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56「キングにならなくて良かったな」

「はあ……。やっぱりあの人は苦手だわ」

 中庭のベンチに座るとアリサは息を吐いた。

 前世で自分を襲い、守ろうとしたエリアスを殺したカイン。

 今のカインは性格も違うし、別人といってもいいと、分かってはいるのだが。

 どうしてもその顔を見るとあの時のことを思い出してしまうのだ。


(ヴェロニカ先輩は平気なんだけど……)

 彼女には前世で何度もいじめられたけれど、身の危険を感じるまではいかなかった。

 花祭りの時に殺されそうにはなったけれど、力も弱く衝動的な行動だったのと、すぐ周囲の者たちに取り押さえられたのもあって、強い恐怖を感じるまでではなかった。

 カインの時は、自分へ向けられた殺意と鋭い眼差し、銀色に光る刃。そしてあの瞬間に覚えた死への恐怖を忘れることができないのだ。


(それにヴェロニカ先輩は、魔女に魅入られていた被害者だし……)

「魔女……エリアス先輩……」

 その声を聞いたらしいエリアス。

 魅了されているようには見えないけれど。

「大丈夫かな……」

『アリサ』

 ふいに頭の中に声が響いた。


(え……この声)

『久しいの』

「魔女……?」

(どうして……生まれ変わってからは一度も聞こえなかったのに)

『干渉し過ぎると悪い影響を与えるからの』

 心の声が聞こえたのか、魔女はそう言った。


「悪い影響……ヴェロニカ先輩の時みたいな?」

『そう。我らが接触する度に毒が溜まるようにその影響も強くなる。そうしてヴェロニカは心を壊した』

「……先輩は、何度か魔女の声を聞いているって。大丈夫なんですか」

『今のヴェロニカには時の魔女の加護があるからそう心配はいらぬが。だからかあの侍従にまで手を出しておるのが厄介ぞ』

「侍従って……エリアス先輩?」

『あの男もノクスが好む色彩と闇を持っているからの』


「エリアス先輩が……魔女に魅入られてしまうの?」

 さあっと血の気が引いた。

『あの男は心が強い。容易く落ちぬが厄介なことがある』

「厄介?」

『ノクスとあの男には共通の敵がおるからの』

 ため息と共に声はそう言った。




(前より踊りやすくなった気がするわ)

 カインと二曲目を踊りながらヴェロニカは思った。

 何度も踊るうちに、相手のクセや歩幅などを身体で覚えたのだろう。

 動きもスムーズで一つ一つの動作に無駄がなくなってきたようだった。


「キングにならなくて良かったな」

 視線を合わせるとカインは言った。

「え?」

「ああやって色んな奴と踊らないとならないんだろう?」

 カインが見た先へ視線を送ると、先刻見たのとは別の女生徒と踊るエリアスの姿が見えた。

「去年は逃れたが。二年連続は難しそうだ」

「ダンスは嫌い?」

「ああ、嫌いだな。できれば一生ヴェロニカ以外とは踊りたくない」

「まあ」

「――それに、勝ったらあいつに恨まれただろうからな」

 エリアスを見つめたままカインは言った。


「恨まれる? エリアスに?」

「絶対勝ちたかったんだろう」

「どうして?」

「そこまでは知らないが、一回目の気迫でそう感じたんだ」

 想い人が他の男と婚約した以上、社交の場でその婚約者を差し置いて最初にヴェロニカと踊れる機会はこれが最後だろう。

 だからエリアスは、キングになりたかった。

 それをヴェロニカに言うのははばかられるのでカインはそう答えた。

(それにおそらく、あの男も)

 カインは視線を二階の貴賓席へと送った。

 そこには無表情でイスに座るフィンセントの姿があった。

 彼は落馬時に打撲を負ったためダンスには参加しないという。

(キングとなり、ヴェロニカと踊るために二回とも必死だったんだろう)

