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52「本当に……時間が戻って良かった」

 馬術大会当日は快晴だった。

 午前は馬に慣れるための練習で、大会は午後から開かれる。

 全員が二回挑戦し、早い方の時間で順位を競うのだ。


「狐狩りが中止になったのは俺が原因だった」

 昼食を取りながらカインが言った。

「え?」

「来年俺が騎士団に入るから、施設を改修するよう公爵から圧がかかったそうだ」

「まあ、本当に?」

「練習の時に騎士たちから感謝されたよ。あの宿舎は老朽化が進んでいて不便だったからって」


「ふふ、良かったわね。喜んで貰えて」

 ヴェロニカは微笑んだ。

 前世と異なり狐狩りが中止となった理由が、公爵の親心だったとは。

(違うといえば……殿下も参加するのよね)

 前世では、フィンセントは公務のために欠席していたけれど、日程が変わったため今年は参加していて、今も女生徒たちに囲まれていた。



「公爵様って、カイン様のことを大事にしてるのね」

 ルイーザが言った。

「やり過ぎだな」

 カインはため息をついたが、その表情はまんざらでもなさそうだった。

(本当に……時間が戻って良かった)

 彼を犯罪者にしなくて済んだだけでなく、実の父親との関係も良好になることができた。

(しかも、そのカインと婚約するなんて……本当に、不思議だわ)

 前世と変わったとはいえ、想像もつかないことだった。


「カイン様は、優勝を狙っているの?」

 ヴェロニカが物思いに耽っていると、ルイーザがカインにたずねた。

「……そうだな。だが今回は馬との相性があまり良くないから難しいな」

「馬との相性?」

「去年優勝したから、ハンデで気難しい馬を与えられたんだ。乗りこなせれば速いが、油断すると落馬する可能性がある」


「落馬……」

 ヴェロニカは去年の狐狩りを思い出した。


 前世でフィンセントが落馬したことを思い出し――あの時聞いた、あれが「宵の魔女」の声だったのだろう。

(いいえ、前世だけじゃないわ)

 去年も確かに、魔女はフィンセントを落馬させようとしたのだ。

(つまり、今年もまた……誰かを落馬させようとする可能性がある?)

 そう思い至って背筋がぞっとした。

(今度は……カインを落馬させようとしたら……)


「ヴェロニカ」

 カインが声をかけた。

「どうした、顔色が悪い」

「いえ……」

「ヴェロニカ様は去年のことを思い出したのでしょう」

 エリアスが口を開いた。

「宿舎に到着後、お疲れから悪い夢を見られて具合が悪くなりましたので」

「悪い夢?」

「落雷により、王太子殿下が落馬される夢です」

 ヴェロニカへ視線を送りながらエリアスは答えた。


「あの時は馬車酔いもあってかなり酷かったものね」

 ルイーザも言った。

「……ええ」

 他の者たちには悪い夢を見たと思われているが、あれは夢ではなかった。

(でも、魔女のことなんて誰にも言えないし……)

 宵の魔女の手でこの国が一度燃えて、それをやり直すために時の魔女が時間を戻したことなど、言っても信じられないだろう。


「そうだったのか」

 ぽん、とカインはヴェロニカの頭に手を乗せた。

「今回は無理せず、落馬しないよう注意するから心配するな」

「……でも、優勝を狙うんじゃないの?」


「ヴェロニカを不安にさせないことの方が大事だからな」

 くしゃりとヴェロニカの頭を撫でながらカインは言った。

「騎士は『護る者』だ。優先すべきは勝ち負けじゃない。……公爵の言葉だ」

「……ありがとう」


「まーあ。優しい婚約者ね」

 口元に笑みを浮かべてルイーザが言った。

「カイン様は二年生になって変わったけれど、婚約してさらに雰囲気が変わったって評判よ」

「そうか?」

 カインはヴェロニカを見た。

「……雰囲気というか……」

 ヴェロニカの耳が少し赤くなった。

「カッコ良くなったと思うわ」

 父親と交流するようになり、過去の遺恨が解消されていっているからだろうか。

 以前の、少し影のあるような雰囲気は消え、今のカインは堂々として輝いているように見えた。


「あらまあ」

 ルイーザは笑みを深めると、わずかに眉根を寄せたエリアスをちらと見た。


 ヴェロニカは、エリアスのことは将来自分に仕える予定の、執事としてしか見ていない。

 彼から恋慕の情を抱かれていることなど全く気づいていないのだろう。

 それに、自分の心を伝えていないエリアスにも原因はある。

(――まあ、どうにもならないことを気にしても仕方ないのだけれど)

