8 出会い
目の前には、ご飯を貪る陸空と陽菜の姿があった。
「無事で良かったぜー、大丈夫だったか?」
陸空が上機嫌な様子で、言葉を投げかけてきた。
「いや、えと」
それに対して俺は、返答に言葉が詰まってしまった。
何でそんなに呑気でいられるんだ?
こっちは、散々な目に遭ったというのに。
「あ! ティナ姉! お帰りにゃ!」
困惑している間に、聞き慣れない話し方をする一人の無邪気な女の子の声が聞こえてきた。
声の方を向くと、猫耳を付けた白髪の小さな子供がティナさんに抱きついていた。
「ん」
抱きつかれたティナさんは優しい表情をしながら、子供の頭を撫でた。
横から見るとその構図はまるで親と子供みたいだ。
「あ! 新しいお客さんにゃ!」
ふと、その猫耳の少女が俺の方を見るなり話しかけてきた。
お客さん? 俺のことだろうか。
「初めましてにゃ! リク達から話は聞いてるにゃ! 君がハルにゃんね!」
「そうですけど......」
「私はミーニャっていうにゃ! よろしくニャ!」
「......よろしく」
ミーニャと名乗った人物はとても明るく、ぐいぐいとくるタイプで、ティナさんとは正反対の性格のように思えた。
それにしても随分と特徴的な話し方をするんだな。
猫耳も付けてるし、猫が好きなのだろうか。
「どうして、猫耳の衣装を着ているの?」
流石に気になってしまうので、思わず聞いてみた。
「ニャ! それ、リク達にも聞かれたにゃー。そんな珍しいかニャー」
「珍しいと思うけど......」
「これは、私の耳にゃ。私は猫の獣人なのにゃ」
「獣人?」
なんだ獣人なら納得だな。
......え。
......え!?
ふと、俺は無意識に陸空の方を見た。
陸空がうんと指を立てながら、頷いた。
恐らく今の俺の思いは陸空にも伝わっているのだろう。
獣人。
恐らくファンタジー小説を読んでいる人なら知っている単語だろう。
人と動物の要素を持った人間。
陸空と俺は、共にアニメの話をしたりもする軽いオタクでも有った。
そんな架空の話でしか存在していなかった人物が目の前に居るという事は、俺にとってはあまりにも重大な出来事であった。
「ありがとうございます」
「にゃ?」
感極まるこの状況に俺は、思わず感謝を伝えられずにはいられなかった。
「ミーニャ」
ふと、ティナさんが口を開いた。
「にゃ?」
「わたしはこれからギルドに向かう、まかせていい?」
ギルド? 何の事なのだろうか。
ゲームなどにある言葉通りの意味なら推測はできるが、この異世界だとどのような存在になるのだろうか。
「問題ないにゃ!」
「分かった、またね」
そう言うと、ティナさんは外へ向かって行った。
ギルドとやらで何かあるのだろうか?
「よし!」
そしてティナが居なくなった後、ミーニャが間髪入れずに、元気よく声を上げた。
「とりあえず疲れているにゃんよね? さあ、ご飯の時間にゃ!」
「?」
......ごはん?
「どうぞにゃ!」
明るい声と同時に、目の前に一つの料理が置かれた。
俺は今陸空、陽菜と同じ食卓に座って居る。
「ふふん」
ミーニャが運んできた物は、シチュー、パン、ジャガイモの蒸し焼きだろうか?
その三つだった。
「……どうも」
「さっき作った余り物だけどね、にゃはは!」
それぞれ木の皿に置かれた料理は、素朴な温もりを感じさせ、安心感を増幅させる。
「ミーニャちゃん、料理凄く上手なんだよ!」
陽菜が喜々とした様子で教えてくれた。
確かにこの見た目は、味が保証されている見た目だ。
「いただきます」
とりあえず、シチューを木のスプーンで口に軽く運んだ。
「あ、おいしい」
味はクリーミーでほのかに効いたスパイスの香りが広がっていく。
野菜もほどよい食感で優しい味わいが広がった。
全体的に温もりを形にしたような心安らぐ味だった。
「凄いなこれ、お店に出せるレベルだよ」
「出してるにゃ」
「あ、そうか」
そういえば、ここは宿屋だっけか。
そしたらこの味も納得の物か。
「厨房とかで働いてるの?」
「店長をやってるにゃ!」
「えっ、店長!?」
「にゃはん」
ミーニャがどんと胸を張り、何処が誇らしげな様子だ。
「ミーニャちゃんはすごいよねー、まだ14歳なのに立派だねー」
「もう三回目にゃあー、にゃははにゃははは」
陽菜が、ミーニャを撫で撫でしながら何処か満足げな表情をしている。
三回目?
もしかして、撫でる為の口実として褒めてないか、それ。
そういえば陽菜って猫好きだったな。
「あーかわいい」
「にゃははにゃはは」
ミーニャも褒められ耐性がなさ過ぎるんじゃ無いか?
