過去の女性への追跡
仲睦まじい姿を見せる他国の二人に、自分とフレーシアの姿を重ねながら、私はタリト侯爵の領地に向け、彼女を城へ連れてくる人間を頭の中で選んでいた。
父上や宰相などに気付かれずに、任務を遂行できる人物。
私の周囲にいる人間は、父上や宰相と繋がっていて私よりも彼らの意見を尊重する。
私がフレーシアに近付こうとしているのを知られてしまったら、彼女の気持ちを聞く前に必ず邪魔されてしまうに違いない。
私自身も始終、彼らに見張られているようなものなので好き勝手には動けない。
普段、城に近付かない第三者から選ばなくてはいけないだろう。
私はミモザの側にいた男を数人、思い浮かべる。
ミモザを王太子妃として受け入れる際に、宰相が彼らを清算したのだ。
各自の当主と秘密裏に相談した後、ミモザとの仲を決して口外しないと一筆書かせ、制裁は各々の判断に任せた。
ある者は他国へと留学に出され、ある者は数年は家から出るなと軟禁され、重いものでは家に泥を塗ったと勘当されたりと制裁も色々だが、ほとんどが王城には姿を現せない状態である。
とばっちりだなと同情はするが、彼らとてミモザ相手に楽しんだのだし、何よりほとんどの者があの事件で彼女に何らかの協力をしているのだ。
見張りをしたり、大袈裟に騒いだり、噂を広める手伝いをしたりと、よくもここまでミモザの言いなりになったもんだと呆れてしまう。
だが、奴らをいいように従わせることはできないだろうか?
なんなら当主に許しを得て、新たに爵位を与えてやってもいい。
ミモザとの仲も取り持ってやる。
彼女が手玉に取っていたくらいだから、実直な男が多かったはずだ。
中には反対にミモザを利用していた奴もいたから、そこは間違わないように気を付けねばならない。
チラリと会場を見渡す。
ふと、会場の端にひっそりと佇む一人の青年を見つけた。
彼自身はミモザとは関係ないが、あれの友人がミモザの後を付けていたのを知っている。
私と二人でいる所を、茂みに隠れて盗み見していたはずだ。
正直、ミモザは彼の存在に気付いていなかったかもしれない。
そんな彼とは、まだ連絡を取り合っているのだろうか?
私はニンマリと笑みを張り付け、椅子から立ち上がった。
ダンスをしている者たちを横目に、彼に近付く。
私の姿にギョッとした彼は辺りを見回していた。
面識のない自分が、まさか私の目的だとは思ってもいないのだろう。
必死で周囲に視線を送る彼に、私はゆっくりと声をかけた。
「学園で君を見たことがある。確かべグリル子爵の三男だったな。同じクラスではなかったが同学年だった。いつも一緒にいたサバス伯爵家の子息は元気かな?」
「ひっ! は、はい。覚えていてくださって光栄です。ジギラダ・ベグリルです。デボット・サバスは結婚して、今はデボット・スミーラルと申しまして、その、とても元気です」
元気ですと言い切るところを見ると、まだ付き合いはあるようだ。
私はニッコリと笑みを浮かべた。
「そうか、良かった。今、少し時間はいいかな? 君とスミーラルにお願いがあるんだ」
「も、もちろんです」
彼は興奮した様子で、コクコクと頷いている。
いくら高位貴族が離れてしまい城内は常に人手不足とはいえ、子爵家の三男でさして頭も良くない男が、王太子である私に直接声をかけてもらえるなど学生でもない限り、ありえるはずがない。
それを学園でも接触できなかった人間が、十年も経った今、城内で声をかけてもらえたのだから興奮してもおかしくはないだろう。
国王の隣に佇んでいる宰相の目が気になるが、私は「懐かしいなあ」と大声を張り上げ、さも学友に会って喜んでいるという体を装う。
すると周囲も気にはするが、耳を傾けるほどの行動はとらない。
その様子に、宰相も取るに足らない話をしているのだと視線をダンスをしている要人へと戻した。
私はそれを見逃さず、彼をバルコニーへと誘い出す。
――手駒は見つけた。
後は、彼らとの連絡手段を速やかに確立する。
これから計画を密に立て、行動へ移してもらうためには、宰相など余計な邪魔が入らないようにしなければならない。
一応これでも王太子だ。
金を積めば動く兵士は数人、見繕ってある。
騎士は正義を気取る馬鹿が多いのでさすがに動かせないが、兵士ならばどうとでもなるものだ。
この十年、腐っていた自分の気持ちが一気に華やぐのがわかる。
ああ、待っていろ、フレーシア。
必ず私の手の者が、お前を迎えに行くからな。
私を見て照れるお前を、思いっきり抱きしめてやる。
十年、いや、出会った日から十七年分の想いを込めて。
私はフレーシアに会える幸せな未来を想像した。
この時、私はまさかその未来が一生得られないものだとは考えもしなかったのだ。
「何か良いことでもあったのですか?」
私の側近であるゼシュアが、訝し気にこちらを見ながら声をかけてきた。
無事に夜会を終えた後、日々の執務に向き合っていたのだが、どうやら無意識に鼻歌を歌っていたらしい。
