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侍女から見た王太子の奇行

「ドンナ、そこをどけ!」

「いけません、サシュティス様。どうか、目をお覚ましください」

「その首、刎ねられたいのか⁉」

「それは……。ですが、彼女はフレーシア様ではないのです」

「貴様ごときにはわからないだろうが、彼女こそフレーシアの生まれ変わりなのだ」

「そんな、そんなこと、ありえるはずがありません。フレーシア様がご存命の際、彼女はすでに生まれておりました」

「煩い! そんな些末なこと、どうでもいい。私がフレーシアだと言ったらフレーシアなのだ。いいからそこをどけ!」

「あっ」



 南の国の第三王子、イーグリー・エグタリット殿下の婚約者であるエリーナ・チェス侯爵令嬢は、何故かこの国の王太子、サシュティス・ゴロッシュ殿下のかつての婚約者、フレーシア・タリト侯爵令嬢にそっくりだった。

 サシュティス様はご自分が招いた愚かな行為で、フレーシア様を永遠に失われた。

 十年経った今、その想いを迷路の如くこじらせたサシュティス様は、とうとうエリーナ様をフレーシア様と重ね合わせてしまった。

 他国の令嬢を誘拐するという暴挙に出たサシュティス様は、エリーナ様を私に預けると、そのまま王太子としての対応に向かわれた。

 他国の要人が行方をくらませたのだ。

 城内は今、彼女の捜索とエグタリット国の対応に大混乱である。

 しかし、その問題を招いたのが誰あろう我が国の王太子なのだから、なんとも情けない話である。

 そして夜も更けた頃、一部の上層部や騎士が右往左往する中、サシュティス様は再び、令嬢を軟禁しているこの部屋に、姿を現したのだ。

 眉を顰める令嬢と私に、サシュティス様は信じられない言葉を吐いた。


「フレーシア、城内ではまだ君を探し回る愚か者たちで溢れている。いい加減、諦めればいいのだが、どうやら君の居場所がわからないのが一番の問題らしい。だから君が、自ら私の元にやって来たのだと公表する必要がある。私を愛していると、皆の前で言えるかい?」

「何を馬鹿なことを仰っているんですの? 城内が騒がしいのなら、今すぐに私を解放してください。そうすれば、騎士たちも王都中を駆け回る必要もなくなりますわ」

 フレーシア様だと疑わないサシュティス様の言葉を、エリーナ様はキッパリと拒絶する。

 だが凛としたその姿は、フレーシア様を彷彿とさせるだけで、ますますサシュティス様の目にはフレーシア様に映るようだった。

 うっとりと頬を染めるサシュティス様に、私は眉間の皺を深くする。


「君が私のものだと、この国の王太子妃になると約束してくれたら、すぐにでも自由にしてやろう。ああ、そうだ。そのためには、既成事実が必要だな。ドンナ、私がいいと言うまで部屋から出ていろ」

「「は?」」

 私とエリーナ様の声が重なった。

 何を言っているのだ、この男は?