ずっとくねくねしている気がする。
「いいよな、女同士は簡単にスキンシップできて、俺も撫でてみてーな」
ふと、小声で聞こえるように、暗い独り言が聞こえてきた。
「......」
俺はそれを聞こえなかったことにした。
「はあ......」
そのまま、謎の言霊は闇へと虚しく消えていった。
それにしても、14歳で店長とは凄いな。
俺なんてまだアルバイトすらしたことが無いのに。
そういえば、今の所ミーニャしか見かけないが他に人は居ないのだろうか。
「この店で働いている子はミーニャしかいないの?」
流石に、宿屋をワンオペって訳では無いだろう。
「にゃ、この店は私含めて四人で働いてるにゃ! ただ、今この店には二人しか居ないにゃんけどね!」
「二人?」
「呼んでみるにゃ? おーいメーニャ! 出てくるにゃー!」
ミーニャが、慣れた様子でこの部屋の奥に続く道に向かって叫んだ。
なんだか母親を連想させる呼び方だ。
それにしても随分と名前の響きが似ていたが、気のせいだろうか。
しばらくすると、ゆっくりと階段を下りる音が聞こえてきた。
返事はない。
大分ゆっくりな足音だった。
そして、音の正体が姿を現した。
「……なに?」
女の子、不愛想で抑揚の無い声が聞こえてきた。
姿は、黒髪で髪型はミーニャと同じ髪は短め、清潔感を保ちつつも、もさっとした感じに、前髪を真ん中と左右に分けた髪型で、猫耳も同じく付いていた。
何となくだが、容姿が限りなくミーニャと似通っている気がした。
「もう! そんな態度とらないにゃ!」
「はあ......それは勝手でしょ」
「勝手じゃないにゃー!」
何やら二人が軽い口論を言い合っている。
ミーニャとそのメーニャと呼ばれた子のやり取りはまるで姉妹喧嘩を見ているようだ。
「わー!! かわいいーーー!」
「えっなに!? ちょっ」
うわ、まじで?
あんなやり取りをしている中、陽菜が突っ込んで行った。
もはや暴走だ。
陽菜が、メーニャの頭を抱えるようにして撫でている。
「もふもふだ―! 二人は似てるね! 姉妹なのー?」
「そうにゃ! 厳密にいうと双子にゃ!」
「やめ......むぐ」
やっぱり姉妹なんだな、しかも双子。
それにしても、良くためらいもなく撫でにいけるな。
「へー! どっちがお姉さんなの!?」
「私が上にゃ! メーニャが妹にゃ!」
「ミーニャがお姉さんなんだ! 凄いねー!」
「にゃはははははは」
それを聞いて陽菜は、今度はミーニャを力いっぱい撫でた。
それにしても、姉で凄いとは何だ?
適当に言っていないか?
まるで、動物をあやしているかのようなそんな対応だ。
「いいよな、女同──」
「黙れ」
どこからか暗い独り言が聞こえてきて気がしたが、気のせいだろう。
「ちっ」
またしても、謎の言霊は闇へと虚しく消えていった。
「っ......もう......髪が。はあ............で、お姉ちゃん、何か用?」
クシャっとした髪をとかしながら、不機嫌そうに聞いた。
「違うにゃ、呼んだだけにゃ」
「──はあ?」
突如、メーニャから威圧感が零れ出した。
呆れているような、そんな表情をしている。
「用が無いなら呼ばないでよ!」
「用がなくても挨拶くらいはするにゃ!」
「必要ないでしょ」
「必要にゃ!」
何だか剣呑な雰囲気だ。
仲があまり良い感じでは無いのだろうか?
それとも、姉妹の関係性はこんな感じが普通なのだろうか、一人っ子だから分からないな。
「こら! 喧嘩はあまり良くないよ!」
陽菜が間に入って二人のことを静止した。
流石に見ていられなかったのだろう。
「......にゃ」
「ふん......」
二人とも、何処か腑に落ちなさそうな表情をしている。
「......私、戻るね」
メーニャが苛立ちを隠せないまま言葉を吐き捨てた。
「......」
「あっ」
ふと、目が合った。
睨むような瞼の重い視線。
「じろじろ見ないでよ」
最後にどきりと刺すような言葉を漏らすとそのまま、元の場所へと戻っていった。
そして、メーニャが居なくなった後、少しの沈黙が流れた。
「......にゃはは、見苦しいところを見せてしまったにゃ!」
ミーニャが、重い空気を振り払うかのように沈黙を破った。
「......メーニャとは、普段からあんな感じなのか?」
陸空が不思議そうに聞いた。
中々鋭いところに踏み込んでいるような質問だが大丈夫だろうか。
「いや......普段は大人しくて良い子にゃん。ただ、ちょっと人が苦手なだけなのにゃ」
「そう......なのか」
「まあ、気にすることは無いにゃん! 初めてだったからあれなだけで、すぐ落ち着くようになるにゃん! にゃはは!」
ミーニャはそう言うとぱっと笑い明るくて振る舞った。
ただ明るく振る舞うその姿にはどこか哀愁が漂っている気もした。
────コンコン
ふと、この空間に扉をノックする音が響き渡った。
「にゃ! 帰ってきたみたいだにゃ」
ミーニャの表情がぱっと明るくなりそのまま、入ってきた入り口に向かって走って行った。
そして、扉を開けると一人の男性が顔を出した。
「おかえりにゃ!」
「おう! ただいま!」
大人の熱気がある、力強い男性の声が聞こえてきた。
その男性は、黒のスカーフを巻き、暗めな赤い軽装の服を着ていた。
そして男性はこちらを見るなり近づいてきて、口を開いた。
「よっ、俺の名はギルバートだ。よろしくな!」
そう言うと、名乗った男性はニコッと笑い手を伸ばした。
「......よろしくお願いします」
俺は差し伸べられた手に握手を返した。
大きく温もりのある手だった。
これが、ギルバートとの出会いの始まりだった。
メタルです
私は、一人っ子ではないです。
編集記録
・8/9 20:07 誤字修正
・8/12 11:53 誤字修正