? で、ではすぐに彼女の居場所を吐かせます!」

「訊いても答えるはずありませんよ。それよりも、不敬罪で貴方を捕らえようとするでしょう」

「僕のことなんて、どうでもいいです。捕らえるなり処刑するなり、好きにすればいいんです。それよりも、エリーナ様は絶対に助けないと。あんなにも仲睦まじいお相手がいるのに、それを邪魔するなんて絶対に許せません。この命に代えても、彼女の身は必ず無事にお返しします」


 最初は不安な感じで話していたゼシュアだが、王太子の仕業だとハッキリ口にすると、怒りをあらわにした。

 しかも反対に捕まる危険性があると諭したのだが、彼は自分の身の安全よりエリーナの身を案じた。

「……いい男だなぁ、君。気に入った」

「え?」

 思わず本音が漏れると、彼はキョトンとしてしまった。

 必死で訴えているのに呑気な言葉を吐かれて、気分を害しても仕方がない。

 それなのに自分がおかしなことを言ってしまったかというように呆然とするのは、彼の本質の良さを現している。


「これほど実直な男だとは思わなかった。だが安心して良いぞ。エリーナ様は彼のお陰で無事だ。次にサシュティス様が動いた時、皆の目の前で捕らえる」

「え?」

 宰相がゼシュアを安心させるために、これからの作戦を話し始めた。

 ますます唖然とするゼシュア。

「その後は裁判に進む。これからこの国には王太子が不在になるが、ゼシュアもそのつもりでいてくれるか?」

 言葉少なで王太子の罪を問うという宰相に、ゼシュアは疑問符を浮かべていたが、それでも王太子の側近にこれから王太子の座にいる者がいなくなると告げると、ゼシュアは唇をギュッと結んだ。

「もちろんです。僕でお役に立てることがあるのなら、何でも指示してください」


 意志のこもった眼で宰相を見つめているゼシュア。

 そんな彼を見ながらも、俺にチラリと視線を送る宰相。

 頬をポリポリと搔いてしまう。

 俺の意思を尊重すると言いながらも、なんだか外堀を埋められているような気になってしまう。

 多分だが、宰相は俺が王位継承権を認めた暁には、ゼシュアを俺の側近候補にと考えているのだろう。

 彼がいい奴であるのはわかったが、それでもまだ俺は、この国を守るとは言い切れない。


 苦労するのが嫌な訳ではない。

 ただ平民として生きていて、サクス公爵に拾われてからも自由に生きさせてもらっていた。

 エグタリット国に何かあるというのならば、俺は喜んで動くだろう。

 恩ある大切な人たちが暮らす国。

 一人ぼっちになった俺をフレーシアが見つけて、サクス公爵とウォルトが迎えに来てくれて、カルセと公爵夫人に温かく迎えられて、イーグリーとエリーナが友達になってくれた。

 その他にも沢山の優しさを与えてくれた人たち。

 その人たちが住む国ならば、俺はどんなことだってしてみせる。

 だがこの国には、曾祖母が追い出されたという事実だけ。

 フレーシアが追い出されたと言う事実だけがあるのみだ。

 俺の中でこのゴロッシュという国は、苦労してでも助けたい国かというとそれほどでもないというのが本音だろう。


 俺は宰相の含みのある視線を避けながら、彼らと今後の作戦を相談するのだった。

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