 状況を掴めず二人でポカンと口を開けて見ていると、サシュティス様は焦れたように私を睨みつけてきた。

「早く出て行け。夫婦の寝室に、長居する侍女がいるか」

 誰と誰が夫婦だと言うのか⁉

 私はパッと、エリーナ様の前に歩み出た。

 今、彼女を守れるのは私しかいない。

 私が怯んでしまっては、エリーナ様が傷物になってしまう。

 それだけは絶対にさせられない。


 キッと睨みつける私に、サシュティス様は不快そうに鼻を鳴らした。

 そうして冒頭のやり取りである。

 サシュティス様はエリーナ様をフレーシア様だと譲らず、最後には邪魔だと私を床に叩きつけた。

 頭を強く打ち付け、床に転がる私にエリーナ様が駆け寄ろうとするが、サシュティス様にその手首を掴まれる。

「離しなさい! 私はフレーシア様ではありません。エリーナ・チェス。イーグリー・エグタリット様の婚約者です」

「まだ昔の記憶が戻らないのか? お前はフレーシア・タリトだ。イーグリー・エグタリットなど関係ない。お前と愛し合っていたのは、この私だ」

「いいえ! 私が愛しているのは、イーグリー様だけです!」

「そうだ、エリーナ。君を心底愛しているのは、この僕だ」

「「「!」」」



 私がサシュティス様に床に叩きつけられ意識を朦朧とさせている間に、エリーナ様がサシュティス様に捕まり必死で抵抗していると、扉の外から凛とした声が響いた。

 そうしてドカッと大きな音が鳴ったかと思うと、もう一度ドッカンという音と共に扉が壊された。

 目を見開くサシュティス様と私だったが、エリーナ様にはどうやら状況が掴めているらしい。

 目をキラキラと輝かせ、開かれた扉の外にいる青年へと大声を上げる。

「イーグリー!」

「待たせたな、エリーナ」

 中央に南の国の王子、エリーナ様の最愛の婚約者であるイーグリー殿下が凛と立ち、両端に彼の側近である青年と騎士が大きな丸太を抱えて立っていた。

 どうやらその丸太で、扉を破壊したようだ。


 エリーナ様がイーグリー殿下に駆け寄ろうとしたが、サシュティス様がいち早くその行動に気が付き、手首を掴んだままグッともう片方の腕を彼女の腰に回し、エリーナ様を自分の腕の中へと拘束してしまった。

「離して。離しなさい!」

「サシュティス殿下、もう終わりです。無駄な抵抗はしないでください」

 エリーナ様とイーグリー殿下に彼女を解放するように言われても、サシュティス様はギラリと扉の外を睨みつけて、怒鳴りつけた。

「貴様ら、ここをどこだと思っている⁉ 王族の居住区だぞ。他国の人間が入ってきていい場所ではない。即刻立ち去れ!」

 フーフーと威嚇する王太子に、イーグリー殿下は半眼になる。

 すると、隣で丸太を担いでいた側近が大きな溜息を吐いた。

「この状況で、そんなことが言えるだなんて……。本当に救いようのないクズですね」

 彼は皆の前に立つと、スッと部屋の中へと入って来た。


「どうにかなるかな、なんて考えていた自分が甘かったです。彼女の言った通り、この人ではこの国の未来はありません」

「な、なんだ、貴様⁉」

 威嚇するサシュティス様を無視して、スタスタと彼の前まで歩みを進める側近。

「いい加減、彼女を離してくださいませんか? これ以上イーグリー殿下を怒らせると、この城、崩壊しますよ」

 そう言って、ヒョイとサシュティス様の手をエリーナ様から外すと、彼女の背をトンッと軽く押した。

 エリーナ様は弾かれたように、イーグリー殿下の胸へと一直線に飛び込む。

 危なげなく受け止めたイーグリー殿下は、そのままエリーナ様を抱きしめた。

 ギュウ~っと抱き合う二人に、呆然とするサシュティス様。


 エリーナ様の安全が確実に保証された姿を見て、安堵した私の意識が遠のきそうになった時、ハッと我に返ったサシュティス様が、目の前にいる側近に詰め寄った。

「貴様、何をする⁉ あれは私の女だ。フレーシアは私のものだ。早く差し出せ!」

「何、言ってるんですか? たとえあの方がフレーシア・タリトだとしても、貴方のではありません。彼女が貴方のものになったことなど、一度もありません」

「貴様……」

 サラリとかわされたサシュティス様は、側近の首元を締め上げる。

 鬼気迫る状況に、私は意識を覚醒させる。

 気絶している場合ではない。

 これ以上サシュティス様に罪を犯させてはいけない。

 ガバッと起き上がった私の目の前で、自分よりも華奢な青年の服の襟元をグググッと持ち上げようとしたサシュティス様に、青年はボソッと呟いた。

「こんなのと少しでも血が繋がっているかと思うと、ゾッとするよ」

「は?」


 ドカッ!

 突然、青年がサシュティス様のお腹に蹴りを入れた。

 青年から手を離し、ゴホゴホと咳き込みながら蹲るサシュティス様の横で、青年は掴まれていた服の襟元を直す。

「宰相様、仕方がないから俺が跡を継ぐよ。これの処分は後ほど。とりあえず、イーグリー殿下とエリーナ様を二人きりにしてあげて。ここでイチャつかれたら、騎士たちの士気に関わる」

「ご決断いただき、ありがとうございます。このような状況で、というのは些か情けなくはありますが、それも仕方がないことでしょう」

 青年が、扉付近にいつの間にか現れた宰相様へ声をかけた。


 彼の姿を目にしたサシュティス様は、かすれる声で叫ぶ。

「宰相、早くこの無礼者を捕まえろ! 王太子である私を傷付けた犯罪者だ。即刻、首を刎ねるのだ!」

 すると、扉の外からぞろぞろとこの国の騎士が飛び込んでくる。

 サシュティス様がニヤリと笑った瞬間、騎士たちはサシュティス様の体を拘束した。

「は?」


 呆気にとられるサシュティス様と私。

「なっ、愚か者! 捕らえるのは、私ではない。間違えるな!」

「いいえ、間違えてはいません。他国の令嬢を誘拐した罪で捕らえられるのは、貴方です。元王太子殿下」

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