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31「それでも結婚はするでしょう?」

「私たち、卒業後に婚約することになりました!」

 園芸サロンの会長セシルと副会長バルトの言葉に、メンバーから大きな拍手が送られた。


「おめでとう。でも意外だったわ」

 二年生のエルマが言った。

「二人ともそういう感じには見えなかったもの」

(確かに……)

 二人は仲が良かったが、婚約するような関係には見えなかった。


「バッケル博士が新しく作る研究所に入ることになったんだ」

 バルトが言った。

「で……色々話していく内に、俺が婿入りするのがいいってことになって」

「全然知らない相手より、互いのことや家業をよく知ってる人の方がいいかなと思って、ね」

 セシルとバルトは顔を見合わせた。

「なるほどね」

「友人から婚約者になるっていうのは変な感じだけど……まあそのうち慣れると思うし」

 セシルの言葉にバルトもうなずいた。


(友人から、かあ)

「確かに、まったく知らない相手と婚約するよりも気心が知れている相手の方がいいのかもしれないわね」

 エルマの言葉に、ふとヴェロニカの脳裏にカインの顔が浮かんだ。

(……気心が知れている相手……)

 ヴェロニカは心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。



 年が明けて、誰かが婚約したという話をちらほら聞くようになってきた。

 王都に屋敷を持っていない貴族たちも、学生の間はずっと王都にいて出会いも多い。

 だから二十歳くらいで結婚することが多い女生徒は特に、学生の間に婚約相手を見つけることが多いのだ。


 ヴェロニカは前世のこともあるから婚約するということに対して抵抗があるが、家のことを考えたら相手を見つけないとならないだろう。

(それに私に婚約者ができれば、殿下も他の人を考えるでしょうし……)

 婚約者を決めようとしないフィンセントに頭を悩ませているであろう王宮の人たちやディルクのことを考えると、まずは自分が婚約者を決めた方がいいように思えた。

(でも……やっぱり婚約するのは怖いわ)

