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32「ああ、そうか。一人じゃないからだわ」

「こんにちは。星祭り以来ですね」

 待ち合わせのレストランに入ると、ルイーザのお見合い相手、リックが笑顔で出迎えた。


「こんにちは。また予約していただいてありがとうございます」

「この店は花祭りの期間中、うちの商会で個室の一つを借り切っているんです。今日は使う予定がないので利用していただけると助かります」

「まあ、期間中ずっと借りているのですか」

「この時期は社交シーズンも始まるので、星祭りよりも人が多いですからね。急遽商談が入ることも珍しくないので、いいレストランは毎年いつも期間中通して確保しておくんです」

「なるほど……」

 案内された部屋には丸テーブルが二つ置かれていた。それぞれ五人ほどが座れそうな大きさで、部屋もかなり広めだ。


 花祭りが始まり、王都には領地から多くの貴族がやってきた。

 昼間は街で祭りを楽しみ、夜は王宮や各屋敷で毎晩のように夜会が開かれる。

 社交シーズンの始まりだ。


 ヴェロニカたちは広場で開かれるというダンスパーティの前に、昼食をとるためこのレストランにやってきた。

 リックも夜会に参加したり商談を行ったりするために王都に出てきており、今日は昼の予定が空いているというので落ち合うことにしたのだ。

「この店は魚料理がおすすめなんです」

「ヴェロニカ様はソテーがお好きですよね」

 メニューを広げながらエリアスが言った。

「ええ。まあ、ソテーだけでも何種類もあるのね」

 ヴェロニカは思わず声を上げた。

 魚の種類とソースの組み合わせが色々あるらしく、どれにすればいいのか迷ってしまう。


「どういうソテーがお好みですか」

 リックが尋ねた。

「脂っこさは控えめで、香りの強いものが好きです」

「それならこの二番目ですね。あと、四番目のものが他国の珍しいスパイスを使っていて少し変わった香りがするんです」

「じゃあ、せっかくだから四番目にしてみようかしら」

「私はその下のレモンバターソテーにします」

 エリアスが言った。

「ルイーザさんは何にしますか」

「そうねえ。私もせっかくだから変わったものがいいわ」

「それでしたらこちらの……」

(なかなかいい雰囲気なのよね)

 一緒にメニューをのぞきこむリックとルイーザを眺めながらヴェロニカは思った。

 並んでいる二人はお似合いのカップルに見える。

(リックはいい人だし。ルイーザの懸念さえ減れば幸せな結婚生活が送れそうなんだけど)


 やがて運ばれてきたソテーは、鼻を刺激する不思議な香りがした。

 口に入れるとピリッとした辛さを感じる。

「少し辛いけど美味しいわ」

「それは良かったです。お酒がすすむ味と評判なんです。ヴェロニカ様はお酒をあまり飲まれないようですが」

「そうですね……まだ慣れなくて」

 この国では十七歳から飲酒が許されている。

 ヴェロニカも誕生日を迎えてから何度か飲んだが、まだ苦手だった。


「このワインは美味しいわよ」

 お酒が好きなルイーザが言った。

「少し飲んでみる?」

「そうね……少しだけ」

 グラスに少量注がれたワインをゆっくり口に含む。

「……本当ね、これは飲みやすいわ」

「もっと飲む?」

「いきなりたくさん飲むのは危険なので、ほどほどにしてください」

 ヴェロニカのグラスにさらにワインを注ぐルイーザをエリアスが制した。

「大丈夫よこれくらい」

「ルイーザ様にとってはたいした量ではないかもしれませんが、ヴェロニカ様には多過ぎです」

「過保護過ぎよ。飲まないと慣れないんだから」


「ふふっ」

 ルイーザとエリアスのやりとりに思わずヴェロニカは笑みをもらした。

(花祭りがこんなに楽しく感じるなんて)

