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自由奔放な令嬢の企み

「ちょっと、今日は随分と賑やかね。夜会でも開いているのかしら? だったら王太子妃である私だって、参加する義務があるんじゃないの?」

 食事を運んできた侍女と、廊下に控えていた兵士二人に声をかけるが、三人ともチラリと私を見ただけで視線を逸らした。

 私の質問に誰も答える気はないのだと溜息を吐く。

 侍女は黙々と食事の用意をすると、会釈をして足早に去って行った。

 扉は再び閉められ、ガチャリと鍵の閉まる音がする。

 この部屋の扉は、中からではなく外から鍵が閉まるのだ。

 私は窓辺に行き、ジッと鉄格子のはまった窓から暗くなった外を眺める。


 この部屋から出たのは確か、三日前だったかな。

 数分だけ夜の中庭を散歩に出かけた。

 部屋から出せと暴れる気力も体力も、もうない。

 この十年、散々暴れ倒してその度にどんどんと部屋の質を落とされ、とうとう城から離れた塔へと押しやられたのだ。

 部屋の造りは悪くないのだが、塔の最上階だというのに全ての窓には鉄格子がはめられ、扉は外鍵。

 明らかに人を閉じ込めるための場所だとわかる。


 サシュティスと会ったのも、一か月も前だ。

 それも数分顔を出して、最後には大喧嘩をして別れた。

 どうして、こんなことになってしまったのだろうか?

