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64「あの時あなたを助けたから私の運命は変わったんだわ」

 曲が終わり、去っていくフィンセントの後ろ姿を見送ると、ヴェロニカはカインの元へ行こうと歩き出した。

「ヴェロニカ様」

 声に振り返ると、エリアスが立っていた。


「アリサとは仲直りできたの?」

「……はい」

 エリアスは少し困ったような、それでも微笑んで答えた。

「それは良かったわ。アリサがあなたに嫌われているって、悲しんでいたから」

「そうでしたか。ご心配をおかけして申し訳ございません」

「エリアスのせいじゃないでしょう」

 それはエリアスが宵の魔女の影響を受けていたせいだったが、それでもアリサにとっては悲しいことだったろう。


「ヴェロニカ様は、王太子殿下と何を話されていたのですか」

「殿下はこの後王宮のパーティへ行くんですって。婚約者候補の方と会うそうよ」

「……それだけですか」

「あとは、私のことを好きだったって」

 フィンセントの言い方だと、今でも好きなのだろう。

 けれどそれはエリアスには言わなくてもいいとヴェロニカは思った。

 フィンセントは新たな婚約者を選ぼうとしている。

 ならば自分も、過去のことにすることがフィンセントのためにもいいのだろう。


「そうですか」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。正直、殿下から告白されても動揺しなかったもの」

 あの婚約破棄された日から好きになったということには驚いたけれど。

「前世の過ちを繰り返さないためにも、私と殿下は別の道を選ぶことがお互いのためにいいことだって、前世を思い出した時からそう考えていたわ」

「……今のヴェロニカ様なら、どんな道を歩まれても過ちなど犯さないと思います」

「そう?」

「はい、ヴェロニカ様は心がとてもお強いですから」

 ヴェロニカを見つめてエリアスは言った。


「ありがとう。……でも、それは皆のおかげだわ」

 フィンセントと婚約したままでも、前世と変わったかもしれない。けれどヴェロニカは心が弱いままだったろう。

 王太子の婚約者という道から外れ、ルイーザやエリアス、そしてカインと出会ったから今のヴェロニカがあるのだ。

(それから魔女たちも)

 前世ではいくつもの悲劇が起きてしまった。

 その原因の一つが宵の魔女ではあるけれど、結果時間が戻ったことで良い方向へ進むことができたとも思う。


「ありがとうエリアス。あの時あなたを助けたから私の運命は変わったんだわ」

「――お礼ならば私の方が申し上げなければなりません」

 エリアスは胸に手を当てて深く頭を下げた。

「ヴェロニカ様のおかげで私は執事となることができます。本当にありがとうございます」

「ええ。……色々と思い出しても、私の執事になりたいことは変わらない?」

「もちろんでございます」

「そう。これからもよろしくね」

「よろしくお願いいたします」

 エリアスは頭を上げると微笑んだ。


 カインの元へ戻ると、ヴェロニカの背後にいるエリアスを見て意外そうに小首をかしげた。

「踊ってこなかったのか?」

「ええ。そうね、踊りに行く?」

 ヴェロニカはエリアスを振り返った。


「いえ。本日はご遠慮いたします」

 エリアスは軽く頭を下げて答えた。

「あら、どうして?」

「……反省するところもございますので」

「反省?」

 ヴェロニカは不思議そうに首をかしげた。


 時が戻る前のパーティで、エリアスがヴェロニカとフィンセントが踊ることを頑なに拒んだ理由の一つは個人的な感情だ。

 そのせいであのような大火事を引き起こした。

 今でもそのせいでフィンセントが炎に焼かれたことは、それだけの報いを受けても仕方なかったと思っている。

 けれどヴェロニカをかばったカインが炎に飲まれ、それを知ったヴェロニカの絶望的な表情を見た時に、自身の行動を後悔したのだ。


(そんな私が、ヴェロニカ様と踊る資格はない)

 これまでは学生だったから、ヴェロニカに対しても主人として以上の態度をとってしまっていたけれど。

 今後は執事としての立場をわきまえていかなければならない。

(それが命の恩人に対する、私がすべきことだ)

「はい」

 納得のいかなそうなヴェロニカにエリアスは微笑んだ。


「そう……」

「じゃあヴェロニカ、もう一度踊るか」

 カインが立ち上がった。

「ええ。行ってくるわね」

 カインの手を取ったヴェロニカはエリアスにそう言い残すと歩き出した。



「……踊るんじゃないの?」

 フロアとは別の方へ歩き出したカインにヴェロニカは声をかけた。

「気が変わった」

 ホールを出てカインが向かったのは人気のない図書館だった。

(どうしてこんな所に……)

 この時間は鍵がかかっていて、中には入れないはずだ。

「その格好じゃ寒いか」

 ドレス姿のヴェロニカを見て、カインはコートを脱ぐとヴェロニカの肩にかけた。


「カインが寒いでしょう」

「俺は大丈夫だ」

 図書館の前までくると、カインはその脇にある通路へと向かった。

 職員用らしき狭い道を通り階段を上がっていく。

 登りきった先の扉を開くと、そこは小さな屋上だった。


「まあ、こんな場所があったなんて」

 周囲に建物があるため眺めはあまり良くないが、それがかえって落ち着けるようだった。

「一年生の時はよくここで本を読んでいたんだ。教室にいるのが苦痛だったからな」

「……そうだったの」

「ヴェロニカ」

 カインは手を離すとヴェロニカに向き合った。


「君と出会えて、婚約できて。本当に良かったと思っている」

「……どうしたの、急に改まって」

「星祭りの時に言いたかったんだけど、他に人がいたからな」

 はにかみながらそう言って、カインは真剣な顔になった。


「卒業したら二年間騎士宿舎に入る。騎士になっても長期間家を離れなければならないこともあるし、危険なこともあるだろう。それでも、俺はヴェロニカと生涯を共にしたい」

「……カイン……」

「ヴェロニカに出会えて幸せというものを知った。だからヴェロニカにも幸せになって欲しいし俺が幸せにしたいんだ」


「……ええ。ありがとう」

 カインを見つめてヴェロニカは微笑んだ。

「私も、趣味が合って、私のことを幸せにしてくれる婚約者と出会えてとても幸せだわ」

 前世でのこととはいえ、覚えている限りヴェロニカの中で犯した罪が消えるわけではない。

 だから自分は幸せにはなってはならないのだと、心のどこかで思っていた。

 けれどカインと出会い、幸せになってもいいのだと知ったのだ。


「そうか」

 カインはヴェロニカに向かって手を伸ばした。

 その手に引き寄せられるままに、ヴェロニカは相手の胸にもたれかかった。


「ヴェロニカ。愛している」

 カインはヴェロニカを強く抱きしめた。

「私も……カインを、愛しています」

 自分の言葉に恥ずかしさで真っ赤になった頬をカインの手が包み込んだ。


 しばらく見つめ合い、やがて互いの顔がゆっくりと近づく。

 カインの温もりが唇から心の奥まで伝わっていくのをヴェロニカは感じていた。



おわり

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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