 婚約後もフィンセントがヴェロニカに未練を残していることには気づいている。

 ヴェロニカはフィンセントの婚約者候補と思われないよう、意図的に距離を置いていたと聞いていた。


 カインは見ていなかったが、フィンセントが落馬する直前、突然馬が跳ね上がったという。

 おそらく馬と騎手との気持ちがかみ合っていなかったからだろうというのが騎士たちの見解だった。

(叶わぬ恋のためにそこまで気が急いていたか)

 愚かと思う反面、「奪った側」として少しばかり彼へ同情していることに気づきカインは驚いた。

 フィンセントや王族を憎み続けていた自分が、まさかこんな感情を抱くようになるとは。

「ヴェロニカのおかげだな」

「え?」

 小さくつぶやいたカインにヴェロニカは首を傾げた。

「ヴェロニカと婚約できて良かった。こうやって堂々と踊れるからな」

「……私も、カインと婚約して良かったわ」

 ヴェロニカは微笑んだ。



「部屋に戻る」

 そう告げてフィンセントは立ち上がった。

「お身体が痛みますか」

 控えていたディルクが尋ねた。

「それもあるが、ここで眺めるのもつまらぬ」

「痛みが残るなら医務室へ行かれますか」

「いや、そこまでではない」

 落馬した時の痛みはすぐに引いたはずだった。

 けれどパーティが始まり、しばらくするとまた痛み始めたのだ。

 耐えられないほどではないが、ズキズキとした鈍い痛みはあの時感じた恐怖と羞恥心を嫌でも思い出させた。


(気分が悪い)

 身体の痛みも不快感も、当然のようにヴェロニカの隣にいることのできるカインの姿も。

 一瞬こちらを見た、その眼差しの中に――哀れみの色が見えた、それも気に入らなかった。

(いっそ侮蔑された方がましか)

 相手を哀れむことができる、それは向こうに余裕があるということだ。


 未練がましいことは自分でもよく分かっている。

 もうどんなに望んでもヴェロニカは手に入らないと、それは自身が婚約破棄を告げた七年前に分かっていなければならなかった。

(私は愚かだ)

 婚約を破棄したその瞬間から相手に惹かれ、その相手に婚約者ができても想いを断ち切れない自分は。


「いっそ過去に戻れれば……」

「何か?」

 ぽつりとつぶやいたフィンセントに、ディルクが聞き返した。

「いや……やはり医務室で痛み止めをもらおう」

「そんなに痛みますか」

「痛み自体は大したことがないが、不快だ」

「かしこまりました」



(過去に戻れなくとも、道はあったのではないか)

 医務室へと向かいながらフィンセントは思った。

 入学してからしばらく、ヴェロニカとの関係は良好だった。

 それがいつからか、避けられるようになったのだ。


(そうだ、あの男だ)

 いつもヴェロニカの側で、影のように従っているエリアス。

 彼が自分をヴェロニカから遠ざけていたのだ。

 そうして距離ができた、その隙にカインがヴェロニカと親しくなり、二人は婚約までした。

 今回だって、エリアスが優勝しなければ二回目で落馬したとしても自分がキングとなり、ヴェロニカと踊れたのに。

(あの男が邪魔さえしなければ……いや、そもそもヴェロニカがあの男を助けなければ)

 誰も明言はしていないが、ヴェロニカが馬車の事故にあった時にエリアスもその場にいたことは調べがついている。

 執事の最高峰とされるボーハイツ家次期当主がヴェロニカの執事になるということは、その事故の時に二人の間に何かがあったに違いない。

 おそらく馬車に轢かれそうになったエリアスをヴェロニカが助けたのだろう。


 一番の原因は暴走した馬車だ。

 だが、その場にエリアスとヴェロニカが居合わせなければ、彼女は怪我をしなかった可能性が高い。

「……本当に、気分が悪い」

 起きてしまった因果と、変えられない過去。そしてあの男の行動が。


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