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侍女頭から見た王太子と婚約者

 運よく城で滞在期間中の彼女の世話を任された私は、すぐに親しくなった。

 元からフレーシア・タリト様というお方は身分に関係なく、誰に対しても慈愛に満ちた方だった。

 使用人にも気さくな彼女に、侍女として勤めてから私は初めて充実した生活を送ることができた。

 この純真無垢な美しい女性を、一番側で育んでいきたいと、そう願ったのである。



 幼い頃は何かと理由をつけてはフレーシア様に会いに来ていたサシュティス様だったが、成長するにつれ彼女の隣でその姿を見ることは減っていった。

 その代わりに、遠くから彼女を眺めているのである。

 廊下を歩く彼女を、柱の陰から。

 庭園で令嬢たちと会話している彼女を、建物の窓から。

 バルコニーで王妃様とお茶会をしている彼女を、木の陰から。

 ジッと見つめるその姿に、産みの親の令嬢を思い出す。


 ――気味が悪い。

 婚約者ならば堂々と彼女の傍に行けばよいではないか。

 だが彼は、彼女の傍に行くと悪態をつくのだ。

 好きな子をいじめる男の子、というのには少し無理がある。

 一国の王太子であるはずなのに、その姿には卑屈さを感じる。

 暫くして、サシュティス様はフレーシア様に劣等感を抱いているのだと悟った。

 だけど本心では彼女を好きなのだから、どうしようもない。



 ある日、フレーシア様が王妃様とお茶会をした帰り、城の廊下で偶然、サシュティス様に遭遇した。

 眉間に皺を寄せるサシュティス様に「何故、ここにいる?」と訊かれたフレーシア様は「王妃様にお誘いいただき、お茶をご馳走になっておりました」と返答した。

 すると「私に挨拶もなしに帰る気か⁉」と叫ばれ、サシュティス様はとんでもないことに側にある花瓶を、その手で払い落としたのである。

 ガシャン! と大きな音を立てて砕け散った花瓶に、フレーシア様に付き添っていた私たち侍女が悲鳴を上げ、サシュティス様に付いていた騎士が身構えた。

 二人の身を守ろうとしたかったのだろうが、暴挙を起こしたのは他ならぬ護衛対象の王太子様である。

 その場で動くことができなくなった護衛騎士。

 付近にいた使用人も、こちらに注目している。

 フレーシア様も当然そんな暴挙には驚かれていたと思うが、肩を揺らしただけでスッと首を垂れるとサシュティス様に謝罪した。


「ご無礼いたしました。申し訳ございません」

 その凛とした姿に、目を奪われなかった者はいないだろう。

 当のサシュティス様でさえ、呆然と彼女の姿に釘付けになっていた。

 その光景は、城で働く者たちの噂になる。

 サシュティス様の評判はますます下がり、相反してフレーシア様の評判は上がる。

 私たち、城で働く者にとってフレーシア様が王太子妃様になってくれるのは喜ばしいことだが、あの王太子様の妃になるという事実に、皆が不安を抱き始めた。

 いつか取り返しのつかない、ひどい目にあうのではないかと。


 そうして問題の日が訪れたのである。

 学園でサシュティス様に婚約破棄を言い渡され冤罪を掛けられたフレーシア様は、階段から落ち大怪我を負われた。

 そのままタリト侯爵の庇護下に戻された彼女は、二度と城に来ることはなくなったのである。

 フレーシア様に懐いていた侍女や、サシュティス様の非情さに憤りを感じた騎士や兵士が次々に辞めていった。

 人手の足りなくなった城で、私は侍女頭として任命されたのである。


 こんな形での出世など、私は望んでいなかった。

 しかもその日、突然騎士に連行され城に来たのは平民かと、いや、娼婦かと見間違うほどの擦れ具合の男爵令嬢で、彼女がフレーシア様の代わりに王太子妃様になるというのだ。

 は? 何の冗談?

