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宰相の記憶に残る侯爵令嬢の謀

 フレーシア様が全ての計画を話して、私の部屋を後にしたのは数分前の出来事。

 私の役回りは彼女たちの計画の補助だ。

 上手くいくように、王族側を誘導しなくてはいけない

 彼女はあっさりといなくなると言うが、それはそんな簡単なことではない。

 確実にサシュティス様は怒り狂い、国王夫妻は落胆し、貴族たちは各々勝手な行動をとるだろう。


 正直、王族がどのような感情を抱こうが、そんなものはどうでもいい。

 自業自得だと言ってやればいいだけだ。

 それよりも、貴族連中の出方だ。

 ある者はタリト侯爵やカイサック団長に同調して、厄介事に巻き込まれたくないと領地に逃げ込むだろうし、ある者はこれ幸いと城内で権力を握ろうとするだろうし、今までとは確実に城内の勢力関係が崩れるのだ。

 それこそ以前タリト侯爵たちと話していたように王族、特にサシュティス様を傀儡にしようと動く者たちも出てくるだろう。

 高位貴族、下位貴族、関係なしに野心溢れる者が王城に蔓延るはずだ。

 愛国心ある者がどれだけ残るかで、この国の在り方は変わる。

 これはフレーシア様による、改革なのだ。


 十五歳の少女による強制的な変革に、私の背筋に冷たい汗が流れる。

 私たちには罪がある。

 国王の逃避、王妃の嘘、王太子の傲慢、宰相である私の怠慢、貴族の妬み嫉み、侍女の嫉妬僻み、騎士の衝突葛藤、使用人の横暴奪略。

 ありとあらゆる罪が、この城には充満している。

 その罪を償う時がきたのだろう。


 私はフーっと深く息を吐く。

 彼女の改革の後押しとして私にできることは、この国の膿を出し切ってしまうことだ。

 そのための材料は、フレーシア様やタリト侯爵、そしてカイサック団長がコツコツと集めてくれた。

 もちろん私も、秘密裏に調べ上げている。

 人員不足を狙って無理矢理入り込もうとする輩を、一掃するのだ。

 サシュティス様を持ち上げ、媚びへつらう者は要注意。

 自分の娘や血縁者を彼に売り込む者も要注意だ。

 ああ、考えるだけで目の前が暗くなる。

 しかし、ここで踏ん張らなければこの国は本当に終わってしまうのだ。

 私は忙しくなる日々を想像して、まずはその一歩を部屋から踏み出したのである。



「サシュティスがフレーシア嬢を階段から突き落とし、怪我をさせたというのは誠か⁉」

 学園でミモザ嬢の陳腐な計画が終了し、フレーシア様がデルクト殿と共に姿を消したのは、数時間前のこと。

 すでにタリト侯爵の手によって、二人は保護されている。

 医師が治療する前に運び出されたので同行していた騎士は、国王と王妃に状況だけの報告を上げたらしい。

 学園での混乱した情報も合わさって、サシュティス様が直接フレーシア様を突き落としたことになってしまっているようだった。

 自分の執務室で王妃と共に報告を受けていた国王は、私を見るなり確かな情報を欲してきた。


「いえ、それは誤報です。正確には、サシュティス様の威圧的な態度で怯えたフレーシア様が階段から足を踏み外したそうです。側にいたデルクト殿が庇ってくれたそうですが、今のところ、彼らの安否は不明です」