 それでも、目の前でエリアスの複雑そうな顔を見せられるのを気にしないのも難しいと思いながら、ルイーザは食後のお茶を飲み終えた。



「でも……ハンデとはいえ、落馬するかもしれないような危険な馬に乗らないといけないの?」

 ヴェロニカはカインに尋ねた。

「今年は一、二年合同だから馬が足りないというのもあるんだ」

 心配そうなヴェロニカを見てカインは答えた。


「狐狩りが中止になったのは俺が理由でもあるから、俺が乗らないと悪いだろう」

「……そうなのね」

 確かに、自分が同じ立場ならその馬に乗るだろう。

 そう納得してヴェロニカは頷いた。



 昼食を終え、カインとエリアスは大会の準備があると先に食堂から出て行った。

「始まるまでどうする?」

 食器を片付けながらルイーザが尋ねた。

「そうねえ、まだ時間はあるのよね……」

「ルイーザ!」

 ダンスサロンのメンバーが駆け寄ってきた。

「先生が、パーティの打ち合わせをしたいからきて欲しいって」

「分かったわ」

 ルイーザはヴェロニカを見た。

「ごめん、行かなくちゃ」

「ええ、また皆で踊るのでしょう?」

 夏休み前のパーティで披露した、ダンスサロンによる集団演技の評判が良かったので、今夜のパーティでも踊ることになったと聞いていた。

「ええ、今回は衣装も揃えたのよ」

「気合いが入っているのね」

「まあね。じゃあ行ってくるわね」

「ええ」


 ルイーザを見送ると、ヴェロニカも食堂を出た。

(さて、どこで時間を潰そうかしら)

 少し考えて、ヴェロニカは花壇へ行くことにした。

 今日明日はサロンが休みのため、様子を見ておこうと思ったのだ。



 花壇へ行き、一通り植物の様子を確認すると、ヴェロニカは近くにあるベンチへ腰を下ろした。

(カインは大丈夫かしら)

 本人は無理をしないと言っていたが、それでも気難しい馬で障害を越えるには、かなりの技術と集中力が必要だ。

 少しでも油断したり、馬が驚くようなことがあれば事故が起こる可能性があるだろう。


(騎士になれば……もっと危険なことが起きることもあるのよね)

 騎士は護る者だとカインは言っていた。

 その、何かを護るために自身を危険に晒すこともあるだろう。


 騎士になることがカインの目標ならば、ヴェロニカもそれを応援する。

 けれどその一方で、万一のことを考えてしまい、怖いとも思うのだ。

 騎士はカインだけではないし、大切で必要な役目だと、分かってはいる。

(でも……もしも騎士にならなくても済むのなら……)


『ならば我が手助けしてやろう』

 ヴェロニカの頭の中で声が響いた。

(この声は……)

『馬から落ち怪我をすれば騎士になどなれぬぞ』

「……やめて」

『騎士になれば死ぬこともあろう。足を折り腕を折れば――』

「やめて!」

 ヴェロニカは叫んだ。


『騎士にさせたくないと、そなたは望むのであろう』

「……いいえ、望まないわ」

 カインが騎士となることに不安があるのは事実だ。

 けれど、彼の望みをヴェロニカが否定することはしてはならない。

「私が望むのは……カインが自分の夢を叶えることだわ」


『――おぬしといいあの男といい、頑固よの』

 耳元でため息が聞こえた気がした。

『我の力が欲しくばいつでも呼ぶといい』

「いらないわそんなもの!」

 もう一度ヴェロニカは叫んだ。



「先輩?」

 声が聞こえてはっとして振り返ると、アリサが立っていた。

「あ……」

「どうかしたんですか? 顔色が悪いですけど……」

 心配そうに、アリサはヴェロニカの前まできた。


「――今、魔女の声が聞こえたの」

「え」

「カインを……落馬させようと」

「落馬!?」

 ヴェロニカはアリサに、魔女の言葉を伝えた。

 今言われたこと、そしてこれまで何度か聞こえた言葉を。


「……宵の魔女はまだヴェロニカ先輩を狙っているんですか」

 アリサは息を吐いた。

「そうみたい……」


「私は、生まれ変わってから一度も魔女の声を聞いていないんですよ」

 アリサは言った。

「そうなの? ……私、大丈夫かしら」

 ヴェロニカは視線を落とした。

 このまま、宵の魔女の声を聞き続けていたら……いつかその誘惑に負けてしまうかもしれない。

 前世の時のように。


「大丈夫です」

 アリサは答えた。

「何度も拒否できているんだし、それに今、先輩は婚約者さんと両思いなんですよね」

「両思い……」

 ヴェロニカの顔が赤くなったのを見てアリサは微笑んだ。

「ふふ、あのカインって人、前世はすごく暗くて怖くて。そんな人を変えたんですから、先輩は大丈夫です」

「……ありがとう」


「んーでも、少し引っかかることがあるんですよね」

 アリサは首を傾げた。

「え?」

「魔女は『おぬしといいあの男といい』って言ったんですよね。あの男って、誰でしょう」

「あ……」

 ヴェロニカも魔女の言葉を思い浮かべた。

「あれって……私以外にも魔女が話しかけた人がいるということ?」

 ヴェロニカはアリサと顔を見合わせた。


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