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44「……では、このお話をお受けになるのですか」

 夏休みに入った。

 ヴェロニカは今年も王都の屋敷に帰り、花壇の管理をしに定期的に学校に通っていた。

 夏休み中は領地に帰らないメンバーが交代で水やりや除草などの作業を行う。

 学校の花壇を管理する庭師に見てもらえるのだが、なるべく自分たちで世話したいのだ。


 この日、当番だったヴェロニカはエリアスと共に作業を終えると学校の図書館へ向かった。

 借りていた本を返却し、新しい本を探しに書架へ向かう。


「詩篇ですか。珍しいですね」

 ヴェロニカが詩集の並んだ棚の前で本を探しているのを見てエリアスが言った。

「ええ、読んでみようかと思って」

 小説はよく読んでいたけれど、詩集は授業以外で読んだことがなかった。

 けれどパーティーでカインに書いてみたらと言われたので、まずは詩を読んでみようと思ったのだ。

(でもどれを読めばいいんだろう……。カインにおすすめを聞いておけばよかったわ)

 迷いながら、ヴェロニカは装丁に惹かれた本を二冊手に取った。


 本を借りに受付に行こうとすると、テーブル席で本を読んでいるアリサの姿が見えた。

 アリサは領地に帰らず、夏休み中も寮で過ごすと聞いていた。

 気配に気づいたアリサが顔を上げた。

「先輩。こんにちは」

「こんにちは。調べ物?」

 テーブルに広げた本とノートを見てヴェロニカは尋ねた。

「はい……魔女について調べようと思って」

「魔女?」

「はい、魔女です」


「……魔女の、何を調べているの?」

「時の魔女は時間を戻すことができるのか、ですね」

 アリサはそう答えた。


「時間を戻す……?」

「時の魔女は天候を司り、大地に実りを与える役割があるというのは知られているのですが……」

 本をパラパラとめくりながらアリサは答えた。

「時の魔女と呼ばれるのだから、時間を操ることもできると思うんですよね」

 アリサはヴェロニカを見上げた。

「先輩はどう思います?」


「――そう、ね……」

 まっすぐな視線に、動揺するのを悟られないようヴェロニカはゆっくりと口を開いた。

「でも……時間を戻すことができたとして……それが、どうやって分かるのかしら」

「そうなんですよね、時間が戻ったら、戻る前のことはなかったことになるでしょうし……。でも、痕跡があるかもしれないかなと」

「痕跡?」

「たとえば、戻る前のことを覚えている人がいるとか」

「……そんな人がいるの?」

「それを調べようと思ったんですけど。魔女に関する本が少ないんですよね……」

 アリサは本に視線を戻しながらそう言った。



(うーん……知ってそうな感じだけど)

 図書館から出ていくヴェロニカたちの後ろ姿を見つめながらアリサは思った。

(確証が持てないと聞けないよね)

 この世界が一度巻き戻っているなど、言ったところで誰も信じないだろう。

 アリサ自身、以前起きたあれは夢ではなかったのかと疑うこともある。

(もうヴェロニカ先輩は以前の先輩と違うのだし……それに先輩が前世を覚えていたとしても『死んだあと』のことは知らないだろうけど)

 それでも、この国に起きたあの悲劇は、自分一人の心の中にしまっておくにしては大きすぎるのだ。


  *****


(どうして……アリサはあんなことを調べているのかしら)

 帰りの馬車に揺られながらヴェロニカは思った。

 時の魔女のこと、時間を戻せるかもしれないということ……そして、そのことを覚えている者がいるかもしれない、と。


『ホーラよ、この乱れた王国の時を戻せるか』

『それくらい簡単よ。ほんのわずか、糸を巻き戻すだけだもの』


 ヴェロニカは星祭りの夜に聞いた声を思い出した。あれがもしも魔女の声だとしたら。

(ホーラというのが……魔女の名前?)

 アリサの言っていたように、時の魔女ならば時間を巻き戻せるのかもしれない。

(でも、何のために?)

 それにどうして自分だけ、前の記憶があるのだろう。

(……私だけ? 本当に……私以外にはいない?)

 ヴェロニカはふと気づいた。

 自分以外に前世の記憶がある者がいても、おかしくはないことに。


(まさか……アリサも?)

