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60「良くない夢を見たからかもしれません」

「先輩! 新年おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」

 ヴェロニカとカインがパーティ会場に入ると、イヴリンとアリサが駆け寄ってきた。

「おめでとう」

 二人は冬休みの間も領地へは帰らず、王都に屋敷もないため学校の寮にいるという。


「マリアは来ないの?」

「はい……婚約する予定の方と会うそうです」

「まあ、そうなの」

「先を越されちゃいました……」

 そう言ってイヴリンはため息をついた。

「イヴリンも婚約したいの?」

「うちは子爵なので、学校にいる間に相手を見つけないと厳しいって、最近も親から手紙が届いて……」

 良縁というのはそう多くない。確かに焦りたくもなるのだろう。

「アリサはどうなの?」

 イヴリンはアリサを見た。

「私は全然よ」

 アリサは首を横に振った。

「でもアリサは可愛いからすぐお相手ができそうなのに」

「そんなことないわ。うちも男爵だし、半分農民みたいなものだから」

 もう一度首を振りながらアリサは答えた。


 やがてダンスの始まりを告げる曲が流れはじめた。

「行こうか、ヴェロニカ」

「ええ」

 カインの手を取ると、ヴェロニカは後輩たちと別れて広間の中央へと向かった。

(殿下は来ていないようね。王宮のパーティに行っているのかしら)

 フィンセントの姿が見えないことに安堵した。


 一曲目が始まった。

 新年のパーティは参加しない生徒も多く、人数が少ないため踊りやすい。

 ヴェロニカとカインも、いつもより大きなステップでダンスを踊った。

「騎士団の訓練は明後日から?」

 踊りながらヴェロニカはカインに尋ねた。

「ああ」

「寒いし大変ね」

「今回は短期間だから大変じゃないな。それに騎士団に入れば毎日訓練があるからな」

「そう……本当に大変なのね」

 入団後、二年間は宿舎に入るという決まりがあるという。

 気の休まるひまはないのだろう。

「しっかり身体を作り、技術も身につけないとならないからな。それが自分の命を守ることになる」

「……そうなのね」

「定期的に休みもあるし、心配するな」

「ええ……でも怪我はしないよう気をつけてね」

「ああ」

 カインはヴェロニカに笑みを向けた。



 曲が終わり、フロアの外へ出るとエリアスが歩み寄ってきた。

「ヴェロニカ様。一曲お相手願えますでしょうか」

「ええ。行ってくるわね」

「ああ、俺は適当にその辺にいるよ」

 カインが立ち去っていくと、ヴェロニカは差し出されたエリアスの手を取った。


「エリアス……なんだか顔色が悪いみたいだけど。具合が悪いの?」

 フロアに戻り、ダンスを踊るために向き合うとヴェロニカは尋ねた。

 今日会った時から気になっていたのだ。

「いいえ」

 エリアスはヴェロニカの手を取り、もう一方の手を腰に回した。

「でも……いつもより表情も暗いわ」

「……それは、良くない夢を見たからかもしれません」

 踊り始めるとエリアスは答えた。


「夢? ……昨日言っていた、奇妙な夢?」

「はい」

「どんな夢なの?」

「言っても不快感を与えてしまうだけですから」

「でも……気になるわ」

 ヴェロニカはエリアスを見上げた。

「エリアスが言いたくないなら……聞かないけれど」


「――私が殺される夢です」

 ヴェロニカを見つめ返してエリアスは言った。

「殺される……?」

「はい?殺されそうになった人を庇い、代わりに死ぬんです」

(それって……前世の……)

 そう思い、ヴェロニカは気づいた。

 今日が、前世でエリアスが死んだ日であることに。


(まさか……カインに殺される夢を見てしまったの?)

