6 幻想的
森を抜けたその先には、広大な草原が広がっていた。
「ぅわあ......」
草原はまるで緑色の絨毯を敷き詰めたかのようだった。
風が吹くと草が波打ち、その波が水平線まで続いてどこまでも広がっているように見えた。
思わずの景色に俺は感嘆した。
「あれ、みえる?」
そんな中、特に気にする様子もなく、後ろに二本の束ねた髪をぶら下げ、薄緑色の目に優しい髪型をした先程ティナと名乗った女性が淡々とした様子で遠くの方を指さした。
「あれですか?」
「うん」
指の方向を見ると、草原の奥の方にうっすらと灰色と橙色で集まった小さな集合体が見えた。
遠目に眺めているからか少しぼやけて見えるがあれが街なのだろう。
「まじか......」
余りの興奮に声がこぼれる。
草原と街というのは、ファンタジーにおいて定番とも言えるもので、目の前に広がった解像度の高い幻想的な空間に、俺は心を動かさずにはいられなかった。
「興奮してる?」
目の前の景色に熱中していたところ、横から熱を冷ますかのように、冷静で落ち着きのある声が飛んできた。
少し興奮しすぎただろうか。
「見慣れない景色が目の前に現れたもので、つい興奮してしまいました」
「......そう」
俺の興奮とは裏腹に、興味なさそうな相づちが飛んできた。
仕方ないだろう。
ある程度ゲームや本を嗜んでいる人だったら、こういうのは年甲斐もなく興奮するものだろう。
............。
遠くを眺めた。
草原はどこまでも広がっている。
遠くに微かに山の影が見えるが、それもこの空間に飲み込まれていて、境界が無いように見える。
見れば見るほど嫌になるくらい、見知らぬ土地の広大さが目に入った。
「町まではどれくらいかかるんですか?」
「40分くらい」
「結構歩きますね」
「走れば5分」
「え?」
これは......ぼけているのだろうか?
それともマジ?
「いこっか」
「分......っかりました」
取りあえず歩きながら色々聞き出そう。
確認しておかなければいけないこともあるしね。
ここが地球かどうか......まあ、あらかた予想はついてるけど......。
あたりが赤みがかってきた。
そして、歩いてみて改めて分かった。
この辺りは人工物等も見当たらない、本当に人の手入れが無い自然そのものが広がっているのだと。
歩いても、自分の足跡すら草に覆われて、たちまち見えなくなってしまう。
日本の田舎でさえ道路や電線、見知らぬ小屋など何かしらの文明はあったりするものだ。
しかしここは、遠く向こうに見える街以外には人工物が見当たらなかった。
段々と頭の中で予想が確信へと変わっていく。
「あの......少し聞きたいことが......あるんですけど」
「ん」
ここではっきりと確認しておこう。
「ティナさん......は地球......って知ってますか?」
「......」
そう聞いた瞬間、ティナさんが少し眉をひそめたように見えた。
少しの緊張感が走った。
もしかして、聞いてはいけないことだったのだろうか?
「あの──」
「さんはつけなくていい」
「......、へ?」
さん? 敬称のことだろうか?
あまりにも予想外の所で少し拍子抜けした。
「どうして......ですか?」
「距離を感じる」
「距離?」
「なんかむず痒い」
「は......あ」
「よび捨てで構わない」
そんなに不快になるだろうか。
俺は初対面の人に呼び捨てにされる方が無礼な感じもあって不快になると思うんだが。
恐らく文化の違いなのだろうか。
俺の知らない文化が恐らく根付いているのだろう。
まあ、深く気にすることではないか。
嫌と言われたなら素直に従おう。
「分かりました。......ティナ」
「ん」
出会ったばかりの人を呼び捨てで呼ぶのって少し違和感を覚えるな。
心の中だけでは敬称をつけておこう。
てか、ティナさんは何歳なのだろうか。
背丈は俺と同じくらい。
顔付きは、かなり若く見える。
もしかして、案外歳は近かったりするのだろうか。
......まあ、今は言わぬが吉だよな。
「......で、ティナさ......ティナは地球について知ってますか?」
やっと確認できるな。
まあ予想はついてるけどね。
「知ってるよ」
「やっぱ、そうですよね......」
やっぱり知ってるか~。
────ん?
「知ってるんですか!?」
「む!」
まさかの返答に思わず勢いをつけて聞いてしまった。
ティナさんが見てわかるほど、目を見開いて驚いた。
「なっ......その......どういう、どんな感じで知ってるんですか!?」
ただ、この世界と名前が一緒なだけか?
それとも、ここは何千年後の地球とかか?
