49「先輩は何も悪くありません」
「今年の狐狩りは中止になった」
担任の言葉にクラスがざわついた。
「騎士団の施設が改修工事で使えなくなり、代わりに学校で一、二年生合同の馬術競技会を開くことになった。翌日は女子が主催のティーパーティーを開く。詳細はそれぞれの授業で聞くように」
生徒たちを見渡して担任はそう言った。
「残念ね。外泊できるのが楽しみだったのに」
隣の席のルイーザが言った。
「そうね」
(前世ではそんなことなかったのに……)
内心首を傾げながらヴェロニカはルイーザに同意するようにうなずいた。
あの時はヴェロニカは参加しなかったが、確かに狐狩りは行われたはずだ。
「今回のティーパーティーは女子が主催で男子が客役となります」
お茶の授業で教師が言った。
「去年のように当日お菓子を作ることはありませんが、学園のシェフと相談してメニューを決めてもらいます」
最初にティーパーティーのテーマを決め、それに合わせて菓子のメニューや、食器やお茶の種類も選ぶと教師は説明した。
「一年生と合同なので、今回テーマとメニューを選ぶのは二年生、当日お茶を淹れるのは一年生が担当します」
「私たちは当日何をするのですか」
一人が手を上げて質問した。
「一年生のフォローと、客のおもてなしです。皆が心地良く過ごせるよう、気配りすることが主催として大切ですからね」
生徒たちを見渡して教師は答えた。
三つの班に分かれてテーマを話し合い、他の班と被らないよう調整した結果、ヴェロニカとルイーザの班は「バラ」となった。
他の班は「青」と「秋」だという。
「バラの描かれた食器にバラを飾るのだとくどいかしら」
「そうねえ」
「じゃあ食器を花瓶に、料理やお茶をバラに見立てるのは?」
「いいわね!」
「それにしましょう」
メンバー四人で方向性を決めたところでこの日の授業は終わりとなった。
「それはいいアイデアだと思います」
ヴェロニカから話を聞いてエリアスは微笑んだ。
「食器は白一色などシンプルにして、テーブル全体の調和を意識するとよろしいかと」
「分かったわ」
「男子の馬術競技会って、何をするの?」
ルイーザが尋ねた。
「コースに置かれた障害物を順番に越えながら時間を競います。障害物を落としたり、馬が立ち止まってしまうと減点になりますね」
「難しそうね」
「そうですね、繊細な技術が必要です」
「エリアスはそういうの得意そうね」
ヴェロニカは言った。
「そうですか?」
「ええ。器用だし周囲の状況をよく見ているのでしょう」
「じゃあキングを狙えるんじゃないかしら」
ルイーザも言った。
狐狩りは中止になったが、夜のパーティーは開催されるという。
「もしもキングになったら、ヴェロニカをクイーンに選ぶの?」
「……そうですね」
エリアスはヴェロニカを見た。
「もしも私がキングになったら、クイーンになってくださいますか」
「ええ、いいわよ」
ヴェロニカは即答した。
「では、頑張らないとなりませんね」
真顔になってエリアスはそう言った。
*****
十月。試験が行われその結果が張り出された。
「あ」
掲示を見てヴェロニカは思わず声を上げた。
満点組の中に自分の名前もあったのだ。
「ヴェロニカ、すごいじゃない!」
ルイーザがヴェロニカの肩を抱いた。
「ありがとう。ルイーザも点数が上がったわね」
「ふふ、頑張ったもの」
リックとの婚約が決まり、未来の商会長夫人になるからと、ルイーザは勉強に力を入れていた。
特に苦手な数学は、かなり点数が増えていた。
「ヴェロニカ様。おめでとうございます」
エリアスがやってきた。
「ありがとう。エリアスもまた満点ね、すごいわ」
「恐縮でございます」
「……そういえば、殿下は満点じゃないのね」
掲示を見ながらルイーザが言った。
ヴェロニカも見ると、確かにフィンセントはマイナス三点だった。
「……具合が悪かったのかしら」
「ずっと満点なのがおかしいと思うわよ」
ヴェロニカが呟くと、エリアスを横目で見ながらルイーザが答えた。
「確かに、そうね」
前世でも、満点だったのはディルクだけだったとヴェロニカは思い出した。
「先輩!」
聞き覚えのある声が聞こえて、振り返るとマリアとイヴリンが立っていた。
「わあ、ヴェロニカ先輩とエリアス先輩満点なんですね!」