 私はゆっくりと首を横に振った。

 だが、サシュティス様が直接手を出したわけではないにしても、原因を作ったのが彼だと知った国王夫妻は、険しい表情になる。

 そして怪我をしたフレーシア様とデルクト殿の治療に、城で行わなかった理由を私に問うてきた。


「どうして城で治療をしなかったのだ? タリト侯爵が二人を連れていったとの報告が上がっているが」

「城にいて、万が一サシュティス様が押しかけてきたら、冷静ではいられないと考えられたのではないですか?」

「それほどひどい状態なのか?」

 二人の顔が青ざめる。

 私は悲痛な面持ちで答えた。

「頭から落ちた、ということですので。それに出血が、相当ひどかったようです」

 私の言葉を聞いた国王が、血相を変えた。

「すぐにタリト侯爵の元へ、城の医師を派遣しろ。それと正確な情報を……」

 慌てる国王に、私は冷静な声で窘める。

「今こちらから行動をとるのは、タリト侯爵の気持ちを逆なでするだけです。今は彼にお任せしましょう」

「だが、王太子のしでかしたことに王家が何も動かないという訳にはいかないだろう⁉」

「軽はずみな行動は危険です。今はただ、お二人の無事を祈りましょう」

 私の忠告にお二人は不満そうな表情ながらも、ひとまずは頷いた。


 まずは、時間を作ることに成功した。

 この間に各々の動きがあらわになる。

 王都に巣くう貴族たちの行動を注意する。

 私は国王に、去る者は追わずの姿勢をとるように進言した。

 少しでも高い地位に就きたいと残る小物は放っておいてもいいが、あまりにも悪質な野心をあらわす者はこの際、王都から排除しようと思う。

 タリト侯爵やカイサック団長のような優秀な者が去る中、私と共に残って国のために尽力してくれる面子は確保した。

 彼らは私同様、何らかの罪により残ることを決意してくれたのだ。

 フレーシア様の改革が、これで少しは形にできるだろう。


 そうして一番厄介な王太子は、やはり何もわかってはいなかった。

 かなり辛辣な言葉を投げかけたにもかかわらず、己の非を一切認めなかったのだ。

 これはかなり深刻な問題だ。

 だが、それでもこの状態でどうにかやっていくしかない。

 私は天を仰ぎ見る。

 どうかサシュティス様が現実を見て改心してくれる日が来ますように、と願いを込めて……。



 私の願いは日々、虚しくなるだけだった。

 国王は毎日愚痴ばかりだし、王妃は溜息を一日数十回は吐く。

 王太子に至っては、仕事から逃げようとして毎日のように側近に怒鳴られている。

 そして鬱憤がたまると夜な夜な王太子妃の部屋に忍び込み、発散しているようだった。

 考えると、名前だけの王太子妃である男爵令嬢も可哀想なものである。

 すっかり存在を忘れられ、今は城からも追い出され、塔の一室で誰とも話さずに監視されて過ごしている。

 サシュティス様にこだわらなければ身分のあった男と結婚して、それなりの幸せも得られたのではないだろうか。

 そもそも二人は愛し合っていた訳ではない。

 それなのに何故、彼女はあそこまでサシュティス様に執着したのかと不思議に思う。

 子供を作ることもできない娼婦のような扱いに、少なからず心が痛む。

 フレーシア様が去った後、罪を犯した人間は確実に、苦しい立場に追われて日々を過ごしていたのだ。



 側近のゼシュア・クラード殿が、王太子が連れて来た割に優秀な人間であったのは、この状態の王宮では僥倖だった。

 ただ、王太子の側近にするにはまとも過ぎて、本人が体を壊してしまったのには申し訳ないと思う。

 そこまで気が回らなかったのは事実だ。

 しかし彼は、私が想像した以上に心の強い、逞しい人間だった。

 あの王太子に「殺す!」と脅され「殺せ!」と返しているのを見て、私は王太子が初めて怯んでいる姿を目にしたのだ。

 そして渋々ではあるが、彼の言うことを素直に聞いている姿を見て、私は感動した。

 もしかしたら改心する日がくるのではないか、と一時は喜んだが、それは過度な期待だったようだ。


 王太子は、どうしたって変わらなかった。

 国王や私が彼の権力を削っているから問題にならなかっただけで、フレーシア様に向けていた負の感情を今度は周囲の者に向けるようになっていたのだ。

 この十年の間に、使用人を罰したり解雇しようとしたことは何度もある。

 さすがに何も知らない貴族や民には王族の仮面を被ってはいるが、それもいつ剝がれるか気が気ではない。

 この国は、もうどうすることもできないのかもしれない。


 そうして一通の手紙が私の元に届く。

 フレーシア・タリト侯爵令嬢改め、フレーシア・サクス公爵夫人からの手紙だ。

 彼女はエグタリット国のサクス公爵を継いだウォルト・サクス公爵と五年前に結婚された。

 その彼女が、この十年でサシュティス様が一向に変わらないことを知って、一計を案じてくれたのだ。

 それが今回のエグタリット国のイーグリー・エグタリット第三王子と婚約者エリーナ・チェス嬢の訪問だ。

 そう、今回の事件は王太子を引きずり下ろすために仕組まれた罠だったのだ。

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