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61「一体、何が起きたんだ」

(何が……起きたの?)

 エリアスの声と重なって聞こえた、あれは確かに宵の魔女の声だった。

 魔女の声と、爆発したような音と衝撃。そして火事。

(……まさか、また炎で……)

 一年前に見た、炎に包まれた景色を思い出す。


 カインはヴェロニカを抱えたまま庭園内の広場へと走った。

 そこには既に生徒たちが集まっていた。

「大丈夫か、ヴェロニカ」

「……私は……大丈夫……」

 地面に降りるとヴェロニカは背後を振り返った。

 ホールが真っ赤な炎に包まれていた。


「雷だ!」

「早く消火しろ!」

「生徒の避難と安全確認を!」

 教師や警備員たちが走り回っている。

「雷……?」

(宵の魔女が、落としたの……?)

「一体、何が起きたんだ」

 カインが呟いた。


「先輩!」

 アリサが駆け寄ってきた。

「アリサ……良かった、無事だったのね」

「お手洗いから戻ろうとしたら、大きな音が聞こえて。皆が逃げたので一緒に……」

「アリサ」

 ヴェロニカはアリサの腕を取ると、その耳元に口を寄せた。

「あの火は……宵の魔女かもしれないの」

「え」

「魔女の声が聞こえて……その後大きな音がして……」


「……前世の時も……雷みたいな音が鳴り響いて……炎が上がったんです。でもどうして……何があったんですか?」

「エリアスが……殿下ともめたの」

「殿下と?」

「……星祭りの時に、その二人を近づけさせないようにって時の魔女が言っていたの」

「それ……私も聞きました」

 ヴェロニカとアリサは顔を見合わせた。

「だからこんなことに……?」

「……エリアス先輩は?」

 アリサは周囲を見回した。


「ヴェロニカ様」

 振り返ると、ルイーザを抱き抱えたエリアスが立っていた。

「ルイーザ!?」

 ヴェロニカは慌てて駆け寄った。

「どうしたの!? 」

「……走る途中で足をひねっちゃって」

 痛むのか顔をしかめながらルイーザは答えた。

「ちょうどエリアス様がいて……連れてきてもらったの」

「足? 他は大丈夫?」

「ええ」

「良かった……」

 地面に降ろされたルイーザをヴェロニカはぎゅっと抱きしめた。


「ヴェロニカは大丈夫だったの?」

「カインが運んでくれたから……」

「そう。一体、何が起きたの?」

「それが……」

 ヴェロニカはエリアスを見た。

 宵の魔女の仕業だということ、そしてエリアスが何か知っているのは間違いないだろう。

 けれどそれを、前世のことを知らないルイーザたちにどう説明すればいいのか。


 ヴェロニカの視線に気づいたカインがエリアスに歩み寄った。

「お前、さっき変なことを言っていたな。あいつがヴェロニカを殺しただの、罪を償えだの」

「ええ」

「どういう意味だ」

「あなたは知らない方がいい」

 カインを見つめてエリアスは答えた。

「誰が、誰を殺したかということは、今のあなたには関係のないことですし、全ての元凶はあの王太子だ」


「不明の生徒はいるか!?」

 教師の声が聞こえた。

「参加者のリストは持ち出したか?」

「サッシャがいないわ!」

「ヨセフは!?」

 あちこちで声が聞こえる。

「王太子殿下がいません!」

 生徒たちの間から悲鳴が上がった。

 ヴェロニカも周囲を見渡したが、確かにフィンセントとディルクの姿が見えない。


(まさか……)

『罪を償わねばならぬ』と言った魔女の声が頭の中でこだました。

「殿下は……あの中に……?」

 激しく燃えさかるホールへと視線を移す。

 もしもあの中にフィンセントが残っているならば、もう――。

 ヴェロニカは呆然と炎を見つめた。


(そんなこと……あるはずないわ)

 ディルクが側にいたし、護衛たちもいる。

「仕方ありませんね」

 きっと別の所に避難しているはずだと願っていると、エリアスの声が聞こえてヴェロニカは振り返った。

「仕方ない……?」

「彼は今世でも、未練でヴェロニカ様を苦しめようとしているのですよ」

「……苦しめる? どういう意味?」

「ヴェロニカ様は知らなくていいことです」


「――未練って、殿下がヴェロニカのことを好きだってことでしょう?」

 ルイーザが口を開いた。

「ヴェロニカは知っているし、苦しまないわ。ねえ」

「……ええ」

 ヴェロニカはこくりとうなずいた。

「……応えることができないから申し訳ないとは思うけれど……。そう思う心は、私には止められないもの」

 フィンセントが自分のことを好きだというのは実感がない。

 けれどヴェロニカが、少しずつカインに惹かれて、いつの間にか好きだと思うようになったように。

 誰かを好きになる気持ちは、本人だけのもので他人には変えられないのだろう。


「人の感情は複雑よ。それを本でたくさん学んだわ。だから苦しいこととは思わないわ」

「それでも、罪を償わなければならないのですから仕方ありません」

 ヴェロニカを見据えてエリアスは言った。


「……それは、今の殿下とは関係ないわ」

 エリアスの言う「罪」とは、ヴェロニカに毒を盛り死なせたことだろう。

 けれどそれは今のフィンセントとは関係のないことだし、前世の時も原因はヴェロニカの言動にあった。

 彼は王太子として役目を果たしただけだ。そこに罪はないだろう。


「ヴェロニカ様は本当にお優しい。あのような者にも慈悲を与えるとは」

 エリアスの顔には微笑が浮かんでいるけれど、その瞳は見たことがないほど冷たくて。まるで知らない人間のようだった。

(エリアス……やっぱり、宵の魔女が……)

 新年は特に魔女の影響が強くなると時の魔女が言っていた。

 かつてヴェロニカがそうだったように、エリアスも魔女に魅入られてしまったのだろうか。



「きゃあ!」

 誰かの叫ぶ声に振り向くと、燃えた火の粉がこちらへと飛んでくるのが見えた。

「風向きが変わったな……ここも危険だ。もっとホールから離れるんだ!」

 カインが周囲に聞こえる声で叫ぶと、生徒たちは慌てて逃げ出した。


「ヴェロニカ」

「ええ……ルイーザ! 足は!?」

 ヴェロニカは友人を振り返った。

「……まだ痛むけど……大丈夫よ」

 そう答えて歩き出そうとして、ルイーザは痛みに顔をしかめた。

「ルイーザ様は私がお連れしますので、ヴェロニカ様は先にお急ぎください」

 エリアスがルイーザの側へ歩み寄った。

「お願いね」

「行くぞ」

 カインがヴェロニカの腕を引いた。

「先輩!」

 アリサの悲鳴が聞こえて振り返ると、熱さと共に真っ赤な炎が見えた。

「ヴェロニカ!」

 カインの声と共に身体に衝撃が走る。

 誰かの悲鳴と轟音が耳を裂き、視界が真っ赤に染まった。


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