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27 「これでまた一歩近づいたな」

 パーティとはいっても、騎士団の宿舎に隣接する室内訓練場で開くので夏休み前の時のように本格的な用意はできず、生徒たちは制服のままで参加する。

 室内の装飾も特になく、演奏も少人数の室内楽団によるものだ。


 会場の一角には料理が並べられていて、立食式で自由に食事をしながら会話が楽しめるようになっている。

 今日の話題の中心はやはり狐狩りのことだ。


「最後の一騎打ちはすごかったな」

「森の中をよくあんな早く駆けられるよ」

「まあ、そんなにすごかったの?」

 男子たちの会話を聞いていた女子が尋ねた。

「ああ」

「殿下が勝つと思ったんだけどなあ」

 男子の一人がため息をついた。

「でも王太子殿下って、昨日の練習はお休みされたのでしょう?」

 女子が言った。

「だから不利だったんじゃないかしら」


「でも殿下は前からここで訓練していたし、それに殿下の馬の方が能力は高いからなあ」

「ああ。それだけカイン・クラーセンの乗馬術が高いってことだな」

「騎士たちも褒めていたな」

「でもあの人、怖いでしょう」

 女子はため息をついた。

「今日の『クイーン』はどうするのかしら」

「そうだよな」

「頼まれる方も大変だよな」

 生徒たちは顔を見合わせてうなずきあった。



 やがて演奏が止まり、ラッパの音が鳴り響くと扉が開いた。

「今年のキング、カイン・クラーセン!」

 声と共に扉の向こうから現れたのは、胸に三個のバッジをつけたカインと、そのカインと腕を組んで隣に立つヴェロニカだ。

 二人はゆっくりと中に入ると中央に立ち向き合った。


 ヴェロニカがスカートの裾をつまみ、膝を折って礼をとる。

 カインも胸に手を当てお辞儀をすると、二人は近づき手を組んだ。

 演奏が始まり、ファーストダンスが始まった。

 二人しかいない会場を大きく回りながら踊っていく。


「――ダンスなんて面倒だと思っていたけど、悪くないな」

 ヴェロニカと視線を合わせてカインが言った。

「そう?」

「こうやってヴェロニカと踊れるならな」

 にっと笑った、少年らしさを残したその顔は、とても怖いといううわさがあるようには思えない。

「……午後のお茶会の前に、カインの親戚だというリンダさんとお話ししたわ」

 ヴェロニカは言った。

「……なんて?」

「親しくしてくれてありがとうって。お礼を言われたわ」

「ふうん」


「どうして教室では怖い顔をしているの?」

「馴れ合う気がない連中に愛想よくしても意味ないだろ」

 カインはヴェロニカを見つめた。

「俺は貴族が嫌いなんだ」

「貴族が嫌い?」

「自分に流れる血も含めて、子供の時から嫌だった。だけど貴族じゃなかったらあんたには出会えなかったからな」

「私?」

「ああ。あんたと会って、初めて前向きな気持ちになれたし目標もできたんだ」

 ヴェロニカの顔を間近に見つめてカインはそう言うと口角を上げた。


「……私も、カインと出会えて良かったわ」

 カインを見つめ返してヴェロニカは答えた。

「誰かと本の話をするのがこんなに面白いなんて、知らなかったもの。……本は孤独を癒すものだと思っていたから」

「ヴェロニカもそうだったのか?」

「昔はね。今はもっと楽しく本を読めているわ」

「俺もだ。ヴェロニカのおかげだな」

 カインは笑顔でそう言った。



「クラーセン様が笑ってるわ」

「あの二人仲がいいの……?」

 楽しそうに踊るカインとヴェロニカの様子に周囲はざわついた。

「――ああやって見ると、お似合いの二人ね」

 ルイーザはそう言って隣にいたエリアスを見た。

「そうでしょうか」

「カイン様って、口は悪いけれど顔立ちは結構品があるし、背も高いし。二組だけど前回の試験は良かったし乗馬の腕もあるし……あら、もしかして」

 表情が消えていくエリアスに、ルイーザは小さく笑みを浮かべた。

「ヴェロニカのいいお婿さん候補になるんじゃないかしら。ずいぶんと心を開いているようだし」


「……あの方は爵位を既に継いでおられますが」

「それはどうとでもなるでしょう?」

 ルイーザは笑みを深めた。

「未来の執事として、カイン様がヴェロニカのお相手なのは不満?」

「そういう訳では……」

「私は、あの子の傷も過去も全て受け止めてくれるならば誰でもいいと思っているわ」

 踊り終えて、最後に向き合い会釈を交わすヴェロニカとカインに視線を戻してルイーザは言った。



「キングは王太子殿下だと思っていたんだがな」

「ああ。だがカイン・クラーセンの乗馬技術は確かに高かった」

「剣技の腕前も相当らしい」

「卒業後は騎士団に入るか声をかけてみるか」

「しかし、あのクイーンの子は美人だな」

「フォッケル侯爵家の娘だそうだ」

「へえ。似合いのカップルだな」

 騎士団員たちが話しているのを聞くとはなしに聞いていたフィンセントは、最後の言葉に眉をひそめた。


「強力なライバルですね」

 側で控えていたディルクの言葉にちらりと見やる。

「昨日、練習をなさらなかったのが痛かったでしょうか」

「……それは関係ない」

 フィンセントは答えた。

「カイン・クラーセンの腕は私と同等か上……最後は気合いで負けた、それだけだ」

「気合いですか」

「彼の気迫は……そうだな、叔父上に似ているものがある」

「ボスハールト公爵に?」

「ああ。叔父上に剣の手合わせをしてもらったことがあるが、その時の目つきや佇まいを思い出した」

「それは確かに強そうです」

 王弟であるボスハールト公爵は優秀な騎士でもあり、その腕の強さと指導の厳しさは騎士の間で有名だ。


(おそらく彼はどうしてもキングとなり、ヴェロニカをクイーンにしたかったのだろう)