私はコホンと咳を吐いて「別に」と言って、目の前の書類を手に取る。
ゼシュアは眉間に皺を寄せてはいたが、すぐに仕事へと戻った。
あれからジギラダ・ベグリルとデボット・スミーラルがタリト侯爵の領地に入ったとの手紙を寄越してきたのだ。
これからフレーシアの情報を探るとのことだったが、そんなものはすぐにでもわかるだろう。
いや、もしかしたら王太子に婚約を破棄された令嬢だと噂されたり、醜い傷の所為で屋敷に引きこもっていたかもしれない。
そうなれば彼女の存在を探るのは困難になるが、それでもそこにいるのだから僅かな気配で確認はできるはずだ。
彼らには彼女の姿を見つけ次第、直接私からの手紙を渡すように指示している。
決してタリト侯爵には見つかるなと注意して。
まあ、見つかったところでさして問題はないと思うが、タリト侯爵も王家に楯突いた手前、素直に娘を城には送れないだろう。
フレーシアも親に見つかれば私の元へと飛び立つのに、躊躇するかもしれない。
だから誰にも気付かれないように事を運ぶ必要があるのだ。
そしてありえないとは思うが、万が一フレーシアが拒否した場合、彼女を力づくで攫ってくるように命じている。
とにかく私と直接、会わなくては始まらない。
二人には報酬として、金銭とは別に私の側近に召し上げる約束をしている。
そしてデボット・スミーラルにはミモザを下賜することも。
公にはできないが、秘密裏にミモザは死んだことにして、彼の所に送るのだ。
ミモザも城から解放されて自由になれるのだから、喜ぶだろう。
これで全てが上手くいくと思うと、笑みを浮かべずにはいられなかった。
ニヤニヤ笑っていると、ゼシュアが「確認させていただいても宜しいでしょうか」と声をかけてきた。
視線を向けると、一枚の紙を私の机の上に置く。
「五日後はエグタリット第三王子とチェス嬢をミルドナ学園へ案内することになっておりましたが、この内容で問題ないでしょうか?」
「それは母上である王妃の担当ではなかったのか?」
キョトンと返すと、ゼシュアは半眼になる。
これは気分を害した時の態度だ。
下位貴族のクセに王太子になんて態度だと思いながらも、今は気分がいいので見なかったことにしてやる。
先を促すと、ゼシュアは気を取り直したように説明を始めた。
「昨日も申し上げましたが、王都内にある孤児院の院長が下位貴族と共謀して、国から出ている孤児院の運用費を横領していたことが判明し捕獲されました。その孤児院は王妃の管轄でもありましたから、すぐに次期院長を見繕わなくてはいけなくなり、その選抜に忙しいのです。学園への訪問は、十年前とはいえサシュティス様も卒業生ではあるので、案内も難しくはないと思いますが」
「馬鹿にするな。一緒に行動すればいいだけだろうう」
「はい。私もお供しますので、くれぐれも粗相のないようにお願いします」
「十も年下の相手に、どんな粗相をするというのだ⁉」
「さあ? 普通ではありえませんが、サシュティス様ですからねぇ」
……ゼシュアの軽口に、学園で会った時はもう少し可愛げというものがあったはずなのに、いつの間にこんなに生意気になったのかと頭を抱えてしまう。
だが、ゼシュアがいないと私の仕事が滞るのも事実だ。
何度か体を壊して倒れたこともあるので、あまり怒鳴る訳にもいかない。
王太子の私が何故、側近ごときに気を遣わなければいけないのかと思うが、十年前の問題で人材不足の状態では、耐えることも必要である。
すっかり丸くなったなと自分の性格を振り返りながら、今の私をフレーシアが見たら何と言うだろうかと考える。
優しくなったと喜んでくれるだろうか?
頼りないと文句を言いながら、あれこれと世話を焼きたがるだろうか?
ふと、そんなことを想像してまたもやニマニマしてしまう。
「……何か、悪い物でも召し上がりましたか?」
ゼシュアが気持ち悪い物でも見たというように、身を引いている姿に我に返る。
「五日後の件、これで問題ない」
私は手にした書類を、ゼシュアに返す。
彼は胡散臭そうに私を見ながらも、自分の机に戻った。
フレーシアが戻ってくるタイミングで、ミルドナ学園に行くのかと思うと、なんだか感慨深いものを感じる。
あの事件以来かと目を閉じて思考に没頭していると、執務室の扉がノックされた。
兵士が一人、手紙を携えて私の側に来る。
彼は私が金で独自に動かしているので、城には通していない手紙を持っている。
ゼシュアが訝し気に見つめるが、私は素知らぬ顔で手紙を受け取り、彼を帰した。
その手紙はタリト侯爵の領地に送った、二人からである。
フレーシアの続報かと、私はウキウキと手紙を広げた。
彼女はこちらに向かっているのか?
今はどの辺りにいるのだろう?
そうして広げた手紙には、想像もつかないことが書かれていた。
フレーシア・タリト侯爵令嬢は、八年前に亡くなっています。