「すごーい!」
掲示を見上げて二人は声を上げた。
「二人はどうだったの?」
「まあ、それなりです」
「でもアリサが満点でした!」
「一年生は一人だけだったんです」
「まあ、そうなの」
前世でも、アリサは試験で満点を取り、それを見たフィンセントに褒められてヴェロニカは激しく嫉妬したのだ。
フィンセントだけでなく、周囲からの評価も更に上がり、余計に苛立ったのをヴェロニカは思い出した。
*****
試験結果が出た翌週。
サロンの時間、花壇の片隅でアリサは草むしりをしていた。
時折その手がとまり、口からため息がもれる。
「アリサ、どうかしたの?」
気づいたヴェロニカが声をかけた。
「具合が悪いの?」
「あ……いえ」
アリサは首を振るともう一度ため息をついた。
「何かあったの?」
ヴェロニカはアリサの隣に屈んだ。
「……最近、クラスの居心地が悪いんです」
「まあ、どうして?」
「試験で満点を取ったせいで、注目を集めて……それで……」
アリサは自分の髪へと視線を送った。
「この髪色のおかげだって言われるようになりまして……」
「髪色?」
「赤い髪は、きっと『暁の魔女』の加護を受けていて、成績がいいのもそのおかげだと……」
(魔女の加護)
ヴェロニカの心がざわりとした。
前世でもアリサはそう言われて、学校中でもてはやされていた。
「加護って……それは、いいことじゃないのかしら」
そのおかげで皆に好意的に扱われていたのだから。
「いいことじゃありません」
アリサは強く首を振った。
「特別扱いされて、持て囃されて……もう、あんなことにはなりたくない」
「あんなこと?」
「せっかく今度は大丈夫だと思ったのに、まさかまた言われるようになるなんて……。絶対あの時の二の舞にはなりたくない」
苛立ったようにそう言って、アリサはヴェロニカを見た。
「ヴェロニカ先輩も嫌ですよね。あんなことを繰り返すのは」
「え……?」
(繰り返す……?)
アリサの言い方は、まるで彼女も「前世」を知っているような……。
ドクン、とヴェロニカの心臓が大きく震えた。
「先輩。今夜……お部屋にうかがってもいいでしょうか」
顔色の変わったヴェロニカを見つめてアリサはそう尋ねた。
(どうしよう……)
夕食後、自室に戻るとヴェロニカは落ち着かなくて部屋の中をうろうろと歩き回った。
(アリサにも……やっぱり前世の記憶があったの?)
自分以外にも記憶があるということは、ありえないことではない。
けれど今まで、それを思わせる者は誰もいなかった。
(でもどうしてアリサが、だって彼女は殿下と……婚約するって)
自分のように、死ぬはずがないのに。
(……でも、私が私に戻ったということは……他の人たちも同じように時間が戻ったということ……なのよね)
彼らも同じように、死ぬことなく時間だけ戻ったということなのだろうか。
(何で……どうして。そもそも時間が戻るってどういうこと……?)
混乱していると、ドアをノックする音が聞こえてヴェロニカははっとした。
「……はい」
「アリサです」
ドアの向こうから聞こえてきた声に、ヴェロニカは一度大きく息を吐くとドアを開いた。
「失礼します」
部屋に入るとアリサは室内を見渡した。
「懐かしいです」
「え?」
「この部屋、二年の時に私が使っていたんです。……前世っていうんですかね」
ヴェロニカと視線を合わせてアリサは言った。
「あ……ええと……」
視線を泳がせて言いよどむと、ヴェロニカはアリサに頭を下げた。
「あの……ごめんなさい。私、あなたに……」
「先輩は何も悪くありません」
アリサは両手でヴェロニカの手を握りしめた。
「でも……」
「先輩は、宵の魔女に魅入られていたんです」
「……え?」
ヴェロニカは顔を上げた。
「魔女に……魅入られていた?」
「宵の魔女は執着心が強いんです。その影響を受けて先輩もおかしくなってしまったんです」
「え……どうしてそんなことを知っているの?」
「聞いたんです。先輩が亡くなった翌日、国が燃えて滅んだ時に」
「え」
アリサの言葉にヴェロニカは目を見開いた。
「国が……滅んだ?」
「はい。この国は全て燃えてしまったんです。……ヴェロニカ先輩が殺されたことに怒り狂った宵の魔女のせいで」
ヴェロニカを見つめてアリサはそう告げた。




