宰相の長過ぎる独り言
宰相というろくでもない職に就かされたのは私、マイクル・カスダットが二十五歳の若造だった年だ。
今にして思えばどうして二つ返事で簡単に引き受けてしまったのか、一向に思い出せない。
経験不足での認識の過ちか、それとも若気の至りかと今更ながらに逃げたくもなるが、そんな言い訳では通用しないほどの罪が、今の私にはある。
その所為で、私は一生このろくでもない職に囚われるのだ。
この国の王族が腐っていたのは、いつからだろうか?
ハッキリと歴史に記されていたのは、二十一人の子を儲け、王位争いで内乱を引き起こした三代前の国王だろう。
色欲に我が身を溺れさせ子も御せなかった国王など、クズ以外の何者でもない。
その後、生き残った王族には掟として、国王には王妃ただ一人だけとの関係が強要された。
いらぬ火の粉はまくなということである。
だがその歪みに、当初は誰も気付かずにいたのだ。
二代前は、王位争いの勝者である第五王子。
今の国王のお爺様に当たられるお方だ。
彼は内乱で傷付いた国を必死で立て直した功績もあり、名王と称されるが、命乞いをする兄弟を皆殺しにして、その地位に就いたことには変わりない。
そして現国王の父である前国王は、内乱から復活しつつある国を狙って攻めて来た他国との戦争を続けた。
国を守るためには仕方がないとはいえ、色々と理由を付けて関係のない国まで攻めていたこともまた事実。
前国王が亡くなるまでは、王太子として現国王も剣の才能を発揮していた。
前々国王と前国王は、王妃様ただ一人を妻にして王子を儲けた。
だが、何の問題もなかった訳ではない。
前々国王には王位を継ぐ前に愛人が存在していたのだが、内乱の巻き添えで愛人の子供と共に亡くなっている。
これに前々国王や前々王妃の意思が関与していたかは、誰にもわからない。
前国王には弟がいたが、危険な前線へと向かって、その命は奪われた。
これにも前々国王や前国王の意思が関与していたかは、わからない。
そして現国王は、聡明だと有名な他国の王女を妃にともらい受けたが、その妃との間には子ができず、他の女性との間に子を儲けた。
その子が今の王太子である。
争いを起こさないために側妃を持たないと決めたようだが、その掟のためにじわじわと問題が生じていたのは、やはり王族の愚かさとしか言いようがないのだろう。
私の罪とは、現国王に愚かな女をあてがったことだ。
現国王は前国王の時代、王太子として戦場を駆け回っていたため、今でも彼に敬意を表する者は多い。
だが、彼の愚かさを私や上層部の一部の者は、よく知っている。
彼は深く物事を考えず、嫌なことからは逃げる性質であるということだ。
そして事の始まりは、現王妃が乙女ではなかったという事実。
彼女には、過去に恋人がいた。
その相手は彼女の護衛であったため外部の者に漏れることがなく、しかもすでに亡くなっていたので他国の者が気付くことはできなかったのである。
正直、婚姻前に乙女であることを調べることはできた。
一夫一妻なのだ。
王太子妃として迎えた女性の腹に、他の者の子供がいたら大問題になる。
ただ前々国王の伴侶は内乱前からの連れ合いだし、前国王の伴侶は十二歳の若さで嫁いできた。
調べる必要はないし、それ以前はそんな掟がなかったので、前例がなかったのである。
そして現王妃を迎える際、当然調べるべきだという意見は出たのだが、彼女は友好の証として送られてきた王女で、祖国のバタラ国からそのようなことを調べるなど、我が国を信用していないのかという抗議が入ったのだ。
今にして思えば、バタラ国は王女の恋人の存在を知っていたのだろう。
だが彼女の恋人が亡くなってからは数年も経ち、王女のお腹に子がいないのは確実。
ならば王女の体を調べるなど失礼極まりないといったところか。
