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宰相と侯爵令嬢の密談

 フレーシア様に計画を聞かされたのは、王都中に流れている噂を耳にした三日後だった。


 それは、サシュティス様が学園内はおろか街中にまで連れ歩いている男爵令嬢との恋の噂である。

 男爵令嬢と真実の愛で結ばれた王太子の悲恋を、切実に語られているのだが、その中に気になる内容が紛れていた。

 王太子の婚約者である侯爵令嬢が実は、男爵令嬢に辛くあたる非道な令嬢であるというものだ。


 フレーシア様は国内全ての者が認める、素晴らしい女性である。

 数年前、国内に流行った未知の病の薬を短期間で作りあげた才女で、彼女がいなければ大多数の死者が出たであろうと言われている。

 だが、それを鼻にかけることもなく謙虚で誰にでも優しいフレーシア様を皆、聖女と呼んだ。

 容姿の美しさもさることながら心根まで美しい完璧な令嬢と、貴族のみならず平民にも人気の高い令嬢だった。

 それが気が付けば、王都の片隅で悪女としての名を挙げられているのである。

 どれほど素晴らしい女性であっても、嫉妬に狂ってはただの愚かな女になるのだと、面白おかしく噂されていたのだ。

 その話を聞いた時には、我が耳を疑った。

 自分たちの命を救ってくれた女性に何の根拠もなく、そのような汚名を流すとは信じられないと。

 だが所詮人間など、醜聞の前には恩など簡単に忘れてしまう生き物なのだ。

 他人の不幸は蜜の味、という言葉を耳にしたことがある。

 聖女の幸せ話より、不幸話の方が噂の広がりは早いのだろう。


 私はその噂の出所を、すぐに調べた。

 そうしてわかったのは、サシュティス様のお相手、ミモザ嬢が発信源であるということだ。

 そのうえ、彼女のお腹には子供もいるそうだ。

 私はサシュティス様のクズ面を思い浮かべる。

 無駄に顔だけは良い頭カラッポ王子は、性欲にも弱かったようだ。

 フツフツと怒りが湧きあがる。

 なんてことをしてくれやがったんだ、あの王太子は~~~。

 ミモザ嬢には複数の男が寄り添っている。

 本当にサシュティス様の子供がどうかはわからないが、そんなことはどうでもいい。

 最早、ミモザ嬢がフレーシア様を貶めているのは明白ではないか。

 こうしてはいられないと、私が慌ててサシュティス様の元へ向かおうとした瞬間、執務室の扉をノックされた。



「宰相様、ミモザ様がわたくしのために立てた計画がわかりましたわ。せっかくですので、わたくしあえてそれに乗ろうかと思いますの」

「は?」


 私の目の前のソファには、フレーシア様とカイサック団長の子息、デルクト・カイサック殿が座っている。

 彼女の後ろには侍女が一人、控えていた。

 確かフレーシア様の侍女で、メルマと呼ばれていたはずだ。

 登城する際、何度か連れて来ていたのを目にしたことがある。と、そんなことはどうでもいい。

 私はフレーシア様に問いかけた。

「待ってください、フレーシア様。何のお話をされてるのですか? それにどうしてデルクト殿が一緒なのです? もしかして、サシュティス様も何か関係していますか?」

「いえ、サシュティス様は何も考えていません。考えなさ過ぎて、馬鹿みたいです。あれほど好き勝手やっていて、まだフレーシア嬢と幸せな結婚ができると本気で信じています」

