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欲望に負けた協力者の行動

 僕、デボット・スミーラルは、友人のジギラダ・ベグリルと共に王太子であるサシュティス様の命令で、フレーシア・タリト侯爵令嬢の行方を捜していた。



 ジギラダが夜会で王太子に声をかけていただいたと興奮して訪ねて来たのは、夜分遅くのこと。

 だが僕はそんな興奮した彼を一瞥して、それがどうしたと興味のない声で訊いた。

 べグリル子爵家の三男であるジギラダにとって、学園時代は同級生とはいえあちらはこの国の王子様だ。

 雲の上の存在だと話をすることさえ叶わなかった相手に、卒業して十年近く経った今、懐かしいと声を掛けられたのだから喜びもひとしおだろう。

 それにジギラダはあまり頭のいい方ではないので、なかなか独立もできずに子爵領の領地経営を手伝っていた。

 といえば聞こえはいいかもしれないが、要するに貴族の一人娘の婿に入ることもできず、騎士にもなれず、商売もできなかった結果、跡を継いだ嫡男がいまだに面倒を見てくれている状態なのだ。


 僕はサバス伯爵家の四男でジギラダ同様あまり頭のいい方ではないが、運よく男爵家の一人娘に婿入りできて、今はデボット・スミーラル男爵と名乗っている。

 だが、僕はジギラダと違って昔も今も、王太子を崇拝などしていない。

 一部でクズと評される王太子だから嫌いだという訳ではない。

 それこそ昔はクズなどと、誰も呼ばなかった。

 彼が貴族たちに敬遠されるようになったのは、フレーシア・タリト侯爵令嬢との婚約解消後だ。

 では僕がいつから王太子を嫌っていたかというと、学園でミモザ・スワーキ男爵令嬢と付き合い始めた頃だった。



 僕は自由奔放な彼女に、淡い恋心を抱いていた。

 誰もが彼女の貴族令嬢とは思えない軽装に眉を顰めたが、僕だけは彼女のそんな姿を個性なのだと理解していた。

 貴族らしからぬ彼女の自己防衛とでもいうのか、ああいう姿をしていると煩わしい貴族が下手に関わってこないだろうと考えた結果なのだろう。

 確かに女性には敬遠されて孤立していたし、男性には欲の対象として注目を浴びていたが、それでも彼女はそんな些末なことは一切気にしていなかった。

 彼女の堂々とした姿に、僕は憧れを抱いたのだ。

 そしてそんな健気なミモザを利用したのが、あの王太子だった。


 彼は気がないくせにミモザが近付くのを拒否しないで、適度に弄んでいた。

 彼女もまた、王太子を恋人の一人ぐらいに思っていたのか、それほど夢中というほどではなかったようだ。

 それでも彼女に興味がないのなら突き放せばいいのにと、影から見守っていた僕はもやもやした。

 そう、僕はミモザに声をかけることができない、内気な男だったのだ。

 今ならどんなことをしてでも彼女を守ってやれるのに、あの時の僕は勇気が持てず、みすみす彼女をあの王太子に奪われた。


 ミモザはとても美しい女性だ。

 王太子妃として国に乞われるのも仕方がないかと一旦は諦めたが、どうしたことか彼女は婚姻時に一度姿を現したっきり全くといっていいほど、人前に出なくなったのだ。

 暫くして体を壊したと聞いた。

 それも王太子の子を宿していたのに、慣れない王室と忙しさとで子が流れてしまったそうだ。

 それから彼女は病弱になり、公務もできない体になってしまったとの噂だ。

 なんだ、それは?

 あんなに元気な彼女がそんな状態になるなんて、明らかに王太子の所為ではないか。

 僕はやるせない気持ちを抱えたまま、月日を過ごすしかなかった。


 そんな僕に朗報が届いた。

 正直、王太子がクズと呼ばれようが、フレーシア・タリトと破局しようが、そんなことはどうだっていい。

 僕はジギラダが持ってきた、王太子との取引に心が惹かれたのだ。

 それは、フレーシア・タリトを王太子の元に送り届けたら、ミモザを僕に下賜してくださるとのことだった。

 王太子妃であるミモザを、まさか、そんな、と驚きながらも、心が震える。

 僕は婿養子だから、スミーラル男爵の娘と離婚することはできない。

 だが、病弱のミモザなら下賜されても愛人という立場で許されるはずだ。

 だって、王太子妃として役に立たないから捨てられるのだろう?

 それならば下賜した先でどのような立場であっても、問題はないはずだ。

 それに僕の元に来れば誰よりも大事にするし、何よりも守ってあげられる。


 僕はミモザと対面した姿を想像する。

 ああ、あの美しく愛らしいミモザをこの手に抱く日が来るなんて……。

 幸せな未来しか想像できなくて、僕はウットリとその場に立ち尽くした。

 そしてジギラダは、それと同時に与えられる王太子の側近としての栄誉に、浮かれていた。

 ああ、そうだな。

 フレーシア・タリトさえ王太子に献上すれば、僕たちは幸せになれるのだ。

 僕とジギラダは、二つ返事で王太子の下僕となった。



 そうしてフレーシア・タリトの居場所を探していた僕たちは、信じられない事実を聞き出した。

 それはフレーシア・タリトの死だ。

 偶然立ち寄った教会で耳にしたその話は、紛れもない真実だ。

 墓石まで確認したのだから、間違いはない。

 僕たちは取引材料がなくなったことに戸惑いを隠せなかった。

 仕方がなく、タリト侯爵の領地から王太子へと手紙を送った。

 真実と今後の指示を求めて。

 返事はすぐに届いた。

 兵士が早馬で寄越したのだ。

 僕たちはさすがに驚いたが、とにかく手紙を読まなくてはいけないと、それに目を通した。

 そこにはフレーシア・タリトの代わりに、王宮に遊学に来ている他国の王子様の婚約者を攫えとの指示が書かれていた。


 ジギラダと僕は困惑した。

 正直、フレーシア・タリトは元々王太子の婚約者だったから、本人と話しさえすれば素直についてきてくれると思っていたのだ。

 婚約解消の際、学園でトラブルがあったことは知っているが、あれは単にミモザにヤキモチを焼いたフレーシア・タリトが彼女に危害を加えて、勝手に階段から落ちたのだろう。

 結局はミモザに勝てないと自分自身を恥じて、領地に引きこもったはずだ。

 だから王太子が望んでいると知れば、彼女は喜んでついてくると思っていたのだ。

 この命令は楽勝だなとジギラダと笑っていたのに、まさかそんな彼女の代わりに他国の令嬢を攫えというのは、さすがにドン引く。


 ジギラダと二人、どうしたものかと悩んでいると、僕たちの煮え切らない態度に苛立ったのか、手紙を持ってきた兵士が「王太子の命に背く気か?」と恫喝してきたので、思わず「そんな、まさか。了解した。すぐに王都に戻る」と返事をしてしまった。

 兵士は満足げに頷くと「それでは、俺は先に行く。詳しいことは王都に戻ってからだ」と返事をして馬を走らせ戻っていった。

 戸惑いは隠せないが、それでもジギラダと僕は王太子の側近という立場とミモザを諦めることはできなかったのだ。

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