 そう思ったのは、私だけではない。

 だが説明を聞くうちに、納得せざるを得なくなった。


 王族には体裁が必要だ。

 民の間でサシュティス様と彼女の真実の愛とやらが噂されてしまった以上、今更違うとは言えないし言ったところで恥をかくのは王族側だ。

 現に学園や街中で幾度となく一緒にいる姿を目撃されているのだから、噂を疑う者はいなかった。

 そうなると、民の信頼を失う訳にはいかないのである。

 それでも男爵令嬢は、どう頑張っても王太子妃になれるような器ではないらしく、公務など決してさせられないとのこと。


 それでも侍女頭として、王太子妃様となられる女性にどのような専属の侍女を見繕った方がよいのか上層部に確認に行くと、専属どころか最低限度の人数を交代制で、極力関わらないように会話もしなくていいと命令された。

 いやいやいや、ありえないでしょう。腐っても王太子妃様ですよ⁉

 しかし彼らは民の手前、王太子妃様とお披露目はするが、その後は病で部屋に籠ってもらうと、監禁を命じたのだ。

 さすがにゾッとした。

 確かに彼女に王太子妃様として傅くつもりはないが、それでも病と偽らせ監禁するとはあまりにもひどい行いだと思う。

 これではまるで、サシュティス様の産みの母親である令嬢と一緒ではないか。

 身の丈に合わない望みを持つと、このような目に合うのか?

 私も一歩間違えれば、彼女たちのようになっていたかもしれない。


 男爵令嬢には同情するも、私は己の身が可愛い。

 元気いっぱいなはずの王太子妃様は、誰とも会話が許されず監禁されている。

 本当に病になる日も近いかもしれない。

 そう心配していたが、意外と彼女は根性がある。

 今日も今日とて世話についた侍女が愚痴を言う。

 一人で話し続けた後、茶器をわざと割られたと。

 大きな問題を起こせば、彼女への対応は悪くなる。

 例えば部屋を小さくされたり、食事を減らされたり、ドレスを貧相な物へと変えられたり。

 それを何度か繰り返して、彼女は学習した。

 最近では、ギリギリ対応を変えられない程度で、侍女や兵士に嫌がらせをしたりするのだ。

 それぐらいしか楽しみがないのだろう。


 ごくたまにサシュティス様が訪れるが、彼らは喧嘩ばかりだそうだ。

 これでどうして真実の愛とやらの噂が広まったのか、不思議で仕方がない。

 彼らには歩み寄る気が全くないのだ。

 上層部も彼らに子供を作らせる気はないようで、サシュティス様がいつ訪れても大丈夫なように毎日、避妊薬を男爵令嬢の夕食の飲み物に混入させている。

 これは上層部から命令を受けた私たち、侍女がその役目をおっているのだ。

 だがそれでは王家は滅んでしまう。

 一体どうするつもりなのだろう?

 国王夫妻のように、替え玉を用意するつもりなのだろうか?

 それでは第二のサシュティス様が生まれてしまうだけだが、まぁ、しがない侍女頭でしかない私がとやかく考えたところでどうしようもない。


 フレーシア・タリト様に見捨てられたサシュティス様に、明るい未来はないのだから。

 自業自得とはいえ、せめて男爵令嬢と仲良くするとか王太子として態度を改めるとかでもすれば、何かが変わるかもしれないが、それは考えるだけ無駄かもしれない。

 さすがに人が減った現在の城では、彼も多少マシになったとはいえ相変わらずクズ王太子様はクズらしい。


 先日、側近の青年が体を壊して辞職する寸前だったという噂を聞いた。

 サシュティス様が彼に何もかもを押し付けていて、彼の父親が国王陛下に直談判したらしい。

 フレーシア様に全てを押し付けていた頃と何も変わっていないと、溜息が出てしまう。

 こんなことなら、領地に籠ったフレーシア様に付いていけばよかったと思うが、フレーシア様はフレーシア様で、彼女の辛い近況を耳にしてしまった。

 あくまで噂の範疇だが、もしもそれが本当ならやるせない。


 私には噂の出所や真相を気にしながらも、確かめる気力はない。

 あるのはただ、どうしたら自分が助かれるか、それだけである。

 衰退する王家と一緒に倒れるのだけはごめんだが、裏を知り過ぎている私が離れることは許されないだろう。

 私は先のない自分の人生を憐れみながら、今日も高貴な方に忘れ去られた品々を、そっとポケットにしまうのだった。

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