 前世のせいで嫌な記憶しかなかった花祭りだったが、今日はとても楽しく過ごせそうに思えた。



「人が増えましたね」

 レストランから出てエリアスが周囲を見回すと、ヴェロニカに手を差し出した。

 あちこちに赤い花が飾られた街中を大勢の人々が行き交っている、その数は星祭りの時よりも多いように思えた。

「では行きましょうか」

 リックの声に、ヴェロニカがエリアスの手を取るとぎゅっと握りしめられた。


「……そういえば、アウロラの花はあまり好きではないと言っていたわよね」

 歩きながら思い出して、ヴェロニカはエリアスを見上げた。

「こんなにたくさん飾られているけれど大丈夫?」

 アウロラの花は歩道の脇や家々の玄関、窓辺などさまざまな場所に飾られている。

 前世のヴェロニカは、どこを見ても視界に入るその赤に気が狂いそうになっていた。

 そうしてその狂気に飲み込まれて――アリサを殺害しようとしたのだ。



「そうですね……大丈夫です」

 ヴェロニカと視線を合わせてエリアスは答えた。

「こうしてヴェロニカ様の手を握っていると、気持ちが落ち着きますから」

「……落ち着くの?」

「はい」

 エリアスは笑顔でうなずいた。


 広場へ近づくにつれて、賑やかな音楽とともに大きな歓声が聞こえてきた。

「まあ、とても賑やかね」

 到着した広場では大勢の人々が音楽に合わせて踊っていた。

「私も踊ってくるわ」

 目を輝かせたルイーザが三人を振り返りそう言うと、人々の輪の中に走っていった。



「……ルイーザ嬢はダンスが好きなのですね」

 楽しげに踊るルイーザを見つめながらリックが言った。

「ええ。ダンスサロンにも入っていますし、ダンスに関わる仕事をしたいみたいです」

 リックと結婚すれば、ルイーザは子爵夫人だけでなく商会長夫人となる。

 何かと忙しくなるだろうし、ダンスを仕事にするというのは難しいだろう。

「ダンスに関わる仕事……そうですか」

 リックは小さくつぶやいた。


「ヴェロニカ様も踊りますか?」

「……私はいいわ」

 エリアスの問いかけにヴェロニカは小さく首を振った。

「少し酔ったみたい。足元がふわふわするの」

 レストランを出たときはそうでもなかったが、歩いているうちにワインが回ったように思えた。

「それはいけません。どこかで休みましょう」

「では、私はルイーザさんの所へ行きますね」

 そう言ってリックはダンスに興じる人々の中へと入っていった。


「ヴェロニカ様、こちらへ」

 エリアスが手を引くと、足元がもつれてヴェロニカはよろめいた。

「ヴェロニカ様? 大丈夫ですか」

「……ふふっ大丈夫よ」

 エリアスに支えられ、上目遣いで相手を見上げてヴェロニカは緩んだ笑みを浮かべた。

「――その顔は反則……いえ、だいぶ酔われたようですね」

 ヴェロニカを抱き抱えるように歩くと、エリアスはちょうど空いたベンチにヴェロニカを座らせ、その隣へ腰を下ろした。


「ヴェロニカ様にお酒はまだ早いようですね」

「そう?」

 小さく息を吐いたエリアスにヴェロニカは首をかしげた。

「なんだか楽しくなってきたわ」

「――それは良かったです」

 エリアスがそっとヴェロニカの手に手を重ねると、ヴェロニカはふふっと笑みを浮かべた。


「私もね、前はアウロラの花が嫌いだったの」

「え?」

「でも今は、とてもキレイだと思うわ」

 大きな五片の花びらを持つアウロラが、前世では憎くて仕方なかった。

 けれどこうして花があふれる中、人々が踊る風景はとても美しくて幸せな光景だと思えた。

「……私も、ヴェロニカ様と一緒に見るとキレイだと思います」

 そう答えて、エリアスはヴェロニカの手を握りしめた。

(本当に……どうしてあんなに憎かったのかしら)

 ヴェロニカはそっと目を閉じた。

 確かに、アリサの髪色と同じだったけれど花まで憎く思わなくてもよかっただろうに。

 改めて疑問に思ったヴェロニカは、ふと肩にぬくもりを感じた。


(――ああ、そうか。一人じゃないからだわ)

 前世、ヴェロニカは孤独だった。

 孤独感が強くなるほど、アリサなどフィンセントに近づく者たちへの憎しみが増していったのだ。


 けれど今は、こうやって一緒に花祭りを楽しんでくれる仲間たちがいる。

 前世では打ち解けることができなかったフィンセントとも、前世以上に親しくなれているし、一緒に趣味を語り合えるカインもいる。

 今のヴェロニカは孤独ではないのだ。

(だから今はアウロラを見てもキレイと思えるのね)

 ヴェロニカはエリアスの肩に身体を預けながらそう思った。



「あら、ヴェロニカは寝ちゃったの?」

 ダンスを終えて戻ってきたルイーザは、エリアスに寄りかかって眠っているヴェロニカの姿を見つけた。

「ワインが効いたみたいですね」

「まあ。何だかとても幸せそうな寝顔ね」

 ルイーザは口元に笑みを浮かべて眠るヴェロニカの顔をのぞき込んだ。

「はい。……ヴェロニカ様が幸せだと、私もとても幸せです」

 ヴェロニカの寝顔を見つめてエリアスは微笑んだ。


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