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内情を探る二つの影

 ゴロッシュ国にやって来て二日目。

 イーグリーとエリーナがキャッキャウフフとイチャついている間に、俺とデルクト殿は城の隠し通路を歩いていた。

 二人が派手にイチャつくものだから、ゴロッシュ国の者たちの視線は彼らに釘付けで、側近や護衛の一人や二人がいなくなっても誰も気にしない。

 それでいいのか、ゴロッシュ国⁉

 話には聞いていたが、人員不足は否めない。


 俺たちは何の苦労もなくデルクト殿が知っていた隠し通路を見つけ、そこからあちらこちらに移動して中の様子を探っていた。

 この通路は敵が攻めて来た万が一の時に、王族が逃げるために使うものである。

 王族しか知りえないこの通路を、どうしてデルクト殿が知っているのか尋ねると、あの王太子の部屋に堂々と図面が置いてあったのを目にしたらしい。

 どれほど大事な物かもわからずに、そこら辺に放り出しているなんて想像以上にポンコツ王太子だと呆れてしまう。

 だが「それで覚えられるほど、じっくり見るデルクト殿もすごいですよね」と言うと、彼は「いつかフレーシア様の助けになるかと思いまして」とニヤリと笑った。

 うん、さすがはフレーシアと共謀して死んだふりした御仁だけのことはある。

 肝が据わっている騎士に、頼もしさを感じる。



 暫く散歩をして目についたのは、城で働く者が通常ではありえないほど失敗が多いことだ。

 使用人はよく物を落として壊しているし、文官は記載ミスが多いのか何度も書き直している。

 伝達もできていないのか、同僚同士が責任のなすりつけ合いをしている。

 必ず誰かが失敗しているようで、あちこちから怒鳴り声や悲鳴が聞こえている。

 騎士の鍛錬も見たが正直、弱すぎだ。

 基礎体力がないのか、息を荒げ剣を落としまくっている。

 デルクト殿の眉間の皺が深くなっていくのが、怖かった。

 これでは全てにおいて、円滑に進むことは難しいだろう。


「まともに指導する者がいないのでしょうね。よくこれで十年も持ったものだ」

 感心するデルクト殿に、俺は眉を八の字にする。

 待ってくれ。こんな状態で、俺は王として皆を導かなければならないのか?

 城内の駄目さ加減を目の当たりにして俺が青ざめていると、デルクト殿がポンッと俺の肩に手を置いた。

「ここまでボロボロだと、反対にやりがいがありそうですね。貴方が統率者になった暁には、俺も協力しましょう。へっぽこ騎士団をボコボコにするのも楽しそうです」

 俺が王になるならついてくると、とても大切なことをいとも簡単に口にするデルクト殿に、唖然としてしまう。

 とても嬉しいし頼もしいが、そんなにあっさり決めてしまってもいいのだろうか?


 お陰様でデルクト殿の正体は、一切バレていない。

 あんなに側にいた王太子でさえ、全くと言っていいほど気付いていないのだ。

 デルクト殿曰く、彼は興味のない者には関心を示さないし、すぐに忘れてしまう。

 自分の顔を覚えていても、すでに死んだ者として記憶から消去しているのだろうとのこと。

 それにしたってデルクト殿は学園時代、四六時中一緒にいたのに、それでもわからないものだろうかと言うと、この十年でデルクト殿の雰囲気はガラリと変わったそうだ。

 体つきなど、縦にも横にも倍以上は大きくなった。

 そのうえ、カルセの助言通りに眼鏡をかけたら、全くの別人らしい。

 そこまで風貌が違う人間を、わざわざ死んだ人間と照らし合わせるなど、よっぽどのことがない限りあの方はしないだろう、というのが彼らの見解だ。



 俺はデルクト殿と騎士団の鍛錬を城の窓から眺めながら、ふと尋ねてみた。

「……この国って、内乱後に他国に狙われていた時期もありましたよね。その頃には、まともな騎士団が存在していたのでしょう⁉ 現国王だって、その時期には活躍していたと聞いています。それがここまで落ちぶれるものでしょうか?」

「尊敬できる者がいなければ、誰でも身が入らなくなるものです。この城には、我が身を盾にしてでも守りたいと思わせる者が一人もいないのでしょう。現国王に至っても執務で手いっぱいで、この十年、剣など一度も握っていないのではないでしょうか? 王太子の所為で有能な者が減ったことも関係してはいるでしょうが、国王自身かつての力を失っているのでしょう」

「それでこの十年、どうやって他国から領土を守って来たのでしょうか? この国が確実に力を失っているのは、他国にも知れ渡っているはず。過去に攻めて来た国が狙ってこないのは変です」

「あれ、サクス公爵から聞いていませんか? 俺の父上が、エグタリット国の力を借りて睨みを利かせているんです。タリト侯爵、もといチェス侯爵も外交から圧力をかけていました。内部が崩れるのは、わかっていましたからね。二人は外部から守っていたという訳です」

