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58「告白ぐらいさせてやればいいのに」

「どうしたヴェロニカ」

 図書館の机で本を開いたままぼんやりしているヴェロニカに、カインが声をかけた。

「悩み事か?」

「あ……ええ」

 ヴェロニカはため息をついた。

「エリアスが……前から私と殿下を接触させないようにしていたんだけど……最近、それが特に増えてきたというか、露骨になったと思って」

「ああ」

 カインはヴェロニカの隣に腰を下ろした。


「それは王太子にも原因があるんじゃないか」

「え?」

「俺から見ると、王太子がヴェロニカに話しかけようとすることが前より増えたと思うけど」

「そう……?」

「馬術大会翌日の茶会のあとからだな。あの時、王太子を医務室へ連れていっただろう? その時何かあったのか」

「あの時は……先生がいなくて。待つ間少し話をしただけよ」

 ヴェロニカはカインに医務室でのフィンセントとの会話を説明した。


「その内容、エリアスにも言ったか?」

「ええ」

「なるほどな」

 おそらくフィンセントは、恋が実らなくてもヴェロニカに自分の気持ちを伝えたいのだろう。

 そしてエリアスはそれを阻止したいのだ。


「告白ぐらいさせてやればいいのに」

「え?」

 小さくつぶやいたカインにヴェロニカは首をかしげた。

「前に進むのに邪魔な壁があるなら、その壁は壊すか乗り越えないとならないからな」

 カインはヴェロニカを見た。

「何の話?」

「さっさと未練を断ち切って進んでくれた方がこっちも安心できるってこと」

 意味が分からず眉間に皺をよせたヴェロニカに、カインはにっと笑うと指先で眉間を小突いた。

「あの執事はよっぽど王太子が嫌いなんだな」


「嫌い……」

(それは、魔女の影響なのかしら)

