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策略を利用した謀略

 ――信じられないことが起こった。


 フレーシアの通っていた学園で、エリーナが何者かにより誘拐されたのである。

 油断していたのかと問われれば、そうかもしれない。

 母校を懐かしむデルクト殿にエリーナがフレーシアの思い出話を強請り、ゴロッシュ国の者には聞かれないようにして皆でひそひそと楽しんでいたから、つい油断が生じてしまったのかもしれない。

 身だしなみを整えに行っただけのエリーナの帰りが、やけに遅いと言い出したイーグリーの言葉で気が付いた時には、すでに遅かった。

 エリーナが忽然と、その場から姿を消したのである。

 侍女三人が倒れていたことにより、誘拐だと気付くのは早かった。

 そして、あの王太子が報告を受けてテキパキと指示を出している姿に、デルクト殿が眉間に皺を寄せた。


『あのサシュティス様がこのような突発的な問題に、あれほど素早く指示できるなんてありえません。もしかしたら、この事件にサシュティス様が一枚かんでいるのではないでしょうか?』

 俺とイーグリーの耳元でデルクト殿がそう囁くと、イーグリーが大声をあげそうになったので、俺は慌てて彼の口を両手で塞いだ。

『イーグリー、ここは俺とデルクト殿で探ってみる。俺たちが動きやすいように、お前はゴロッシュ国の者の気を引き付けておいてくれないか』

 本性を出して大暴れしそうになるイーグリーをどうにか宥めて、ゴロッシュ国の者の注意を引き付けておいてくれと頼むと、イーグリーはあからさまに俺を睨みつけてきた。

『姫を守るのは、王子の役目だぞ』

『もちろん、エリーナが見つかればお前が助けに行けばいい。ただお前が動けば、あの王太子のことだ。のらりくらりと捜索の邪魔をしてきて、見つけるのが遅くなってしまう。彼女が泣きだしたら困るだろう⁉』

『……心配はしている。だがゴロッシュ国に全てを任せる。という演技をしていればいいのだな。わかった。その代わり彼女が泣く前に、絶対に見つけ出してくれ』

 イーグリーの渋々の了承を得た俺とデルクト殿は、誰にも見つからないように隠し通路を使ってエリーナを探しに行った。

 目指すは先日、王太子が怪しい行動をしていた、あの隠し部屋だ。



 案の定、隠し部屋にエリーナはいた。

 前回来た時に、隠し通路から部屋の中を覗けるようにと穴を開けておいたのだ。

 寝台に座り侍女に背を向け、両手を胸の前で組み、ふんと怒りをあらわにしている。

 オロオロする侍女に何か頼んだのか、侍女がそっと部屋から出て行った。

 俺とデルクト殿は安堵したが、俯くエリーナから泣く気配を感じて、慌てて鏡の扉を開けた。

 誘拐されて一人ぼっちで不安に思っていたところに、味方の俺たち二人がいきなり目の前に現れたんだ。

 驚きを通り越してキョトンとするエリーナ。

 彼女の目元には、涙の雫が浮かんでいた。

 危なかった~~~。

 アレを流されたら、イーグリーが烈火のごとく暴れ始めてしまうところだった。


「頼むから泣かないでくれよ。エリーナが泣くと、イーグリーがキレるからさ」

「もう大丈夫ですよ、エリーナ様。ここからイーグリー殿下の元へ戻りましょう」

 俺とデルクト殿がニコリと笑うとエリーナは呆然としながらも、すぐに状況を理解した。

「すごいわ、二人共。もうこの部屋の存在を把握していたのね。こんな通路まで見つけてしまうなんて、二人は隠密にも向いているわ」

 キャーっと嬉しそうにはしゃぐエリーナに、俺は慌ててシーシーっと自分の口元に人差し指をあてる。


「エリーナ、静かにして。今のは侍女だろう? 彼女が戻ってきたら、エリーナを攫った奴にバレるかもしれない」

「私を攫ったのは、お姉様をひどい目にあわせていた、あのクズ王太子よ」

「やっぱり王太子か。まぁ、それは後にして、とにかくここを出よう」

 エリーナが犯人は王太子だとハッキリ口にしたので、俺はやっぱりと頷きながらも、ここに長居は無用とエリーナに手を差し伸べた。

 だが、エリーナは首を横にプルプルと振った。

 おい、まさか君まで王子様が助けに来てくれるまで待つのが姫よ。とか言わないよな⁉


「あいつ、何故か私をお姉様だと思っているのよ。あんなにひどいことをしておいて、今更お姉様と思い込んでいる私とやり直そうとしているの。信じられないでしょう?」

「「は?」」


 俺とデルクト殿の声が重なった。

 今、エリーナは何と言った?

 エリーナをフレーシアと勘違いしているというのか?