 私は自分が押し込まれた簡素な塔と違って、華やかな城をうっとりと眺める。

 僅かに聞こえる音楽に耳を傾けながら、ゆっくりと目を瞑った。



 私、ミモザ・スワーキは一応貴族である男爵家の長女として産まれたが、実際は貧乏で、平民とさして変わらない生活を送っていた。

 元から豊かな領地でもないうえにお爺様が賭け事にハマった所為で、いまだに借金に追われていたからだ。

 幼い頃は平民の子と一緒に野山を駆け回り、町に出て花を売ったりして日々を過ごしていた。

 そんな私の生活が突然変わったのは、十四歳の頃。

 男爵家の領地内で作っていた織物が、高位貴族の目に留まり高値で売買されるようになったのだ。

 それを元手に父さん、ううん、お父様は商会を立ち上げた。

 その商会が軌道に乗った男爵家は、一気に貴族の生活を送ることになった。

 だけどその生活は想像以上に窮屈で、私は家の者の目を盗み、フラフラと町で遊ぶようになっていった。

 その頃に出会った町の青年に熱烈アピールを受けた私は、口説かれるままに関係を持つこととなる。

 男性にチャホヤされる優越感もさることながら、その行為の気持ち良さに私はいつしか複数の男性と付き合うようになっていた。


 そんな楽しい日々を過ごしていたある日、私は町で遊んでいたことをお父様に咎められ、許してもらう条件として貴族学園に入学することとなった。

 王都から遠く離れた我が領地では簡単に社交界に顔を出すことも難しく、家族の代わりに少しでも家のために貴族との交流を持てということらしい。


 男爵領を出て王都にある学園の寮に入った私は、王都の華やかさに浮かれた。

 息苦しい既定の制服のシャツのボタンを上から二つ外し、スカートを太腿が見え隠れする程度の長さにする。

 ブレザーや首のリボンは邪魔だから身に着けない。

 ブーツだって鬱陶しい。

 軽い身なりで好き勝手に動いていると、自然と男性の視線が集まる。

 その中で、羽振りの良さそうな男子生徒を見つけては親しくなっていった。

 だが学園内には、堅苦しくて口煩い人間が揃っていた。

 やれ私のスカートが短いだとかブーツを履けだとか、廊下を走らないだとか私語を慎めとか。

 その中でも一番煩かったのが、異性との距離が近過ぎるというものだった。


 その日も知らない上級生の女に呼び出された私は、数人に囲まれて喚かれていた。

 さすがに貴族なので殴られるようなことはなかったが、貞淑がどうだこうだと言われるのは鬱陶しい。

 うんざりした私はどうにかこの場を去れないかと、辺りを見回した。

 そこで目が合ったのが、この国の王太子サシュティス・ゴロッシュだったのだ。

 金髪碧眼の見目好い彼は、まさに理想の王子様。

 助けを乞うように目を潤ませると、慣れた風情で私と彼女たちの間を仲裁してくれた。


 あれほどの美貌の王子様だ。

 さぞかしモテるのだろうなと眺めていたが、思ったほど周りに女の姿はなかった。

 だったら私が侍ってもいいわよねと思い、なんだかんだと口実をつけては彼に近付いた。

 最初は節度を保ったまま接していたサシュティスだったが、視線は私の胸やら足を見ていたのはわかっていた。

 だから彼の前だと殊更に露出部分を増やして、体を密着させた。

 拒否しないところを見ると、まんざらでもないはずなのだが、さすが王子様といったところか。自分から触れてくることはなかった。

 王族の品位を損なわず、適度に堪能しているという感じだ。


 脈ナシならもっと他の人と遊んだ方がマシかなぁと思い始めた頃、何故か急に彼の方から積極的に体に触れるようになった。

 なんでも王子を取り巻く連中に小言を言われたようで、それに反発してのことだったらしいが、理由なんてどうでもいい。

 このまま恋人になれればと淡い期待を持ったのだが、それでも恋人らしい触れ合いだけはなかった。


 それが覆ったのは、私たちが三年生になった頃だった。

 積極的に彼から手を出し始めたのだ。

 最初は嬉しかったから気付かなかったが、どうやら新入生の中にサシュティスの婚約者がいたらしく、彼女が見ている時に決まって手を出していたようだ。

 は? 何、それ? 私は当て馬か?

 普通にムカついたし離れようかとも思ったのだが、それならそれで反対にこの状況を利用してやれと考えた。

 私はしがない男爵令嬢。

 この先の未来にこれほどの大物と接する機会は、絶対にこない。

 ならばこれを私の人生をより良くするために活用してやれと考えるのは、悪いことではないはずだ。


 どんどんと激しくなる触れ合いにも関わらず、最後の決め手がなかなか得られない。

 中途半端な触れ合いにも、物足りなくなる。

 何よりこれぐらいの関係では、脅すこともできない。

 業を煮やした私は、彼を街に誘い出した。

 学園では、どうしたって先へは進めないからだ。

 男友達と口裏を合わせて宿まで誘い込む。

 サシュティスはわかっていたのだろう。

 二人は簡単に結ばれた。

 その後も何かと街に誘い出しては、体を重ねた。

 これで王子様から卒業後の私の生活の保障か、まとまったお金がもらえるはず。

 婚約者と上手くいっていないとの話も聞くし、もしかしたら王太子妃の座も夢じゃない⁉


 サシュティスと深い関係になったことで、私は気付かないうちに野心を持つようになっていた。

 体を重ねた翌日、必ずこの男は婚約者を探す。

 そして前日の甘い睦言を、わざと聞かせるのだ。

 婚約者が俯くかその場を去るかすると、サシュティスは異様に機嫌が良くなる。

 その様子に屈折しているなと呆れながらも、やはり面白くないという気持ちが強くなる。

 体を重ねているのは私だというのに、心はあの女にある。

 全くもって面白くないと、サシュティス以外の男との遊びも激しくなった。


 そんな時、一人の男子生徒がサシュティスの婚約者、フレーシア・タリトの話を始めた。

 美しく聡明で優しい心根の素晴らしい女性だと。

 私を抱きながらそんなことを言うのだから、どれほど寝台から蹴り落してやろうかと考えたことか。

 男は私の感情に気付かないまま、彼女の泣き顔を見てみたいと言うのだ。

 ああ、この男もサシュティス同様、歪んでいるなと思っていたら、王太子はそんな彼女に劣等感を抱いているのだろうなと言った。

 あの王子然としたサシュティスが、婚約者に劣等感を抱いている?

 そんなはずはないと言いながらも、思い当たる節はある。

 そうか。

 それならば、彼女との間に何かあった時、サシュティスはすぐには彼女を擁護したりはしないはず。

 その場の空気によっては、もしかしたら私の味方をするかもしれない。


 私はニンマリとほくそ笑んだ。

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