「むむむ! ちょっとまって」
「あ、すいません」
ちょっと興奮しすぎただろうか。
少し冷静になろう。
「……取り乱しました」
「うん、大丈夫」
「で......その、地球について何を知ってるんですか?」
その質問に対し、ティナさんは一呼吸した後、ゆっくりと口を開いた。
「10日ほど前にも、とある場所で空から人がおちてきたって、しらせがわたし達に届いてる」
「10日ほど前? そんな前にも確認されているんですね」
「うん」
その現象は、恐らく俺の状況と一致していそうだ。
「今の所4件、目撃されてるらしい」
「......4件もですか」
「彼らは口を揃えてチキュウからきたって言ってたみたい? ハルもそのチキュウ? からきた?」
「まあ、そんな感じです」
同じ境遇の人がいるってだけで少しほっとした自分がいた。
しかし、こういうのって大抵一人二人にしか起きないような出来事だと思っていたんだが......。
発見されていないだけでもっと沢山居たりするのだろうか。
「......チキュウはどんなところ?」
ふと、ティナさんが若干の好奇心が交じった様子で聞いてきた。
「──えと......」
地球はどんな所か。
そう言えばあんまり言葉で考えたことが無いな。
地球をどんな所か知らない......か。
やっぱりここは地球じゃないのか……。
「地球は......、いい所ですよ」
「......ふむ」
「......」
「......ん?」
少し、ティナさんがシュンとしたような態度を見せた。
余りにもありきたりすぎた答えだっただろうか。
いざ語るとしても当たり前だったことすぎて、どう語れば良いのか分からないのだ。
「......良い所を全部語ったら恐らく日が暮れると思ったので」
「なるほど」
これで少しは納得してくれただろうか。
それに、嘘はついてないしね。
てか、我ながら結構良いまとめ方をしたんじゃないか?
「──あ」
ティナさんがふと、声を発した。
何かに気づいたような、そんな感じだった。
「あと少しで日が暮れる」
「あっ.....ははは」
やべ。
やらかした。
何してんだ、俺。
普段言わないような言葉で締め用とするから変な感じになっちゃった。
ちょっと恥ずかしい。
顔見れない。
何か話題を変えよう。
何か無かったか......何か......あ。
「そ、そういえばティナ以外にも捜索をしていた人はいたんですよね。何か連絡を取る手段はあるんですか?」
これは、単純に気になったことだ。
前に仲間の何人かで当たりを探索していると聞いたが連絡手段とかはあるのだろうか。
普通に携帯とかの道具? それとも事前にあらかじめ確認していて、連絡は不要だったりするのだろうか?
そう俺は頭の中で考えていたら、急にティナさんの歩きが止まった。
何だろうと思い俺は、ちらっと視線を向けた。
「......」
あれ? 何故かティナさんの顔が青ざめている気がする。
一体どうしたのだろうか。
......あ、まさか。
「......もしかして、忘れてました?」
「......まずい」
そう、呟くティナさんの声は分かりやすく動揺していた。
「どうしよう、げきやば」
ティナさんが、その場でぷるぷる震えながら地面を見つめている。
それを見て俺は頭の中で、小刻みに震える小動物がイメージされていく。
「そんなまずいんですか?」
「本当は、森の中で見つけしだい、連絡するはずだった。けど忘れた。皆まだ森の中で探している。そんな中、わたしが森の外で連絡したら確実にまずい」
「忘れたらそんなに怒られるものなんですか?」
「わたし、よく連絡を忘れる。街を出る前仲間に念を押されてた」
あ......、常習犯なのか......。
「なら、すぐ連絡しましょう」
「だめ、おこられる」
「こういう場合、黙ってる方もっと怒られますよ」
「ん、作戦は失敗、ごめんハル森の中に帰って」
「なっ、何を言ってるんですか!」
「おねがい、わたしの安寧の為に」
「そんな無茶な......」
なんだ? やっぱり可笑しくないかこの人?
「......大丈夫です、元々は私が原因のような物なので口裏などを合わせて怒られないように一芝居打ちますから」
「ん、それは頼りになる。助けて良かった。もう大丈夫行こう」
ティナさんは、若干顔を緩ませ、落ち着いた様子で言った。
「ティナ......」
「ん」
「......はやく、連絡、しましょう」
「......」
なんか、すごい無言で睨みつけてくる。
仕方ないじゃないか。
黙っていた方怒られるのは経験上間違っていないんだから。
我慢してほしい。
「......ちょっとまって」
ティナさんがそう言うと、渋々腰につけているポーチに手を入れて何かをごそごそと探す様子を見せた。
ポーチの大きさ的に、何か携帯のような小道具とかでも取り出すのだろうか。
「ん」
そして、お目当ての物を見つけたのか、自身ありげにポーチから手を取りだした。
手には透明な石が握られている。
「石?」
道具でも取り出すのかと思っていたら、ただの石が出て来たので、思わず疑問の言葉が出た。
「違う、魔法石」
そして、その小さな呟きにティナさんは返答した。
一つ気になる単語を含ませながら。
「──魔法」
それは、見知らぬ物でありながら、聞き覚えはある単語だった。
「みてて」
ティナさんがそう言った瞬間、握られていた透明な石が青色に輝きだした。
そして、瞬時に石の頭上に円状で複雑な図が組み合わさった紋章のような物が浮かび上がった。
「────は」
そしてそのまま浮かび上がった模様は、瞬く間に光の柱へと姿を変え天を貫いた。
天を貫いた後に、その柱は軽く発光した後、瞬時に光の結晶となって周囲へと散らばった。
その様子は、まるで宝石が流れているかのような、綺麗で神秘的な輝きだった。
それは、地球人にとってこの出来事はあまりにも衝撃的な光景だった。
あまりにもファンタジーで、あまりにも魅力的な光景だった。
「......ん、ただの石じゃないでしょ?」
ティナさんは、そう語った。
それは、俺がこの世界で初めて目にした魔法という奇跡の出来事だった。
メタルです
後々、ファンタジー定番の道具についても深掘りしていきたい。
編集記録
・特に無し