 私の問いにデルクト殿が淡々と答えるが、聞かなければよかったと少し後悔した。

 あのクズは、護衛にまで愛想をつかされているのか。


「今はまだ何も考えていらっしゃいませんが、わたくしがミモザ様の計画に嵌められたら便乗されるでしょうね。ご自分の保身が一番大事なお方ですから」

 クスクスと微笑まれるその姿は天使のようだと、話している内容も忘れて年甲斐もなく見惚れてしまう。

「デルクト様には、わたくしと一緒に一芝居演じてもらうのですわ。協力者ですのよ」

「一芝居? 何をなさるおつもりなのですか?」

「たいしたことではありませんわ。ちょっと大怪我をしようかと思いますの」

「は?」

「デルクト様には、死んでもらいますわ」

「はあ?」

「わたくしもその後、死にますわ」

「はああ?」

 私は思わず、口をポカンとあけてフレーシア様を凝視してしまった。



 フレーシア・タリト侯爵令嬢の説明は、以下の通りである。


 まず、ミモザ嬢が階段でフレーシア様とすれ違う際に自分から落ちる。

 周囲には、ミモザ嬢の仲間だけが目撃している状況にする。

 ミモザ嬢が落ちたと同時に、仲間が騒ぎ立てる。

 驚くフレーシア様は、階段上で呆然とする。

 そこにサシュティス様が駆け付ける。

 同時にデルクト殿はフレーシア様の側に行く。

 ミモザ嬢の悪態で、フレーシア様が悪者にされる。

 そこでミモザ嬢が、サシュティス様を味方につけるような言葉を吐く。

 狼狽えるサシュティス様は、フレーシア様を悪女にして、その場を乗り切ろうとする。

 そこまでが、ミモザ嬢の計画だろうと話す。

 その後、デルクト殿がフレーシア様を庇う。

 その行動に、サシュティス様は癇癪を起こす。

 そこで震えるフレーシア様が階段を踏み外し、デルクト殿が庇いながら二人で階段から落ちるというのが、フレーシア様の計画である。



「お父様たちからお話はいってると思いますが、冤罪の後の婚約破棄がこの計画の中にありますの」

「あ、ええ。聞いてはいますが、この時に?」

 タリト侯爵から聞いていた婚約破棄がこの計画にあるのだと知った私は驚く。

 どうすればミモザ嬢の計画で、サシュティス様が婚約破棄まで言い出す結果になるのだろうか?

 フレーシア様が少しだけ眉間に皺を寄せた。

「元々、ミモザ様の計画はわたくしを悪役にしたいだけのものなので杜撰なのですわ。わたくしを一人にするために、わたくしの友人をクラスの男子生徒に引き留めさせたり、事故現場を彼女の仲間だけで固めようとしたりするなんて無理がありますのもの。わたくしの友人は、ろくに話したことのない男子生徒を優先させるほど愚かではありませんわ」

 フレーシア様の友人は彼女同様心優しくはあるが、しっかりした矜持の高い高位貴族の令嬢がほとんどだ。

 学園内だからといって、フレーシア様を一人だけで歩かせるようなことは絶対にしないだろう。

 私は頷いて、フレーシア様の話を促す。


「それにどれほどの学生が、学園には通っていると思われているのかしら? 授業中ではないのですから、たかが学生が他の生徒の通行を止められる時間が作れる訳はないのですわ。そのうえ彼女が階段から落ちて、わたくしが呆然とその場から動かなくなるなんて、本気で考えてらっしゃるのかしら? 王太子妃教育を受けている人間が、そのような突発事態に行動できなくなるなど、ありえるはずがありませんわ」

 つらつらと語るフレーシア様はミモザ嬢を馬鹿にしているというよりは、事実を述べているといった感じである。

 確かに彼女の説明では、ミモザ嬢の計画は穴だらけだと思われた。

 そこでフレーシア様はニッコリと笑った。

「ですからわたくし、せっかくミモザ様が頑張って計画を立てられたのだから、その通りにしてさしあげようと思ったのですわ」


 デルクト殿と視線を合わすフレーシア様。

「先ほどの計画は、わたくしが友人や学園に促して第三者が踏み入れない舞台を作りますわ。そして自分以外の問題を面倒がるサシュティス様なら、その場に現れない恐れがありますの。ですから、護衛でいつもお側にいるデルクト様にサシュティス様を連れて来てもらおうと思いますわ。そしてデルクト様が先にわたくしの元に来てくだされば、サシュティス様は自ずとミモザ様の隣に行かなくてはならなくなります」

 これで役者の位置は決まりましたわ。と手をパンッと叩いて楽しそうに笑うフレーシア様。

 彼女は本気で、これから起こる劇を力一杯演じる気なのだと伝わってきた。

 私は黙って、彼女の説明に耳を澄ます。


「サシュティス様とミモザ様がどれほど悪態を吐かれるかわかりませんが、わたくしが身を震わすほどの怒声は浴びせられると思うのですわ。そこで足を踏み外しますが、その後はデルクト様に上手に庇ってもらうつもりでおりますの。本気で怪我をするのは、ちょっと嫌ですから」

「お任せください。御身に傷一つ負わせるつもりはありません」

 眉を寄せるフレーシア様に、恭しく頭を下げるデルクト殿。

「ありがとうございますわ、デルクト様。信じていますわね」

 二人の間には、いつの間にか信頼関係が築かれているようだ。


「階段から落ちたわたくしたちは、血に見せかけた赤い液を零して倒れますわ。その後、タイミングを見計らって、教師に外へと運び出してもらいますの。すぐに侯爵家の者が対応すれば問題はないでしょう」

「まさか、その事故で大怪我を負ったことにするのですか?」

 私はフレーシア様の先ほどの話を思い出す。

「ええ、その通りですわ。わたくしは大怪我を負い、デルクト様はわたくしを庇って亡くなられますわ。そしてお父様とカイサック団長は、領地に引きこもることになりますの。その後、わたくしは領地で亡くなりますわ」

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