まあ、腹に子がいない以上、乙女でなくても問題はないと思っていたのかもしれない。
確かにこちらが聡明な王女として求めた相手ではある。
乙女ではなかったからいらないとは、さすがに言えなかった。
結局、バタラ国の要求を吞み、事前に王女を調べることはしなかった。
それでも体を重ねれば、経験のある者や経験がなくとも微妙な違和感に気付く者もいるだろう。
だが現国王は、一切疑うことはなかった。
だがこれが、後に大問題へと発展するとは、この時は誰一人として思いもしなかったのである。
そうして月日だけが経ち、王太子(現国王)しか王族を継ぐ者がいない現状で、彼に子供ができない現実に騒然となった。
掟があるため公にはできないこの問題は、上層部だけで極秘に彼の子供を産む女性を見繕うことになる。
その女性を選んだのが当時王太子の側近であった、この私であった。
彼女の父親である子爵は、私の父親の友人だった。
その子爵が亡くなって彼女が一人になった際、私の父上に彼女を城で働かせてやれと命令されたのだ。
両親が亡くなる前に何度か顔を合わせたが、大人しい女性だとの印象しかなかった。
素朴な女性なら王太子の心も安らぐだろうと、私は調査することを怠り、彼女を王太子の元へと送ってしまった。
深く物事を考えない王太子に、私は彼女の内面を探らずに近付けたのだ。
結果、彼女は愚かにも王太子妃になり替わろうとした。
彼女の豹変ぶりに王太子はすっかり女嫌いとなり、王太子妃以外の女性を側に置くことはなくなった。
嫌なことから逃げたのだ。
残ったのは実の母親を失い、両親に見向きもされない王子だけ。
使用人は腫れ物に触るように接し、一部の内情を知る貴族からは敬遠される。
元々の性質も合わさって、ろくでもない子供が育つのは当然だろう。
そう、彼がクズ王子へとなったのも、私の罪だったのだ。
私は宰相として、どうにかサシュティス様を王太子として担がなければならないと日々、頭を悩ませていた。
彼自身が立派な男になれないのなら、それでもいい。
国の繁栄を望むなら、素晴らしい伴侶を迎えればいいだけのこと。
彼の至らなさを補ってくれる、聡明な女性がどこかにいれば……。
そんな時に現れたのが、フレーシア・タリト侯爵令嬢である。
なんと王太子自らが見つけたのだ。
頬を染め、ジッと彼女を見つめる王太子の姿に、私は彼女がいれば彼は変われるだろうと淡い期待を抱いた。
私や国王の猛アタックの末、首を縦に振ってくれたのは父親のタリト侯爵ではなく、当人であるフレーシア・タリト侯爵令嬢であった。
容姿の美しさだけではなく心根まで美しい彼女に、宰相としてできる限りの助力をしようと決意した。
暫くは穏やかな日が続いた。
王太子は彼女の前でいい姿を見せようと努力をはじめ、彼女は持ち前の聡明さからどんどんと知識を吸収していった。
二人の未来が楽しみであった。
だが、そんな彼女と王太子の間にいつしか歪みが生じた。
フレーシア様の素晴らしさに、サシュティス様が劣等感を抱き始めたのである。
周囲にいる者、全てが眉を顰める事態に私は国王陛下に王太子を窘めるよう進言した。
だが、国王はいつもの調子で逃げてしまった。
王太子と面と向かって対峙するのを、嫌がっているのだ。
母親である子爵令嬢を思い出すのだろうが、それでも彼は国王の本当の息子なのだ。
国王が立ち向かわなくてどうするのかと言いたい。
大人たちが傍観している間に、事態はますますひどくなっていった。
そして大変な問題が起きたのである。
彼らが通う学園で、あろうことかフレーシア様が大怪我をされたのだ。
その際に、彼女を庇った第一騎士団のカイサック団長の息子、デルクト殿が亡くなられた。
全てはサシュティス様の、愚かな行動の所為で……。
というのは、実は真っ赤な噓ではあるが……。