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側近として潜り込んだ彼の真実

 俺の名前はカーチィス・サクス。

 南の国エグタリットのサクス公爵の養子だ。

 エグタリット国の第三王子の側近としてゴロッシュ国にやって来た俺は、目の前で自国の騎士に連行される王太子を見て溜息を吐いてしまう。

 ほとんどは彼女の想像していた通りだったが、まさか第三王子の婚約者を誘拐して無理に既成事実を作ろうとするとは、さすがに思わなかった。

 しかも昔捨てた婚約者の生まれ変わりだと、本気で信じているなんて……。

 いや、捨てられたのは王太子の方か?

 まあ、三下り半を突き付けたのは彼女の方だったんだろうけど。



 実は俺はエグタリット国の市井で、五歳まで平民として暮らしていた。

 サクス公爵と息子のウォルト、そしてフレーシア・タリトと出会ったのは、両親が亡くなった数日後。

 両親の死因は、事故だ。

 三人で街を歩いていた際に、暴走した馬車が突っ込んできたのだ。

 あっという間の出来事。

 両親は俺を庇って、即死だった。

 泣き喚き途方に暮れる俺の家に、彼らはやって来た。

 そうして彼女は言ったのだ。

「間に合わなかった」

 俺は何のことだと彼女に掴みかかって、ウォルトに投げ飛ばされた。

 当時の俺は、まだ五歳。

 ウォルトは十四歳でまだ少年ではあったが、それでも五歳の俺からするともう立派な大人だった。

 サクス公爵が咄嗟に受け止めてくれなかったら、怪我をしていただろう。

 この時から俺は、ウォルトに苦手意識がある。


 家にある粗末な椅子に彼らを座らせた。

 改めてフレーシア・タリトを見る。

 十歳の彼女は俺がこの世で初めて目にした、貴族令嬢だった。

 完成された美に溜息が出るほどの所作。

 俺は不審な言葉を吐いた彼女を一時忘れ、見惚れた。

 そしてその彼女のぷっくりとした愛らしい小さな唇から紡がれた言葉は「貴方にはゴロッシュ国の王族の血が流れていますの」だった。

「は?」

 美しさからではない、信じられなさで二度見してしまった。

 そうしてもう一回「は?」と言った。

 うん、ゴロッシュ国って、どこ?

 五歳の平民の俺に遠く離れた他国など、知るはずもなかったのだ。


 サクス公爵が苦笑しながらフレーシアを窘め、俺に説明してくれた。

 どうやら俺の母さんの母さんの、そのまた母さんがゴロッシュ国という他国のお姫様だったらしい。

 なんでも王族同士で殺し合い、命からがら逃げ延びたのがここ、エグタリット国だった。

 女性が数人集まっていた所を皆殺しにされたので、年恰好の似た者と間違えられたのかもしれない。

 末妹なので、ちゃんとした確認もしなかったのだろうとサクス公爵は言った。


 曾祖母さんは護衛の騎士と逃げて、そのままここで夫婦となったのだろう。

 そして祖母さんは何も知らないまま、この地で結婚した。

 母さんも父さんと結婚して、俺を産んだ。

 これらの説明を聞いたが当時の俺は正直、理解はしていなかった。

 五歳なのだ。国の事情をわかれと言う方が無理である。

 ただこの時は、サクス公爵に一緒に家に行こうと誘われ、フレーシアの微笑みにフラフラとついて行っただけにすぎない。

 その後、フレーシアがサクス公爵家にずっといる訳ではないと知って、ショックを受けたのは今でもハッキリ覚えている。



 十歳の時、サクス公爵は他国の王族の血を引き継いでいるからといって、どうして俺を養子にしてくれたのか訊いたことがある。

 するとニッコリ笑った公爵が、信じられない言葉を吐いた。

「フレーシアがね、ゴロッシュ国の今の王太子はクズだから未来がないと言ったんだ。だから、カーチィスがゴロッシュ国の王様になってくれたらいいなと言うんだよ。私はフレーシアのおねだりに弱くてね。もちろん、無理強いはしない。君の意思を尊重するよ。ただ選択肢に入れておいてくれたらいい」

「は?」


 この時、俺はフレーシアとは一体何者だと初めて考えた。

 ゴロッシュ国のタリト侯爵の息女、王太子の婚約者、才色兼備、淑女の鑑、サクス公爵の親友の娘、ウォルトの想い人、色々な言葉で評されるが、そんなことはどうでもいい。

 彼女は、先を見通せる力でも持っているのではないかと感じるのだ。

 だってそうだろう。

 後から知ったのだが、俺を見つけたのはフレーシアだ。

 彼女がサクス公爵に相談して、俺がここにいると確信して迎えに来てくれたそうだ。

 両親のことも「間に合わなかった」という言葉通りに、亡くなることを知っていたのだ。

 ただそれが、いつどのような状況で、とは知らなかったようだが。


 俺はウォルトに訊いてみた。

 フレーシアにそんな力があるのかと。

 するとウォルトは俺をジッと見つめた後「それが?」と首を傾げた。

「確かにフレーシアには、そういう力がある。カルセと何やら先の話をしているのを聞いたこともあるが、それが何だと言うのだ? フレーシアはフレーシアだろう」

 カルセというのはウォルトの弟で、俺の義兄にもあたる。

 彼もまた始終部屋にこもり、怪しげな研究をしている変わり者だ。

 そんな弟をウォルトは可愛がっている。


「それぞれがどんなに変わり者だとしても、俺はフレーシアもカルセもカーチィスも、大切な家族だと思っている」

 ……真顔でそう言われては、何も言えなくなってしまった。

 だからウォルトは苦手なのだ。

 些細なことは気にしない。

 大事な者の厄介事なら全て引き受ける、どんと来いの性格なのだ。

 一番の変わり者はウォルトだと心の中で罵倒しながらも、赤くなる耳を隠して俺は「わかった、もういい」とそれだけ言って、その場から離れた。

 この時から俺はフレーシアのことを探るのはやめて、彼女の言う今の王太子では駄目だとの言葉を深く考えるようになった。

 彼女が言うのだから、それは本当のことなのだろう。

 ゴロッシュ国は近い将来、崩壊する。

 でも俺はそんな行ったこともない国を、我が身を挺して守る気になれるのだろうか?

 それに国というものは、王一人で成り立つものではないはずだ。

 臣下さえまともなら多少、王が我儘でもどうにかなるものではないのか?

 この時の俺は、まだ見ぬ国の現実を軽く考えていたのである。



 そうして今回、五年前に義理の姉となったフレーシアに呼び出された俺は、第三王子とその婚約者と共に話を持ち出された。

 因みに第三王子のイーグリーは、三歳下だが俺の友人でもある。

 年が近いからと、彼が五歳の時に紹介されたのだ。

 イーグリーは始終笑顔で物腰の柔らかい人格者なのだが、一旦怒らせると実力も伴っている分、非常に厄介で手が付けられなくなる。

 止められるのは彼の兄上たちとウォルトぐらいだろうか。

 そして、彼の地雷は婚約者のエリーナ・チェスだ。

 このエリーナこそが、今回の重要人物である。

 ゴロッシュ国の人間が決して見て見ぬフリができない人物、フレーシアにそっくりな彼女こそが、今回の鍵となるのだ。

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