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40「期待してもいいってことか?」

 夏休み前のダンスパーティが近づくにつれ、生徒たちの間ではそわそわするような落ち着かない空気が広がっていた。

 意中の相手をダンスに誘う者、期待する者、誘う勇気のない者。

 学校内のあちこちで駆け引きが行われている。

 一番の注目はやはり王太子フィンセントが誰を相手に選ぶかだが、今のところ彼は誰とも約束をしていないようだった。



「私はダンスサロンのメンバーたちと踊り倒す予定なの」

 ダンス練習の休憩中にルイーザが言った。

「踊り倒す……?」

「去年、最後にヴェロニカと殿下が踊ったでしょう」

「……ええ」

「あの曲をあれ以上上手く踊らないとサロンの体面に関わるもの。だから必死に練習したのよ」

「でも、またあの曲がかかるかは分からないでしょう」

「曲は毎年同じなんですって」

「まあ。そうだったの」


「じゃあヴェロニカ。最後の曲は俺と踊ってくれるか」

 隣で会話を聞いていたカインが口を開いた。

「カインと? いいけど……」

「約束な」

 手を差し出してきたので、ヴェロニカが手を出すとカインにぎゅっと握りしめられた。


「しれっとダンスの約束を取り付けたわね」

 ルイーザはつぶやいた。

 ヴェロニカとダンスを踊りたい男子は大勢いるのだが、彼女の交流範囲はかなり狭いのと、常にエリアスが側に張り付いているため声を掛けることすら難しいのだ。

(それがカイン様は、いつの間にか当たり前のように二人といるのよね)

 一年の時はクラスで浮いていて、誰とも馴染もうとしていなかったというカインは、今もヴェロニカたち以外の級友と交流こそないが、その表情は穏やかで笑顔もよく見せている。

 それでも簡単に他人を近寄らせないその雰囲気は、どこか高貴さを感じさせる――不思議な人物だ。


「他はダンスの約束している者はいるのか?」

 カインはヴェロニカに尋ねた。

「いいえ。また園芸サロンの皆で踊るのかしら?」

 ヴェロニカはエリアスを見た。

「……どうでしょう」

「去年は楽しかったから、サロンに行ったら聞いてみようかしら」

 笑顔でそう言うヴェロニカを、エリアスは少し暗い顔で見つめていた。



「今年のダンスパーティも、皆で交代に踊ろうと思ってるんだけど」

 放課後、サロンへ行くと会長のルートが言った。

「皆で、ですか?」

「楽しそうですね」

「去年、それぞれ踊ったのよね」

 カローラがそう言ってヴェロニカを見た。

「楽しかったわよね」

「ええ」

「踊りたいです!」

 イヴリンが手を挙げて言った。

「まだ誰とも踊る約束をしていなかったので……どうしようって思っていたんです」

 パーティでダンスを踊る相手がいないことは、恥ずかしいこととされている。

 だから相手探しをしなければならないのだが、特に女子は自分から申し込むのが恥ずかしいなど難しいのだ。

 他の一年生も、男女ともに同意するようにうなずいた。


「じゃあ決まりだね」

 ルートが言った。

「あ、そうだわ。みんなでお揃いの花飾りをつけるのは?」

「花飾り?」

 カローラの言葉に皆は首をかしげた。

「花壇で育てた花を、男子はブローチにして胸に、女子は髪に飾るの。当日作れば夜まで持つと思うわ」

「いいですね」

「面白そう!」

「園芸サロンらしくていいわね」

 ヴェロニカも笑顔で答えて、ふとアリサの表情が暗いのに気づいた。


「アリサは、皆で踊るのは嫌?」

 やはり気づいたカローラがそう声をかけると、アリサは慌てて首を横に振った。

「いえ、違います。……その、ダンスは少し苦手で……」

「まあそうなの?」


(苦手? アリサのダンスは見事だって評判だったはずだけれど)