 相手ができることで、前世のようにまた嫉妬心や猜疑心に取り憑かれてしまうのではないかと思うと、どうしても前向きに考えられないのだ。


「じゃあ家はルートが継ぐのね」

「ああ」

 エルマが尋ねるとバルトはうなずいた。

「そのルートに、次の会長になってもらいたいと思っているんだけど。どうかしら」

 セシルがメンバーを見回した。

「いいと思います」

 一年生のシェルツの言葉に他のメンバーも拍手で同意した。

 ルートは大人しいけれど勉強熱心で責任感も強い。会長にぴったりだろう。


「副会長はできれば女子がいいのよね」

 一年の女子はヴェロニカとカローラの二人だ。

「それで、ヴェロニカがいいんじゃないかと思って」

「私ですか? でも……」

 ルートとカローラの仲が友人以上だというのはメンバー皆が知っていることだ。

 会長がルートになるならば、副会長はカローラがいいのではないだろうか。


「会長と副会長の仲が良すぎてもだめなのよ」

 エルマがヴェロニカの耳元でささやいた。

「そうなんですか?」

「何年か前に恋人同士が会長副会長になったんだけど、痴話喧嘩をはじめてサロンの空気が悪くなってしまったことがあるんですって」

「……そういうこともあるんですね。でも……私よりカローラの方が植物の知識はありますし……」

「副会長の仕事と植物の知識は別物よ」

 ヴェロニカの声が聞こえたのかセシルが言った。

「一番心がけてほしいのは、後輩がサロンに馴染めるようにすることね。お願いできる?」

「……分かりました」

 こくりとヴェロニカはうなずいた。



「副会長になるって受けてしまったけど、大丈夫かしら」

 サロンから帰りながらヴェロニカは不安になった。

「ヴェロニカ様なら大丈夫です」

「そうかしら……」

「はい、きっと優しくて頼りになる副会長として、次の一年生たちを支えることができます」

「……ありがとう」

 エリアスの言葉に少し照れながらヴェロニカは微笑んだ。

「それにしても、セシル先輩たちの婚約には驚いたわ」

「そうですね」

「エルマ先輩も卒業したら婚約すると言っていたし……」

「やはり皆様、学生の間に婚約を決められるのですね」

「エリアスはどうなの?」

 ヴェロニカはエリアスを見上げた。


「……何がでしょう」

「婚約者よ。いい人がいたりお話がきたりはしていないの?」

「いいえ、ございません」

「エリアスって結婚相手として人気があるらしいわ。新年のパーティでも何人もの相手から誘われていたでしょう。あの中で誰かいなかったの?」

「――はい、おりません」

 エリアスは立ち止まると、やや強い口調で答えた。

「私は一生ヴェロニカ様の側でお仕えいたしますから」

「それでも結婚はするでしょう?」

 執事は確かに忙しい仕事だが、結婚し家族を持つ者も多い。

 ましてエリアスは嫡男なのだから跡継ぎが必要だろう。


「いいえ私は……考えておりませんので」

 ヴェロニカを見つめてエリアスはもう一度そう言った。



(やはり……ヴェロニカ様にとって、私はただの執事なのだな)

 女子寮の門前で、建物の中に入るヴェロニカの背中を見つめながらエリアスはため息をついた。

 何のためらいもなく婚約について聞いてくるということは、ヴェロニカの中でエリアスは仕える者であり、婚姻を考えるような立場ではないのだ。

 それは分かっているし、そうあるべきだとエリアスも頭では思っている。

 けれど――それでも心の奥に宿る想いを、無視することはできない。


 ヴェロニカを婚約者候補と考えているというフィンセント。

 彼女に対して好意を隠そうとしないカイン。

 彼らがヴェロニカに近づいて言葉を交わすたびに、エリアスの胸の奥にあるその想いが熱を帯びて心に痛みを与えるのだ。

 ヴェロニカ自身は今のところまったく考えていないようだが、それでも遠くない未来には、誰かと婚約しなければならないだろう。

(耐えられるだろうか)

 自分以外の誰かと結婚するヴェロニカの側にいることに。

(いや……耐えなければならないのだ。命の恩人であるヴェロニカ様に尽くすとそう誓ったのだから)

 自分に言い聞かせながらも、エリアスは胸の奥にふつりと暗い炎が灯るのを感じた。


『そうか、娘を望むか』

 どこかで音のない声が響いた。

 じわり、と暗い炎が青い熱を帯びる。

『そなたの胸に宿るこの炎は我の好物じゃ。もっと育てるがよい』

 音なき声は炎の中にじわりと溶けて消えていった。


  *****


「少し春らしくなってきたわね」

 寮から出ると、ルイーザが空を見上げて言った。

「ええ」

 この王都は温暖な気候で雪もあまり降らないが、それでもやはり冬は寒い。

 そんな寒い日々の中に、少しずつ暖かな日が増えてきていた。


「来月の花祭りが楽しみなの」

 ルイーザは声を弾ませた。

「たくさんダンスが踊れるでしょう」

 三月に開かれる花祭りは、暁の女神を奉り春の訪れを祝う祭りで「アウロラ」と呼ばれる赤い花を飾り、家や広場などあちこちでダンスに興じる。

 この花祭りに合わせて王都へ出てくる貴族も多く、社交シーズンの始まりでもあり、また花祭りの期間は授業が終われば生徒たちも自由に外出できることになっている。


「舞踏会で踊るダンスも好きだけど、平民が踊るダンスも好きなの。領地でもよく広場で踊っていたわ」

「そうなのね」

「ヴェロニカは平民のダンスを踊ったことがある?」

「いいえ、見たことはあるけれど……」

「細かいルールなんてないから自由なの。純粋に踊れて楽しいのよ」

(ルイーザは本当に踊ることが好きなのね)

 目を輝かせながら語るルイーザにヴェロニカはつくづくそう思った。

(花祭りね……この間星祭りが終わったばかりのような気もするけれど)

 時の魔女を奉る星祭りと、暁の魔女を奉る花祭り。


(……宵の魔女を奉るお祭りはないのかしら)