 宵の魔女はエリアスを狙っているという。

 そうして宵の魔女とエリアスには共通の敵がいると。

 その「敵」とはフィンセントのことなのかもしれないと、エリアスのフィンセントへの態度を見てヴェロニカは思った。

「……どうしてエリアスはそんなに殿下を嫌うのかしら」

 宵の魔女にとって、フィンセントは前世で魔女の愛し子だったヴェロニカを殺した相手だ。嫌うのは分かる。

 だが、魔女に影響を受けたとしても、エリアス自身に元々フィンセントを嫌う要因があったはずだ。

 その理由が分からない。


「……趣味が似てるんだろ」

「趣味?」

 二人から向けられる感情のことを分かっていないヴェロニカに、カインは内心苦笑した。

 それを教えてもいいが、他人の口から言うべきことではないだろう。

「心配なら、ヴェロニカから命令すればいい」

「命令?」

「主人として厳しく、な」 

「……聞いてくれるかしら」

 何度か注意はしているが、エリアスが改める様子はなかった。

「だから『命令』なんだ。主人の言うことを聞かない奴は執事として失格だろ」

「誰が失格でしょうか」

 エリアスの声が聞こえた。


「主人に余計な心配をかける執事は失格ってことだ」

 カインは振り返るとそう答えた。

「私は常に主にとっての最善を考えております」

「主にとって、ねえ。そこに私情が入ってないと言いきれるのか?」

「ええ」

「……そろそろ閉館よね。本を返してくるわ」

 カインとエリアスの間に流れだした緊張した空気に、居心地の悪さを感じてヴェロニカは立ち上がった。

「ヴェロニカ様、私が……」

「ヴェロニカ、悪いけど俺の本も頼んでいいか?」

 言いかけたエリアスを制するように、カインはそう言ってヴェロニカに本を差し出した。

「ええ」

 本を受け取るとヴェロニカは書架へと向かった。


「……王太子は俺も嫌いだが。さっさと告白させてやれよ」

 ヴェロニカの姿が遠くなってからカインは口を開いた。

「そうすりゃ向こうの未練もなくなってヴェロニカを諦めるだろ」

「そのようなことをさせたら、ヴェロニカ様の心に負担がかかってしまいます」

「あんたの王太子への態度が、ヴェロニカに心配かけてるけどな」

 カインはエリアスを見上げた。

「それはいいのか?」

「……優先順位がございますから」

「優先順位?」

「はい。あの男には一生後悔してもらわないとならないのです」

 黒く冷たい瞳がカインを見つめ返した。


  *****


「はあ……」

「どうしたの?」

 花壇の前でため息をつくアリサを見かけてヴェロニカは声をかけた。

「先輩……」

「悩みごと?」

「……悩みというか、ちょっと憂鬱になってしまって」

 ヴェロニカを振り返ったアリサは、そう答えてまた視線を花壇に戻した。


「そろそろなんですよね……」

「何が?」

「前世で、エリアス先輩が死んだ日が」

「……ああ……新年のパーティだったわね」


 前世。

 一年生の時、フィンセントとヴェロニカは王宮でのパーティに参加するため学校のパーティには行かなかった。

 けれど二年の時、フィンセントは学校のパーティに参加すると言ったのだ。

 だが、ヴェロニカをパートナーにはしないと。

 アリサと参加したいためだったのだろう、当然ヴェロニカは強く反発した。

 けれどあまりにも怒り狂ったため、発熱し寝込んでしまい、欠席する羽目になったのだ。


「あの場に私はいなかったのだけれど……どうして、あんなことが起きたの?」

「……あの時、エリアス先輩と一緒にいたんです。そうしたら殿下が声をかけて来て……ダンスに誘われました」

 王太子に誘われて、断れるはずもない。

 アリサはフィンセントと一曲踊った。


 ダンスを終えて、エリアスの元へ向かおうとしたアリサをフィンセントが呼び止めた。

「もう一曲踊ろう」

「……いえ、それは……」

 婚約者でもないのに同じ相手と二曲踊るのは非常識だ。

 アリサは慌てて首を横に振った。

「婚約者のヴェロニカ様に失礼です」

「彼女なら今日は来ていない。問題はない」

「いえ、それでも……申し訳ありません」

 アリサは頭を下げてその場から離れようと振り返った。


 目の前に一人の男子生徒が立っていた。

 こちらを見つめる、暗く青い目は異様な光を宿している。

 その目に恐怖を感じてアリサはあとずさった。

「アリサ?」

 背後からフィンセントの声が聞こえる。


 その後の出来事は、まるで夢の中のような……時間がゆっくりと動いているようだった。


 男子生徒が振り上げた手元に銀色の光が見えた。

「アリサ!」

 エリアスの声が聞こえると同時に、アリサは横から突き飛ばされた。

 そうして、目の前が真っ赤に染まった。



「……エリアス先輩は……私をかばったせいで……」

「ごめんね」

 声を震わせたアリサの手をヴェロニカは握りしめた。

「嫌なことを思い出させて」

「……いえ……大丈夫です」

 アリサは首を振った。

「もう何度も思い出しているので」

「アリサ……」

「あれは事実だけれど悪夢だったと、その度に自分に言い聞かせていたんですけど、あの日が近づくと不安になって……でも、こうしてヴェロニカ先輩に聞いてもらったら……少し、心が楽になったように思います」

 アリサは息を吐いた。

「一人きりで抱えるには辛すぎたんですね」


「……そうね」

 ヴェロニカはもう一度アリサの手を握りしめた。

「忘れられないでしょうけれど、新年のパーティが終わればただの夢になるわ。大丈夫、カインは誰も恨んでいないし、エリアスも怪我をしていないもの。だから同じような事件は起きないわ」

 皆、前世とは立場も性格も変わった。

 あの時のような不幸で恐ろしい事件は起きないはずだ。


「はい……でも……」

 アリサは視線を落とした。

「エリアス先輩は魔女に狙われているから……」

「……ああ……それは……確かに心配ね」

 最近の、エリアスのフィンセントに対する態度は魔女の影響があるだろう。

 先日図書館でカインが注意してくれたが、聞き流されたと言っていた。


「でも、エリアスなら大丈夫よ」

「……そうですよね」

 ヴェロニカの言葉にアリサは小さくうなずいた。

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