「申し訳ありません、不快な思いをさせてしまいました」

 青ざめたヴェロニカに、エリアスは眉をひそめたが、すぐその顔に笑みを浮かべた。

「ただの夢ですから」

「……でも新年早々、そんな夢を見るなんて……」

(宵の魔女がエリアスに近づかないようにはできないのかしら)

 不安感を抱きながら踊り終えると、歓声が聞こえてきた。


「……殿下?」

 女子生徒たちが駆け寄っていくその先に、フィンセントとディルクの姿が見えた。

(今日は来ないと思っていたのに……)

 本来ならば、フィンセントは王宮での新年パーティに参加しないとならない。

 去年は学校のパーティに来たから、今年は王宮へ行くと思っていたのに。

 エリアスとフィンセントを会わせないようにと言った魔女の声が頭によぎる。

「ヴェロニカ様? どうかなさいましたか」

「あ……いえ。殿下は今年も学校のパーティに参加するんだと思って」

「――本当に諦めの悪い男だ」

 聞いたことのない、冷たく低い声にヴェロニカは思わずエリアスを見上げた。


「ヴェロニカ様。移動いたしましょう」

 視線を合わせると、エリアスはいつもの穏やかな笑顔で言った。

「ええ……カインはどこかしら」

 見渡したが、その姿は見当たらなかった。

「探しにまいりましょうか」

「ええ」

「ヴェロニカ」

 外へ出ようと歩いていると、フィンセントの声が聞こえた。


「新年おめでとう」

「――王太子殿下に新年のお喜びを申し上げます」

 ヴェロニカは歩み寄ってきたフィンセントに膝を折り挨拶をした。

「ああ。ヴェロニカにも今年一年の幸福を」

「……殿下は、王宮のパーティには参加されないのですか?」

「後から行くよ。新年を迎えるのに、やり残したことがあってね」

「やり残したこと……?」


「ヴェロニカ。私と踊ってくれる?」

 フィンセントはヴェロニカに手を差し出した。

「……ええと……」

「申し訳ございませんが、お受けできません」

 ヴェロニカが戸惑っていると、エリアスがすっと前に出た。


「エリアス・ボーハイツ」

 フィンセントはエリアスを睨みつけた。

「お前はいつもそうやって私の邪魔をするな」

「ご不快でしょうが、主を守るのが私の役目ですから」

 胸に手を当てて謝罪するその所作は美しく完璧だけれど、その声色はいつものエリアスよりもずっと冷たい響きを持っていた。

「主を守る? 私と踊ることがヴェロニカにとって害だというのか」

「そう受け取られましたら申し訳ございません」


(どうしよう……)

「ヴェロニカ。どうした」

 背後からカインの声が聞こえて、ヴェロニカはほっとして振り返った。

「殿下からダンスのお誘いを受けたら、エリアスが断って。それで殿下ともめて……」

「……まったく。心の狭い奴だな」

 ヴェロニカの隣へ来るとカインはため息をついた。

(本当に、どうしてそこまでエリアスは私と殿下が接触するのを避けたがるのかしら)

 ヴェロニカには婚約者がいるのだから、フィンセントと婚約することはないのに。



「私は王太子だ」

 エリアスを鋭い眼差しで見つめながらフィンセントは言った。

「王太子だったら何をしてもいいと?」

 フィンセント同様、いやそれ以上に冷たい視線が見返す。

「そうやってあなたは、権力を笠にヴェロニカ様を殺したのか」


「……は?」

 フィンセントはいぶかしげに眉をひそめ、ヴェロニカは目を見張った。

「どうして……」

 彼がそれを知っているのだろう。

 たとえ前世の夢を見たとしても、ヴェロニカが死んだのはエリアスが死んだ後の話なのに。


「何の話だ」

『失われた過去の真実だ。だがお前は罪を贖わねばならぬ』

 エリアスの声と、低い女性の声が重なって聞こえた。


 大きな音が鳴り響くと同時に激しい振動が建物を襲った。



「何だ!」

「きゃあ!」

 あちこちで悲鳴が上がる。

「ヴェロニカ!」

 床が揺れるほどの振動で大きくふらついたヴェロニカをカインが抱き寄せた。

「火事だ!」

「外へ逃げろ!」

 誰かの怒号が聞こえた。

(火事……?)

 視界の端に赤い色が入り、不快な臭いを感じた。

「じっとしてろ」

 言うなりカインはヴェロニカを抱き上げ走り出した。

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