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全てを失った男爵令嬢の嘆き

 サシュティスとの喧嘩は日常茶飯事。


 喧嘩をせずに会うことなど、ありえない。

 最初の喧嘩は、子供ができたとの嘘がバレた時だった。

 城に閉じ込められてすぐに、偉そうなおじさんから子供の有無を確認されたのだ。

 いるならば、それ相応の対応をしなければならないとのことだったのだが、私を王太子の子供を産む大事な体として、手厚く迎えようとしてくれたのかもしれない。

 だけど、いないものは仕方がない。

 あの事件の際に階段から落ちたので流れてしまったと言ったのだが、ちゃんと医師が来て調べられてしまった。

 最初からいなかったことを知ったサシュティスは、激怒していた。

 今にも殴りかかってきそうな雰囲気だったが、どうやら無体なことはしないと国王と約束したうえで部屋に来たようだった。

 国王が心の広い男で助かったとホッとする。

 だが言葉までは制止しなかったようで、ありったけの罵詈雑言を浴びせられた。

 最初は私が嘘を吐いた所為で、あんな事件に発展したのだからと大人しく聞いていたのだが、そのうち腹が立ってきた。


 元はと言えばサシュティスが私を弄んだのが悪いのだろうと叫ぶと、何人も男がいたくせに清純ぶるなと怒鳴られた。

 あの二人の事故はサシュティスの所為だと叫ぶと、元々の騒動は私の自作自演だったのだろうと怒鳴られた。

 どうやらあの事件の所為で国が動き、男子生徒が恐れをなして全部暴露してしまったらしい。

 私は知らない、私は悪くないと叫ぶと、全てお前が悪いと怒鳴られた。

 だったら牢に入れるなり死刑にするなり好きにしろと叫ぶと、サシュティスはグッと言葉を飲み込んでしまった。

 どうやら牢に入れたり殺したりするのには抵抗があるぐらいには、私に情があるようだ。

 そしてそのまま何も言わずに部屋を後にする。


 いつもそうだ。

 サシュティスが私のもとに訪れる時は、いつも機嫌が悪い。

 ならば来るなと言いたいのだが、そうすると私とまともに会話してくれる相手がいなくなってしまうのだ。

 交代で世話をする侍女たちは、一切私と目を合わさない。

 黙々と仕事をこなすと、さっさと部屋から出てしまう。

 扉の外に兵士が二人もいるけれど、外のことが知りたくて話がしたいと扉を開けても、すぐに閉められてしまうのだ。

 取り付く島もない状態では会話さえ不可能で、そのような状況では、この世界にただ一人取り残された気分になってしまう。


 どうにかして兵士を誘惑しようと部屋に誘い込んだり、体を密着させたりしたけれど、槍で距離を取られソファへと放り投げられる。

 私は客人よ、と怒鳴っても平然と無視されて、部屋の扉は閉められる。

 我慢の限界を超えた私は、ある日とうとう侍女を殴りつけてしまった。

 兵士が侍女を庇うと、私は彼らにも部屋にある物を投げつけた。

 すると三人は外に出て、私は一人で部屋の中を破壊するのみ。

 扉は中から鍵をかけるタイプだというのに、押しても引いてもびくともしなかった。


 その後、三日ほど放置される。

 もちろん食事も与えられない。

 そしてやっと兵士が顔を出したかと思うと、目隠しして別の部屋へ連れて行かれる。

 その部屋は今までいた部屋より狭く、寝台と少しの家具がある質素な場所だった。

 どうして⁉ と叫んでも何も答えず、食事を置くだけ。

 そして心なしか食事まで質素になっている。

 暴れれば待遇が悪くなると知ったのは、三回部屋を変えられた後だった。


 たまにサシュティスが夜に訪れることがある。

 何をしに来るかって? もちろん、私を抱きに来るのだ。

 やっぱり私が好きなのねと行為中に訊いてみるが、サシュティスは何も答えない。

 そして行為が終わると、さっさと部屋から出て行ってしまう。

 鬱屈だけがたまる。



 そんな日々を過ごしていたある日、やっと部屋から出してもらえた。

 久しぶりにドレスを着つけられ、玉座の間まで連れて行かれる。

 廊下を歩く時、四人もの騎士が側にいるため傍目には、地位のある女性を護衛しているかのようである。

 玉座の間に通された私は、身震いしてしまった。

 険しい形相の国王と王妃が中央の椅子に座り、横にはサシュティスとモノクルを着けたおじさんが立っている。

