1.私の優秀なる助手、エヴァ・ワトキンソンに
世界は私の表象である。
アルトゥール・ショーペンハウアー
『意志と表象としての世界』より
私が《この世界》で目を覚ましてから早いもので1年になる。
この1年間は、私の半生を振り返っても例のない目まぐるしい年となった。
なにしろ、これまで慣れ親しんだ世界を離れ、別の世界へ迷い込んだわけであるから。
君にとって、私の置かれた状況をつぶさに想像するのは難しいことかもしれない。
おそらく君は、あのちっとも懐かない犬と一緒にロンドンに暮らしていることだろうが、ためしにバーレーンだとかジンバブエだとかいった見知らぬ国で、一人ポツンと取り残されてしまうことを考えてみてほしい。ちょうど私が直面したのと同じ種類の困難を想像してもらえると思う。
お察しの通り、私がまずしなければならなかったのは、寝床を確保することだった。それはつまり、せめて軒先を貸してくれる程度に仲の良い友人をつくることと同義だ。
君はなぜか、私がそうした人付き合いに関して全くの無能力者だと思っているようだけれども、実際のところそんなことはない。私は絶妙な節回しで歌をうたうし、かなり面白い冗談も言うのだからね。とはいえ言葉が通じなかったので、そのユーモアを披露するためには相当の工夫を余儀なくされた。
このように私はかなり愛嬌のある人間だから、最初の友人を見つけるまでそう時間はかからなかった。
《この世界》における私の最初の友人は無愛想な中年の男で、彼は私に物置小屋を貸してくれた。
雨漏りやすきま風がひどくて難儀したが、今君がいるような世界で暮らしていた私にとって、それらの経験は新鮮なものだった。
とにかく、この1年はほとんどが生活の基盤を整えるために費やされた。
毎日外へ出かけては、そこに暮らす人たちに話しかけて言葉を覚えた。
最初は誰も怪訝な顔をして、訳の分からぬ言葉を話すヘンテコな男に困惑していたようだったけれど、毎日続けていると街の人たちも私の存在に慣れ、また私の方でも彼らの言葉を覚え始めたので、そのうちちょっとした大工仕事やなにかを手伝って日銭を稼げるくらいになった。
君なら共感してくれると思うが、この環境は、科学者になるような人間が決まって持たされている野蛮な好奇心を刺激してやまなかった。
私はこのとき、言語学者であり、社会学者であり、文化人類学者でもあった。
言語を習得し、社会制度を理解し、宗教的戒律や生活における慣習を知り──ということをやる合間に、自分の持つ物理学の知識をひけらかすのを欠かさなかったので、私は今、街の子どもたちに理科と数学を教える仕事をしている。
おかげで安定した収入を得られるようになり、ちょっとした宿に引っ越すこともできた。
そんなことをしていたら、1年などというのはあっという間だった。
そう。1年が経ったのだ。これが重要だ。
正直なところ私は、何か不思議な力が働いて世界は様変わりしてしまったように見えるけれども、自分のいる場所は地球のどこかなのではないかと考えていた。
そう考えると、自分の身に起きた突拍子もない出来事の、突拍子もなさが、少しはやわらぐように思えるからね。
しかしその考えは間違いだった。
この世界では1年がちょうど330日しかないのだ。
彼らは太陽暦を採用している。
私の知る歴史では、共和政ローマのユリウス暦ではすでに1年を365日と数えてきた。
この世界の人たちを、私たちの祖先より愚かだと考えるべきではない。
古代ローマの人たちがそうであったように、この世界の人たちも彼らの星の公転周期をかなり正確に計測している。
今、私がいる惑星は、330日の周期で太陽にかわる恒星の周りを公転している。
つまり、ここは地球ではない。
そんな次第であるから、君の視点から見れば、私はやりかけの研究を残して大学の研究室どころか地球上からぱったり姿を消してしまったことになるだろう。
私の研究の詳細な経過や、ちょっとした贅沢を経費で落とすテクニックなどを君に教えられなかったことが心残りだ。
私の残した資料の山を前にして、君はそこに積み上げられた膨大な謎に呆然としているかもしれない。
私もそうだ。
あるいは、それを克服しようと奮闘しているだろうか。
私もそうするつもりだ。
たとえ何もかも失って、目の前には『無』しか見当たらなかったとしても、その『無』を見つめ、その『無』とはなにものであるかを探し求めずにいられない。
そのように生まれたのが、私たち科学者という生き物なのだ。