 ふとヴェロニカは思った。

 宵の魔女は悪しき魔女とされているとはいえ、他の魔女と同じ魔女のはずだ。

 それなのに一人だけ祭りがないのは寂しいのではないだろうか。

 そんなことを思いながらヴェロニカは門へと歩いていった。



「おはようございます」

 寮の門から出るといつものようにエリアスが待っていた。

「おはよう」

「今日は暖かいですね」

「ええ、今もう少しで花祭りだという話をしていたのよ」

 ヴェロニカはルイーザと視線を合わせた。

「花祭りですか」

「ダンスを踊ったり、あとアウロラを飾ったりするのが楽しみだなって」


「アウロラ……ですか」

 エリアスは少し眉をひそめた。

「どうかしたの?」

「いえ。私はあまり好きではないなと思いまして」

 エリアスは笑みを浮かべて答えた。

「まあ、そうなの?」

「ええ。前は好きだったのですが」

(そういえば……私も前世では嫌いだったわ)

 ずっと好きなはずだったのが、いつからか嫌いになったのだ。

(そう……私がアリサを殺そうとしたのも、花祭りで赤い花を見たからだったわ)

 アウロラの、少し黄色がかった赤い花色はアリサの髪色と同じだった。

 あの時、街中にあふれるアリサの色に気が狂いそうになったのだ。

 そうして衝動的に彼女を殺そうとして――ヴェロニカは捕まったのだ。


「エリアス様にも嫌いなものがあるのね」

 ヴェロニカが嫌な記憶を思い出していると、ルイーザが少し意外そうに言った。

「それはございますよ。執事としては好き嫌いがあるのはよくないでしょうが」

「じゃあ花祭りの時は大変ね。街中を花で飾るのだから」

「そうですね」

 ヴェロニカの言葉にエリアスは小さく笑って答えた。


「そう、エリアス様は花祭りを楽しめないのね。私は今から楽しみで仕方がないのに」

 頬を緩めながらルイーザが言った。

「そうですか。でもその前に試験があることをお忘れなさらないように」

「あー、そうだったわ」

 ルイーザはため息をついた。

「この試験で悪い点を取ったら二組に落とされてしまうかもしれないのよね」

「ルイーザは大丈夫でしょう? この間の試験も良かったじゃない」

「そうやって油断をしていると危険なのよ」

「じゃあ今度一緒に試験勉強をしましょう」

「いいわね」

 そんなことを言い合いながら、三人は学校の門をくぐっていった。



 花祭り前に気持ちが浮ついてくるのはルイーザだけではない。

 祭りが終われば卒業式、そして進級が待っている。

 二年生は卒業後の進路や婚約などの話題が増え、一年生も来年自分が迎えるそれらを考えはじめる。

 迫ってくる試験の勉強もしながら、将来も考えて。

 慌ただしく日々を過ごして試験の日を迎えるのだ。


 試験の結果は前回同様、フィンセント、エリアス、ディルクの三人、そしてカインが満点だった。

「どうして……私はいつも一つ間違えるのかしら」

 結果が貼り出された掲示板を見ながらヴェロニカはため息をついた。

「間違えない方がおかしいのよ」

 隣でルイーザが言った。

「一つだけでも十分過ぎるわ」

「それはそうなんだけど……」

 毎回だとさすがに今度こそはと期待してしまうのに。


「二年になったら満点が取れますよ」

 隣にいたエリアスがそう言った。

「取れるかしら……」

「はい、きっと」

 エリアスは笑顔で答えた。


「今回はヴェロニカと同じ点じゃなかったのか」

 背後からカインの声が聞こえた。

「カイン。すごいわね、満点なんて」

「まあな」

 振り返ったヴェロニカに、カインはにっと口角を上げた。

「本気出して頑張ったからな」

「……どうして最初の試験は本気を出さなかったの?」

「色々あったんだよ」

 ぽん、とカインはヴェロニカの頭に手を乗せた。

「これなら一組に上がれるな」

「そうね」

「同じクラスになったらよろしくな」

 そう言って、カインは眉をひそめたエリアスににやりと笑みを向けた。

「あんたもよろしくな」

「……ええ」

 眉をひそめたままエリアスはうなずいた。


「やっぱり仲がいいのねえ」

「そうかしら……」

 ささやいたルイーザに、ヴェロニカは小首をかしげて苦笑しながら答えた。


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