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王族の血を引き継ぐ者の権利

 微妙な空気になる部屋の雰囲気を変えるため、サクス公爵がコホンと咳払いをした。

「まあ、カーチィスを直接ゴロッシュ国に向かわせなかった理由の一つはそういう訳だ。幼い君を送り出してしまっては、みすみす欲深い貴族の傀儡にされるか、もしくは暗殺されるかだった。そしてもう一つ、君に選択肢を与えたかったというのが一番の理由だよ」

 俺は瞬きを繰り返す。

 そういえば先ほどウォルトも、本人に決めさせたらいいと言っていた。

 だが何を決めろというのだろうか?

 俺が首を傾げていると、サクス公爵がそのまま言葉を続けた。


「サクス家ならば、君の願い通りにしてあげられると思ったのだよ。平民の生活の方がいいと言うなら誰にも知られずに市井に戻すこともできるし、ゴロッシュ国で王様になると言うなら送り届けられる。そしてこのままこの家で暮らすと言うなら、それはもちろん大歓迎だ。君がどうしたいか、それを決める時間を与えたかったのだ。私たちは君の選択を応援できれば、それでいい」

 サクス公爵に微笑まれて、俺は呆然としてしまう。

 俺に選ばせるために、この家に招き入れたというのか?

 俺の意思を尊重するために……。

 グッと言葉が詰まる。


「……王様に、ならなくてもいいのか? そのために、王族の血を引く俺を探したんじゃないのか?」

「確かに手段は、数ある方がいい。だが、カーチィスが王様になどならなくてもあの国を持ち直す方法は、いくらでもあるぞ。お前一人が背負い込む必要などない。そのために大人がいるのだ」

 ポンッと肩を叩かれた俺は、その言葉が真実だと知る。

 そうか、これは強制でも何でもないんだ。

 あくまで俺の意思を尊重するつもりで話してくれている。

 俺はサクス公爵、義理の父上の瞳を見つめ、真剣に考えることにした。

 もう僻み根性はない。

 利用されたと疑う必要など、どこにもないのだ。

 俺はどうするべきか、どうしたいのかを自分の心に問う。



「っていうか、フレーシアたちがエグタリット国にいるなら、ゴロッシュ国なんてどうでもよくない?」

 俺が真剣に己に向き合っている横で、イーグリーがエリーナの髪をいじりながら、コテンと首を傾げた。

 するとチェス侯爵に溜息を吐かれる。

「イーグリー殿下、ゴロッシュ国のお勉強をすっ飛ばしましたね。あの国の先には、ブライル国があります。かの国はゴロッシュ国を通らないと、かなりの時間を費やすのですよ」

 山に囲まれたゴロッシュ国だが、その北にあるブライル国はさらに森林に覆われた山地である。

 ゴロッシュ国に問題が生じると、ブライル国との流通にも影響がでるのだ。

「ブライル国かぁ。確かにそれは困るな。あの国は織物が盛んだし、珍しい陶器を作り出している。うん、ゴロッシュ国、必要だね」

 通り道だけの価値で必要とされたゴロッシュ国に一抹の不憫さを感じるが、それは現状あの国が何も生み出していないということだ。

 まあ、それはこれからいくらでも変えられるということでもある。


「……今すぐには決められない。俺はあの国の現状を知る必要があると思う」

 俺は皆の顔をグルッと見渡した後、そう答えた。

 知らない国の王様になるかと訊かれて「はい、なります」とは、さすがに即答できるはずがない。

 冷静に答えた俺を見て、フレーシアはニッコリと笑った。

「やっぱりカーチィスは真摯な方ですわ。そこで、わたくし考えたのですが、あの国に三人で行ってみませんこと?」

「は?」

 驚く俺たちに、カルセが慌てて制止の声をあげる。

「いやいやいや、駄目でしょう⁉ フレーシアが行ったら、あの王太子に何をされるかわからないよ」

「あら、わたくしが行くなどとは言っていませんわよ。向かわれるのはカーチィスとイーグリー殿下、それとエリーナですわ」

「「「え?」」」

 平然と答えたフレーシアに、俺たち三人は固まってしまう。

 えっと……俺はわかるけど、どうしてこの二人が?