 ヴェロニカは意外に思った。

 前世の時、それまでも、アリサはその赤い髪色がアウロラの花と同じ色だと噂になっていた。

 そうしてパーティで踊るアリサの、ダンスの見事さとその美しさに、暁の魔女の加護を得ているのではないかとささやかれて、以来アリサは学校中で話題になるようになった。

 多くの者たちがアリサに魅せられ――その中にはフィンセントも入っていた。


「私も得意ではないけれど、でもサロンの皆で踊るのは楽しいわよ。ねえヴェロニカ」

「……ええ。学生だけだから失敗してもいいくらいの気持ちで踊ればいいと思うわ」

 カローラに聞かれ、ヴェロニカは答えた。

「そうよ、社交界に出る練習だもの」

「……そうですね」

 アリサはその顔に笑みを浮かべた。


「それにしても、去年ヴェロニカが王太子殿下と踊ったダンスはすごかったわね」

 カローラの言葉に二年生たちはうなずきあった。

「あれは確かにすごかった」

「あんな難しいステップを間違わずに、息もぴったりだったもの」

「王太子殿下とですか!?」

 イヴリンが目を輝かせた。

「……昔、婚約していた時に練習したから」

 実際あの曲を練習したのは前世の時だったが、説明できないのでヴェロニカはそう答えた。


「でも婚約していたのって何年も前ですよね」

「それなのに踊れるなんて凄いです」

「……今年も王太子殿下と踊るのですか?」

 アリサが尋ねた。

「いいえ、今年は踊らないわ」

 婚約者候補と思われないためにも、今年はフィンセントから誘われても断るつもりだ。

 ヴェロニカは即答した。


  *****


「そのドレス、とても素敵ね」

 着替え終えたルイーザを見てヴェロニカは言った。

 黄色いドレスの裾は下に向かってドレープを描きながら大きく広がっている。

 途中で布を出しているから腰の辺りはタイトで、スタイルを良く見せてくれる個性的なデザインだ。


「……これはリック様が贈ってくれたの」

 ドレスに視線を落としてルイーザは答えた。

「ダンスの時に映えるデザインなんですって」

「ルイーザの好みを考えて作ってくれたのね。とても似合っているわ」

「ありがとう」

 ルイーザは照れたように微笑んだ。

「ヴェロニカのドレスも素敵ね。その髪飾りもかわいいわ」

「この髪飾りはサロンの皆で作ったの。お揃いにしようって」

 髪飾りは白い花をいくつかまとめて、それぞれのドレスに合うような色のリボンを絡めた。

 ヴェロニカは自分で刺繍したリボンを使った。今回のドレスは黄緑色なので、緑地に小花を刺繍したものだ。


「そうなの。園芸サロンってホント仲がいいわよね」

「ええ」

「政治サロンなんてギスギスしているらしいわよ、殿下を巡って対立があるとかで」

「そうなの……大変ね」

「今日のパーティもきっと争奪戦ね。ヴェロニカは殿下に何か言われていないの?」

「いいえ。そういえば最近会話もしていないもの」

 前からヴェロニカから話しかけることはなかったが、それにしても全く言葉を交わしていないなとヴェロニカは気づいた。


「ああ、エリアス様がブロックしているせいね……」

「エリアスが?」

 以前は、フィンセントが話しかけてくる時は、エリアスは一歩下がって控えていたのに。

(もしかして……私が婚約者にならないと言ったから、気を遣ってくれているのかしら)

 化粧を施されていく鏡に映る自分の顔を見つめながらヴェロニカはそう思った。



 支度を終えて二人は寮を出ると、コート姿のエリアスとカインが立っていた。

「……一緒に来るなんて仲がいいのね」

「鉢合わせただけです」

 呆れたようなルイーザに、エリアスはため息とともにそう答えた。

「俺の方が先に来ていたからな」

 カインはヴェロニカに手を差し出した。

「一緒に行こうぜ」

「え、ええ……」

 ヴェロニカが手を出すより先にその手を取ると、カインは歩き出した。


「まあ、随分と積極的ね」

 ルイーザはエリアスを見上げた。

「いいの? 二人を行かせて」

「……よくはありません」

 ヴェロニカたちの後ろ姿を見つめながらエリアスは言った。

「ですが、ヴェロニカ様は……クラーセン様と一緒にいる時、とても楽しそうにしていらっしゃいますから」

「ああ、そうね」

 確かに、本の趣味が合うというヴェロニカとカインは、教室でもよく楽しそうに話をしている。

「それを邪魔するのは失礼ですから」

「ふうん……じゃあ、カイン様はヴェロニカの婚約者候補ということなのかしら」

「それはどうでしょう」

「エリアス様は立候補しないの?」

 ルイーザはエリアスの顔を覗き込むように見上げた。


「……私は執事です」

「ふうん」

 エリアスをじっと見つめて、ルイーザは首をかしげた。

「そんな顔してヴェロニカのこと見てるのに」

「――」

「まあ、執事もある意味ずっと一緒にいられるものね」

 眉を寄せたエリアスに、小さく笑ってルイーザも会場へと歩き出した。



「今年のドレスもよく似合っているな」

 歩きながらカインが言った。

「そう……?」

「ヴェロニカはいつも美人だが、今日はさらに美人だ」

「……カインも、とても素敵だわ」

 顔に熱を帯びるのを感じながらヴェロニカは答えた。

 黒いフロックコートに身を包んだカインは普段より気品があり、それにいつもはつけていない香水の香りがするせいか、どこか色気も感じられて。

 そんなカインを見るとドキドキするのをヴェロニカは感じた。


「本当にそう思ってる?」

「……ええ」

「それって、期待してもいいってことか?」

「え?」

「俺に惚れる可能性があるってことに」

「惚れる……」

 ヴェロニカの頬がかあっと赤く染まったのを見て、カインは一瞬目を見開き――すぐにその笑みを深めた。

「そうか」

「え、あの」


「ヴェロニカ」

 後ずさろうとしたヴェロニカの両頬を、カインの大きな手が包み込んだ。

「俺と、サロンメンバー以外でダンスの約束をしている奴はいるのか?」

「……いないけど」

「じゃあ、他の奴に誘われても踊るなよ」

 カインはヴェロニカに顔を近づけた。

「あと最初の曲も俺と踊ろうぜ」

「え……それは」

 パーティで、同じ相手と複数回踊るのはマナー違反とされている。

 特に最初と最後に同じ相手と踊るということは、その相手が特別な関係の場合のみだ。


「予約ってことで」

 笑みを浮かべると、カインはヴェロニカの額に軽く口づけを落とした。

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