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50「これは一体……何が起こっているのだ」

「とてもお綺麗ですわ」

「さすが魔女の加護を受けられたアリサ様ですわね」

 誉めそやす侍女たちの声を聞きながら、鏡に映る自分の姿を見つめてアリサは内心ため息をついた。

 豪華なドレスも宝石も、自分には重すぎる。

 そして今日、これから与えられる、王太子の婚約者という肩書きも。


(何で……こんなことになっちゃったんだろう)

 確かに、真っ赤な髪色は珍しいが、母親もここまで鮮やかではないけれど赤い色だ。

 試験では満点を取れたけれど、上級生にも満点はいるし、ダンスだって他に上手な人はいる。

 それなのに自分が「魔女の加護を受けている」と言われるようになるなんて。


 田舎の小さな男爵家の娘である自分が、訳も分からず持てはやされて。

 やがて王太子フィンセントに声をかけられ、言葉を交わすようになっていったが、それが悲劇の始まりだった。

 フィンセントを恨むカイン・クラーセンにアリサが襲われそうになり、それを庇ったエリアスが刺され、命を落としたのだ。


(エリアス先輩……)

 腕が不自由で家を継ぐことができないという境遇ながらも、アリサにいつも親切にしてくれたエリアス。

 その彼が、自分のせいで死んでしまうなんて。

(先輩と……関わらなければ良かったのかな)

 何度も後悔した。

 エリアスのことを思い出し、彼の笑顔や優しさを脳裏に浮かべるごとに……自分の気持ちに気づいていくのを感じていた。

(今さら、もう遅いのに)

 エリアスはもういないし、自分も王太子と婚約する。

 過去は変えられないのだ。



 アリサを襲ったのはカインだけではなかった。

 フィンセントの婚約者であるヴェロニカもまた、自分の婚約者が目をかけるアリサに憎しみを抱き続けてきた。

 そうして一年前の花祭りの日にアリサを殺そうとしたのだ。


 捕えられたヴェロニカは精神を病んだとされ、療養院へ送られた。

 フィンセントとの婚約は当然破棄され、代わりの婚約者を決めなければならなくなり、その候補にアリサが上がった。


 本来ならば男爵家の娘が王太子妃になど、なれるはずがない。

 けれど「暁の魔女の加護を受けている」アリサはむしろ妃となるのに相応しいとされた。


 アリサはそれを拒んだ。

 自覚は全くなかったし、妃が務まるとも思えなかった。

 それでもフィンセントや周囲の説得に押し切られるような形で、学校卒業後の今日、婚約することになったのだ。


(本当に……私は特別なんかじゃないのに)

「支度が終わりました」

 侍女が声をかけた。

「……ありがとうございます」

 飾り立てられた自分の姿が、まるで見知らぬ他人のように見えた。



「王太子殿下のお越しです」

 ドアが開かれるとフィンセントが入ってきた。

「ああ、綺麗だな」

 フィンセントはアリサを見て目を細めた。


 正直、アリサはフィンセントが苦手だった。

 自信家で冷酷なフィンセントだったが、アリサにだけは優しいと評判だった。

 確かにフィンセントは優しいし、最初のころはその自分へ向けられる優しさがうれしかった。

 けれどフィンセントが卒業してアリサが婚約者候補となると、彼の強引さや優しさの裏にある怖さが時折透けて見えるようになり、苦手意識を抱くようになったのだ。


「行こうか」

 フィンセントが手を差し出した。

「……はい」

 その手にアリサが手を重ねると、二人は控え室を出た。


「王太子殿下、アリサ様。ご婚約おめでとうございます」

「おめでとうございます」

 婚約式が開かれる謁見の間へ向かっている間、多くの人々から祝福の声がかけられた。

(おめでたい……のかな)

 好きではない人と結婚して、やがて王太子妃や王妃となることは。


 心の中の不安が消えないまま、アリサは謁見の間へと入った。



 大臣や騎士たちが居並ぶ中、玉座では国王と王妃が二人を待っていた。

「王太子フィンセント。アリサ・ベイエルス嬢」

 前に立ち、膝を折る二人に国王は声をかけた。

「この国の未来は二人にかかっている。力を合わせて互いに支えあい、良き夫婦となるが良い」

「はい」

「……精一杯努めます」

(夫婦……)

 その言葉に、アリサの胸に再び不安な気持ちが湧き上がった。

 自分は本当にフィンセントと結婚して、この先何十年も共に過ごせるのだろうか。

(……本当に、どうしてこんなことになったんだろう)

 自分は、平凡な人間のはずなのに。


「宣誓書へ署名を」

 大臣の声に、フィンセントがその元へと向かった。

「しかしめでたいですな。魔女の加護を受けた者が王太子殿下の婚約者になられるとは」

 フィンセントが署名するのを見守りながら大臣は言った。


(加護……)

 本当に、自分には魔女の加護があるのだろうか。

 ただ髪が赤くて、少しばかり成績が良いだけなのに。

「アリサ様」

 大臣に促され、アリサもその元へ向かうとペンを手に取った。

 いずれにしても、もう戻れない――。


 ドォン、と大きな音が鳴り響いた。


「何だ!」

「雷か⁉︎」

 謁見の間は騒然となった。


「陛下!」

 扉が開かれると同時に騎士が飛び込んできた。

「大変です! 王都が……」

「どうした」

「火の海に包まれています……!」

「何だと」

 国王は目を見開き玉座から立ち上がった。



 バルコニーへ出ると、その目の前に広がった光景にアリサは息を呑んだ。


 街中が炎に包まれていた。

 熱と嫌な臭いが風に乗ってこちらへと向かってくる。

「これは一体……何が起こっているのだ」

 信じられないという表情でフィンセントが呟くと、傍の騎士を振り返った。

「襲撃か」

「分かりません」

「炎はここから見えるほぼ全域に広がっています」

「同時に一斉に火が上がったと報告が……」

「同時だと?」

「一体何が……」

 皆が混乱するのをアリサは呆然と見守ることしかできなった。


「火の手がここまで来るぞ!」

 誰かが叫んだ。

「陛下方を避難させろ」

「地下へ!」

「アリサ!」

 フィンセントがアリサの腕を取った。

「中へ入るんだ。地下に避難場所がある」

「は、はい」

 強く腕を引かれて足元がもつれる。

 転びそうになった瞬間、目の前が真っ赤に染まった。


 怒号と悲鳴と。

 大きな音が聞こえて――ふいに静かになった。



 気がつくとアリサは真っ白な空間にいた。


「え? ここは……?」

『時の狭間よ』

 女性の声が響いた。

「時の……狭間?」

『そう、ここにいればあなたの時間は止まったまま。でも出れば時間が流れ出して、あなたは死んでしまうの』


「死……?」

『あなた以外の全員は炎に焼かれて死んでしまったわ』

 何かに殴られたように、アリサの頭の中が真っ白になった。

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