 時の魔女によって時間が巻き戻るかもしれないことを調べていたアリサ。

 どうしてそんなことを調べるのか不思議だったけれど……もしも彼女も、前世の記憶があるのだとしたら。

 そこまで思い至ると馬車が止まる気配を感じた。


「到着いたしました」

 エリアスが口を開いた。

 外からドアが開くと、まずエリアスが降り、ヴェロニカが降りるのを手伝う。

「それではヴェロニカ様、私はこれで」

「ええ、ありがとう」

「エリアス殿」

 帰ろうとしたエリアスを、出迎えた執事が呼び止めた。

「旦那様がお呼びです」

「……旦那様が?」

「はい。お嬢様と共にお話があるそうです」


「話?」

 ヴェロニカとエリアスは顔を見合わせた。



「おかえり」

 執務室へ行くと両親が待っていた。

「ただ今帰りました……」

「座りなさい」

 二人揃って、話とは何だろう。

 いぶかしがりながらヴェロニカは父親と向かい合うようにソファに腰を下ろした。


「ボスハールト公爵家から使いがきた」

 侯爵が机に置かれた手紙を手にして言った。

「公爵家……?」

「カイン・クラーセンというのは級友だね」

「……はい」

「彼が、公爵の私生児ということは知っているかい」

「本人から聞いています」

「そうか。それでだ」

 侯爵は封筒から書簡を取り出すとそれを広げた。

「そのカイン・クラーセンとヴェロニカを婚約させたいという打診がきたんだ」


「え」

 ヴェロニカとエリアスは同時に声を上げた。

「……婚約の……打診?」

「息子にはつらい思いをさせ続けてきたから、少しでも多くのものを与えてやりたいそうだ。彼はヴェロニカとの結婚を望んでいるから叶えてやりたいと」

 侯爵は手紙をヴェロニカの前に差し出した。


「カイン・クラーセンがお前と結婚したいと思っていることは知っていたかい」

「……はい……何度か言われました」

「まあ、ヴェロニカ」

 夫人が口を開いた。

「あなた、そういうことは教えてくれないと」

「え?」

「あなたの婚約者をどうするか考えていたのよ。そういうお相手がいると、どうして言ってくれなかったの」

「え、そういうお相手って……カインとはそういう訳では……」

「でもその方が公爵様の隠し子だと、本人から聞かされるような仲なのでしょう」

 ヴェロニカを見つめて夫人は言った。

「おしどり夫婦で有名な公爵様に隠し子だなんて、誰も知らないことよ。そんな秘密を教えるのは特別な相手だけでしょう?」

「それは……」

「それで、ヴェロニカはその方をどう思っているのかしら」


「え、どうって……」

 口ごもったヴェロニカの耳が赤くなった。


「あら、まあ」

 娘の様子に夫人は微笑んだ。

「悪くないお話みたいね」

「エリアス」

 顔まで赤くなったヴェロニカの様子を、じっと見つめていたエリアスに侯爵が声をかけた。

「君の目から見て、カイン・クラーセンとはどういう人物だね」


「――クラーセン様は」

 しばらく沈黙してエリアスは口を開いた。

「文武に優れ、目標に向かって真摯に努力なさる方です」

「ヴェロニカの相手として相応しいかね」

「……ヴェロニカ様とは気が合うようですし、問題はないかと」


「そうか。近くで見ている君が言うのだから間違いないのだろう」

 侯爵は笑みを浮かべた。

「……では、このお話をお受けになるのですか」

 エリアスは尋ねた。

「使いにはヴェロニカ本人の意向を聞いて返事をすると伝えたが、公爵家からの申し出を断ることは難しいからな」

 侯爵はそう答えた。

「……さようでございますか」

 わずかに顔をこわばらせてエリアスは言った。

「ヴェロニカの幸せを優先して相手を選んでやりたいと思っている。カイン・クラーセンが相応しく、ヴェロニカが彼を望むならば喜んで受けるつもりだ」

 ヴェロニカとエリアスを見て侯爵は言った。



「びっくりしたわ」

 廊下に出ると、ヴェロニカはほうと息を吐いた。

「まさか公爵家から婚約のお話がくるなんて。……でも、カインはこのことを知っているのかしら。お父様にお願いするようにも思えないし」

 ヴェロニカは首をかしげた。


 公爵家から打診があったということは、カインは公爵家の一員だと示しているようなものだ。

 カインは父親に心を開いていなかったし、公爵家と距離を置きたがっているように見えた。

 それとも、夏休みに公爵家に行くと言っていたからそういう話し合いがあったのかもしれない。

「明後日会うから、その時に聞いてみようかしら」


「――ヴェロニカ様は、クラーセン様のことが……お好きなのですか」

 エリアスは尋ねた。

「……そうね、好きよ」

 ヴェロニカは顔を包み込むように両頬に手をあてた。

「一緒にいるのは楽しいわ。この『好き』が友人としてなのか……違う好きなのか、分からないけれど……」

 ヴェロニカはエリアスを見上げた。

「カインとなら婚約してもいいと思うの」


「……そう、ですか」

「一緒にいて気が楽でいられるのって、大切だと思うの。……昔、殿下と婚約していた時は大変だったから」

 あの頃は毎日必死で分からなかったけれど。

 冷酷で自他に厳しかったフィンセントの婚約者であることは、とても苦しくて緊張する日々だったと今なら分かる。

「それに、カインだったら……私の醜い部分も受け入れてくれると思ったの」

 嫉妬にまみれた前世の自分が怖くて、婚約のことはずっと逃げていたけれど。

 前世で自分と同じような罪を犯したカインならば、自分の不安や嫉妬心を受け止めて、一緒に向き合ってくれるかもしれない。

 そうヴェロニカは思ったのだ。


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