「ゴロッシュ国はわたくしが去った後、どの国とも疎遠になってしまわれたご様子。そこでイーグリー殿下が遊学にでも訪れたら、国を挙げて歓迎するはずですわ。警戒心も薄れるでしょうから、ボロも出やすくなるのではないでしょうか?」

 確かに内情を探るには、相手が浮足立っている方がいいかもしれない。

 俺がフレーシアの案に納得していると、エリーナがオズオズと手を挙げた。

「お姉様、どうして私も?」

「エリーナはわたくしと似ているでしょう。ですからあのクズ……コホン、サシュティス様が何かしらの行動をとるのではないかと思ったのですわ。あちらの国ではわたくしは死んだことになっていますし、イーグリー殿下の婚約者として全くの別人で行くのだから、間違ってもわたくしと勘違いして危険なことはされないでしょうが、必ず反応はあると思うのですわ。その行動で、あの方の性質がわかるのではないかしら?」

「それって、私を見てお姉様を思い出させるということですのね。なんだか面白そう。わかりました。行きますわ!」

 フレーシアにニッコリと微笑まれて、姉大好きっ子エリーナは姉を彷彿とさせる役割に喜んだ。

 だがそこで待ったをかけたのは、当然二人の父親、チェス侯爵だ。


「まあ、待ちなさい。私はこの国でチェスと名前を変えたし、エリーナがフレーシアの妹だとはゴロッシュ国の人間は宰相以外、誰も知らないだろうから直接の危険はないにしても、やはり似ていることで要らぬ苦労をするかもしれない。そういうことも踏まえて、ちゃんと考えてから結論を出しなさい」

 侯爵の助言に、俺はエリーナに視線を向けた。


 彼女はゴロッシュ国ではその存在を、あまり知られていなかった。

 理由は姉、フレーシアの存在。

 産まれた当初はちゃんとお披露目もしたらしいのだが、その後ゴロッシュ国では謎の流行病が蔓延し、フレーシアはカルセと共にその特効薬を作り出した。

 偶然が偶然を呼んだと彼女たちは言っていたが、俺がこの屋敷に来た当初から二人で何やらこそこそしていたのを、俺は知っている。

 もちろん、彼女が頻繁にエグタリット国に来られるはずがないから主に手紙のやり取りだったが、ウォルト宛てよりも多いことは気になったし、それ以前にそのことにウォルトがヤキモチを焼かないことが一番気になった。


 ゴロッシュ国ではカルセの存在は公にできなかったので、フレーシアが友人Aと共に研究した結果、特効薬が作れたとしたらしい。

 その所為で才女や聖女などと呼ばれ、彼女の周りは一気にきな臭くなった。

 元から王太子の婚約者という立場であるため命の危険は日常茶飯事だったが、それ以上に彼女自身の価値を見出し利用しようとする者の誘拐も、加わってしまった。

 その状態で彼女の容姿に瓜二つの赤子が存在していると知られれば、エリーナの身も危険にさらされる。

 彼女を盾に、フレーシアを意のままに操ろうとする者もいるだろう。

 悩んだ末に侯爵は、エリーナをサクス公爵家に預けた。

 タリト侯爵が外交の名目で妻や息子を連れて国を出ることが多かったのは、ほとんどがエリーナに会いに来ていたからだ。


「……お父様の仰る通りですわ。いくらサシュティス様の本質を出させるためとはいえ、あちらの国はやはり危険です。イーグリー殿下、お寂しいでしょうが、エリーナは置いて行ってくださいましな」

 フレーシアがそう懇願すると、イーグリーはプッとふくれっ面になる。

「やだ! それなら僕も行かない。エリーと離れるなんて、一日でも嫌だ」

「大袈裟な。一週間ぐらい公務で会えない時もあるじゃないですか」

 子供か、と呆れるとイーグリーは俺の方を向いて癇癪を起こす。

「同じ国にいるのと、違う国にいて会えないのは違うんだよ」

「私もイーグと会えないのは嫌です。一緒に行きます。いいでしょう、お父様」

 キュッと二人両手を握り合って、エリーナまで訴えかけてきた。

 彼女の心配をしているだけだというのに、何やら愛し合う二人を引き裂いているかのような気分にさせられる。


「……それでしたら殿下、デルクト殿を連れて行ってください。彼ならあの国を熟知していますし、何が起きても対処してくれます」

「ええ、そうですわね、お父様。デルクト様なら必ずエリーナを守ってくださいますわ」

 チェス侯爵の提案に、フレーシアも嬉々として頷いた。

 フレーシアたちと一緒にやって来たカイサック親子は、今はこの国でイサクと改名して親子共々第三、第四騎士団の団長を務めている。

 第三王子の護衛として連れて行くのにも頼もしいお方だ。

「けれど彼もフレーシア同様、顔を覚えられているんじゃないか?」

「フレーシアほどの美女ならともかく、男の顔なんて誰も見ないし覚えてもいないよ。デルクトって凡庸な顔立ちじゃん。眼鏡でもかければ大丈夫だと思うよ」

 俺がデルクト殿もバレたら大変なのではと心配すると、カルセが大丈夫だというように手をヒラヒラと振る。

 かなり失礼な言いようだ。

「凡庸がどうかは何だが、彼は十年前に死んだことになっている。人の記憶からは薄れるさ。それに十年も経って、少年だった彼が青年になったのだ。風貌もかなり変わったしな。まずバレる心配はないだろう」

 クククと笑いながらサクス公爵も大丈夫だと頷く。

 大丈夫ならいいが、二人のデルクト殿に対する扱いが少々雑なような気がするのは、俺の気のせいだろうか?

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