 いやいや、どう考えてもおかしいだろう。

 いくら二人がそっくりだといっても、あれから十年だ。

 自分が大人になったのと同じで、フレーシアだって大人になっている。

 それに何より、彼女はこの国では死んだことになっているはずだ。

 以前に、彼女自身の口からそう聞いたことがある。


「ほとぼりが冷めたら、王族から離れたわたくしをまた利用しようとする者が現れるかもしれなかったのですわ。わたくしと家族はこのエグタリット国に来ているから大丈夫ですけれど、領地にはお兄様が爵位を継いで結婚して、奥様と子供と一緒に住んでいますの。迷惑をかけると嫌なので、わたくしは亡くなったことにしたのですわ。死んだ者をこれ以上、利用することはできませんものね」

 そう言って、コロコロと笑いながらゴロッシュ国にある自分の墓の絵を見せてきた。

 悪趣味な、と思いながらも確かにゴロッシュ国でのフレーシアの立場は大変面倒くさいものであったから、消し去って正解だと納得したものだ。

 それなのに死んだはずのフレーシアを、十年前と一切変わらない容姿のエリーナと間違えるなんて、そんな馬鹿なことがあるのか?


 俺とデルクト殿がポカ~ンと口を開けていると、エリーナがプンプンと怒りながら話しだした。

「このまま帰ったら、あの王太子の罪を問うことは難しくなるでしょう? 私、誰が見ても言い訳できないほど一番わかりやすい方法で、あいつを罰したいの。十年前だって、あいつは王位を継ぐ者が一人しかいないからといって許されて、たいした罰も受けてないのでしょう?」

 エリーナの発言に気持ちはわかると頷きそうになって、いやいやと首を横に振る。


「そんなことはないさ。ここで一緒に戻ってもエリーナがちゃんと証言して、それこそ今そこにいた侍女にも証言させたら、ちゃんと罪に問えるよ。なんて言ったって他国との問題なんだ。フレーシアの時とは違って、内々で処理することはできないさ。それに十年前だって王太子の座はおりなかったとしても、フレーシアがいなくなることで彼は窮地に立たされていたはずだ。しかもこの国の王族の掟で、表舞台に立てない王太子妃がいるのだから、政ではかなり大変だったと思うよ。それなりに苦労はしていたはずだ」

「甘いわ。お姉様が優し過ぎるからといって皆まで、甘々よ! あんな奴、廃嫡して表舞台から消してやりましょうよ。牢獄に入れないと、気が済まないわ」

「エ、エリーナ……」


 彼女の剣幕に、俺とデルクト殿は押される。

 いつもはフレーシアの口調を真似ているのに、すっかり自分の言葉に戻っている。

 エリーナはデルクト殿に視線を向けた。

「デルクト様もあいつにずっと雑な扱いをされていて、悔しかったでしょう。しかもお姉様がいじめられている姿を近くで見ていて、ひどいって思ったから十年前、自分を死んだことにしてまで協力してくれたのでしょう? それなのにあいつは全然懲りずに、またお姉様を手に入れようとしているのよ。全く罪の意識もないままに、また自分本位な愚かな過ちを犯そうとしている。このまま穏便にことを終了させていいの?」

「!」

 彼女の言葉にデルクト殿は、ハッとした表情になる。

 十年前の状況を思い出したのだろう。

 苦痛な表情になるデルクト殿はそれでも今、目の前にいるエリーナの立場を口にした。


「しかしこれ以上ここにいては、エリーナ様のお立場が悪くなります。今はまだ、王太子の姿を皆が目撃していますから一緒にいるとは思われませんが、夜になると何もなくても一晩一緒にいたと勘違いされて、傷物にされたと邪推されかねません。イーグリー殿下のお立場にも関わります」

 心配するデルクト殿に、エリーナは目をキラキラさせてパンッと両手を合わせた。

「だから、イーグが派手に私を助けてくれればいいのよ。次に奴がここに現れたら、その時に扉を壊して救いに来て。お姫様は王子様の救いを待っているわと伝えてくれれば、イーグは乗ってくれるわ」

「「……………………」」


 本当にこの二人は仲が良い。

 思考が全く一緒なのである。

 俺とデルクト殿は視線を合わせて脱力する。

 だが、確かにここで一泡吹かせるのも悪くない。

 フレーシアをこの国から姿を消さなくてはいけなくなるほど追い詰めた張本人が、全く罪の意識に苛まれていないのだとすると、派手な救出劇はおもしろいかもしれないな。

 そこで奴の本性を知れれば俺もまた、そこで気持ちに整理がつくかもしれない。


 俺はデルクト殿を見て、コクリと頷いた。

 俺の気持ちに気が付いた彼も、頷き返してくれる。

「では、このまま俺が隠し通路で見張りにつきます。エリーナ様に何かあれば助けに入りましょう。カーチィス殿はイーグリー殿下と相談して、この国の宰相にも協力を仰いでください。皆で王太子を罰しましょう」

 デルクト殿の言葉にエリーナはニッコリと微笑み、俺は頷いた。

「エリーナ、自分が言い出したことだ。何があろうと絶対に泣くなよ」

「もちろんだわ。お姉様の敵討ちができると思うと、ワクワクするわ」

 エリーナの頼もしい言葉を聞いて、俺はサッとその場を去る。


 さあ、フレーシアをいじめたクズ王太子を皆で捕まえよう。

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