 そして私の両横にも、いかめしいおじさんが六人ほど立っていたのだ。

 全員、明らかに怒った顔付きなのである。

 わざわざ呼んどいてその態度はなんなのよと腹が立った私は、挨拶もせずにプイッと横を向いた。


「……本当に、何も知らん小娘なのだな」

「こんなので取り繕えるのかしら?」

「やるしかないでしょうな。大聖堂で挙げる式と庶民への顔見世だけできれば、後は体調不良だと言えばいいのです。その時に子供が流れたと言えば、子供がいない言い訳になりますし、それ以降はそれがきっかけで寝たきりになってしまったと公表すれば、公務に出る必要はなくなります」

「結婚式は挙げないといけないのか? 挙げる前に倒れたことにすれば、何もしなくていいじゃないか」

「これだけ噂が流れているのです。一度ぐらい王太子妃の顔を庶民に見せておかないと、訝しがられます」

「これが失態を犯したら?」

「させません。これ以上、王家に泥を塗る訳にはいきませんから」

「我々も全力で阻止します」


 私を放っておいて、会話するおじさんたち。

 なんとなく自分のことを言われているのはわかるが、寝たきりとか王家に泥とか不穏な言葉がある中で、結婚式という素敵な言葉も混ざっていた。

「え、何? 私、サシュティスと結婚できるの? 私が王太子妃になるの?」

 ニンマリと笑みを浮かべる私に、サシュティスの怒声が飛んだ。

「勘違いするな。貴様ごときが王太子妃などになれる訳がないだろう」

「だったらなんでこんな所にまで連れて来て、そんな会話をしているのよ⁉ 王太子妃になれないんだったら、家に帰して。子供ができたと嘘を吐いていたことを怒っているなら、謝ればいいんでしょう。はいはい、私が悪うございました。ごめんなさい。これでいいでしょう?」

 サシュティスのつれない言葉にカッとした私は、フンと鼻息荒く怒鳴りつける。

「どうせ、ここにいるのは私が嫌いな奴らばかりなんでしょう? 私だってこんな所、大嫌いだわ。いい加減おかしくなるわよ。早く自由にしてちょうだい」


 ヒュンッ!


 怒鳴り散らしていた私の顔の横を、何かが飛んでいった。

 それは遥か後ろの扉に刺さったのか、扉近くに控えていた騎士が小さく呻いた。

 え、今のはなんなの?

 ゆっくりと後ろを振り返ろうとしたのだが、耳に届いた低い声に体が固まった。


「いい加減にしなさい、ご令嬢。貴方に何かを求める権利はありません。貴方はただ、こちらからの要望を聞くだけです。貴方はここから出る権利も、死ぬ権利もないのですから」

 いつの間にそこにいたのか、サシュティスの横に騎士服に身を包んだ男が、無表情で佇んていた。

 だがその右手は、今まさに何かを投げ切った後のように振り切られている。

 私に向かって何かを投げた?

 それは、何?

 まさか、刃物?

 私は一気に蒼白になり、腰を抜かしてガクリとその場に座り込んでしまった。


「馬鹿で愚かな娘よ。何一つ現状が見えていないようだな。お前は自分が犯した罪により、このような状況にあることを理解していない。お前を殺すことは容易い。だがお前は罪を償わなければならない。協力できないと言うなら、死よりも辛い目にあってもらわないといけなくなるが、それでもいいか? 我々はお前を傷付けることに何の躊躇いもない」


 モノクルを着けたおじさんが、抑揚のない声で私に告げる。

 サシュティスを見上げたが、鋭い目で睨まれて助けを得られないことを知る。

 聞きたいことはいっぱいある。

 だが今は頷いておかないと、私はこの場で死ぬよりもひどい目にあわされるらしい。

 想像もつかないが、それでも恐怖で体は震えている。

 私はコクコクと頷いた。

 何て言えばいいのかわからなかったのもあるが、ただ単純に声が出なかった。

 それでも合意の意思を伝えないといけないと思った私は、必死で頷いたのである。

 そんな私を見て、周囲のおじさんたちは一応納得してくれたらしい。


「これからお前がやらなければならないことは、この者が説明してくれる。お前は黙って、従えばいい」


 そうして意味のわからないまま命の危険にさらされた私は、モノクルのおじさんの言葉を最後に、その場から元の部屋へと戻されたのである。

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