 十年前にフレーシアと共にこの国を捨てたはずの二人が、そのような形でこの国を守っていたことを初めて知った。

 そうか。皆、どうにかしてこの国を守りたかったんだな。


「……俺が立てば、この国は変わると思いますか?」

 俺は真剣な顔でデルクト殿に問う。

 俺が上に立つことで、この国が変われるのならば……。

 いいや、この国にそこまでの愛着はない。

 俺が世話になった皆の思いが実るなら、俺はこの崩れかけた国の王になってもいいと思ったのだ。


「貴方は、貴方の思うままに行動してよいのですよ。誰かのために御身を犠牲にしようとなさらなくてもよいのです。そんなことをすれば、貴方の周囲の人間は怒り狂いますよ」

 ニッコリ笑ったデルクト殿の口から、とてつもなく怖い言葉が出てきた。

 サラン公爵邸に集まった面々を思い出す。

 確かに彼らなら、俺がいやいや引き受けたら血相を変えて連れ戻すに決まっている。

 下手したらウォルト辺りに、ぶん投げられるかもしれない。

 俺とデルクト殿はクスッと笑った。

「もう少し考えます。まだこの城の内情も、全てがわかった訳ではないので」

「そうですね。それが良いでしょう。急がなくても時間はたっぷりありますから」

 そうして俺とデルクト殿は、隠し通路へと体を滑り込ませた。



 数日城内を探検して、この城の駄目さ加減を嫌というほど目の当たりにしたが、フレーシアがいた頃のように野心に身を焦がせ暗躍する者は、ほとんどいないように見受けられた。


 デルクト殿の説明によると彼女たちが去ることで、彼らは欲望を表面化させたらしい。

 ある者は娘や身内を城内に引き入れ王族に近付けようとしたり、税を横領したり、城内の備品を横流ししたり、他国に情報を流したりと、あからさまに動き出したのだ。

 人員不足の王宮など恐るるに足りないとばかりに大胆にふるまいだしたその馬鹿どもを、宰相が嬉々として処断し始めた。

 それにタリト侯爵たちが去る際に、一緒に去った者の中にも国に害する者もいたので、そのまま永久に王都から締め出したそうだ。

 いくら人員不足だとはいえ、宰相はちゃんと優秀な者は確保していた。

 領地を持たない王宮貴族や、なんだかんだと王族に忠誠を持つ者など。

 そうして今では、ゴロッシュ国の膿は大方出し切ったと自負しているらしい。

 容赦のない宰相に少々思うところもあるが、彼らは彼らで無駄な十年を過ごした訳ではないのだろう。

 

 この国はいまだに内乱後の問題を抱えているのだ。

 王族が掟を作ったために減ってしまった統率者が愚かでは、利用しようとする者は後を絶たない。

 それではフレーシアたちが動いた意味も、宰相の十年も全てが無駄になってしまう。

 俺ならば、それを踏まえて少しはマシな統率者になれるだろうか?

 エグタリット国の力も借りられれば、もしかしたら……。


 そんな風に思い始めた頃、隠し通路を歩く俺とデルクト殿の耳に男女の声が聞こえてきた。



「こんな部屋があったとは……。でかした、ドンナ」

「ご満足いただけて、ようございました」

 ここはもう王族の居住区のはずだ。

 だが、この場所に位置するのは、普通の部屋ではない。

 隠し通路同様、王族の隠し部屋だろう。

 俺たちは部屋の壁に耳を押しあてる。

 女の方はわからないが、男の声は王太子であるサシュティス殿下のものだ。

 それほど若くもない声に王太子のあの口調。

 女の方は侍女だろうか?


「これならば、すぐにでも彼女を連れて来られる。後は頼んだぞ。ああ、お前は以前にもフレーシアの世話をしたことがあるな。ならば彼女の扱いはわかっているはずだ。不自由のないようにしてやれ」

「畏まりました」

 そう言って出て行く王太子の軽快な足音と、その後ろを力なく歩く足音が聞こえた。

 俺たちは暫くして、隠し通路から部屋に入る場所はないかと壁を叩いた。

 するとすぐに他とは違う軽い音が鳴り、その場所をそっと押してみるとカタッと開いた。

 そこは部屋からすると、全身が映る鏡だった。

 鏡の部分が扉になっていたようだ。

 どうやらその部屋は、女性が好む造りになっている。

 壁紙は可愛らしいピンクの花柄に、白を基調にしたアンティークの家具、大きな天蓋付きの寝台は部屋のど真ん中に置かれていた。

 多少、少女趣味のような気もするが、この部屋を見て気を悪くする女性はいないだろう。


 俺たちはこの部屋が妙に気になった。

 あの王太子の浮かれた口調に、不安が生じたのだ。

 しかも先ほどの彼の言葉に、フレーシアの名前が出てきたのである。

「以前にもフレーシアの世話をしたことがある」と。

 デルクト殿が険しい顔をしている。

「何故、今頃になってフレーシア様の名前をあの方が口にするのか……?」

 不信感に苛まれた俺たちは暫くの間、その部屋から動けずにいた。

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