 ダンスが終わったあとも何か談笑しているヴェロニカとカインを見ながらフィンセントは思った。

 キングになりたい気持ちはフィンセントにももちろんあった。

 だが、それ以上にカインの気持ちの方が強かったのだ。

(カイン・クラーセンか……)

 エリアス、そしてフィンセントが他の男を近づけさせないようにしていたはずのヴェロニカと、いつの間にか親しくなっていた男。

 彼はおそらく――いや、きっとヴェロニカを狙っているのだろう。

「負けてはいられないな」

 ディルクにも聞こえない声でフィンセントはつぶやいた。


  *****


 寮の自室へ戻ると、カインは手にしていた袋を机の上に置いた。

 狐の刺繍が入った巾着袋の中には三つの小さな布袋が入っていて、それぞれにバッジが入っている。


 十日前の狐狩りで得たバッジを入れる袋ができたと、今日ヴェロニカからもらったのだ。

「――これでまた一歩近づいたな」

 袋を手に取り、細かな刺繍を見つめながらカインはつぶやいた。



「お前の母親は王族に殺されたのだ」

 物心がつく前からカインは祖父にそう言われ続けていた。

 学校卒業後、領地に戻らず王宮勤めをしていたカインの母親は、三年後に突然「子供ができた」と帰ってきた。

 最初は子供の父親の名を決して明かそうとしなかったが、説得の末、ようやくそれが仕えていた第二王子だと明かした。


 娘を妊娠させたことに激怒したクラーセン子爵は王家を訴えようとしたが、カインの母親はそれを頑なに拒んだ。

 妊娠したことは自分しか知らないことだし、片田舎の小さな子爵家の娘が王子の子を成したと知られれば、生まれてくる子がどうなるか分からない。

「私はどうしてもこの子を産みたいのです」

 そう訴えカインを産んだ母親は、けれど産後の肥立ちが悪く、そのまま死んでしまった。


 一人娘が死んだことで、子爵の王家への怒りはさらに深くなり、カインは子爵が死ぬまでの約七年間、毎晩のようにその恨みを聞かされ続けてきた。

 唯一の孫であるカインへ憎しみをぶつけることはなかったが、愛情を与えることもなく、カインもまた父親やその一族である王家へ憎しみを抱くようになっていった。


 入学式でカインは初めていとこにあたるフィンセントを見た。

 母親を知らず、憎しみを浴びて育ったカインには、王太子として多くのものを手に入れているフィンセントは眩しく、そして妬ましい存在に見えた。


 夏休み前のパーティで上級生に絡まれているヴェロニカを見たのは偶然だったが、すぐに打算が働いた。

 ヴェロニカは王太子の元婚約者であるが、王太子はまだ彼女に未練があり婚約者に一番近い存在だとうわさされていた。

 そんなヴェロニカを、自分が奪ったら意趣返しになるのではないか。

 そう思い、助けたことを口実にダンスに誘った。


 王太子の婚約者に選ばれるほどの素質と身分を持つヴェロニカと、田舎の小さな領地しか持たない子爵の自分とではまったく釣り合わない。

 ダンスを一度踊ったからといって、それで親しくなれるわけでもない。

 どう接点を増やすかと思案している間にその機会は訪れた。

 火傷をしたヴェロニカと遭遇し、医務室へ連れていった時に、ヴェロニカがカインの持っていた本に興味を示したのだ。


 本はカインにとって、唯一の友人と言っていいほどの存在だ。

 その本の趣味がヴェロニカととても合うのだ。

 まったく同じという訳ではないし、意見の相違もあるけれど、むしろその違いを確認しあい、自分になかった見方を知ることが面白い。

 そう、誰かと思考や感情を共有し語り合うことが、これほど面白いことだと初めて知ったのだ。

(王太子だの打算だの関係なく、ただヴェロニカと一緒にいたい)

 彼女と過ごす時間は穏やかで、心が満たされていく。

 これが恋心なのかもしれない。いつしかカインはそう思うようになった。


 ヴェロニカと婚約できる可能性は、今はかなり低いだろう。

 少なくとも、彼女と釣り合う人間にならなければならない。

 だから試験も頑張ったしキングになるために必死になった。――最後の王太子との一騎打ちで勝った時は、恨みを少し晴らせた喜びもあったが。

(あとは来年一組に上がって……卒業後は騎士になるのも悪くないな)

 狐狩りの翌日、護衛として参加していた騎士団の団長から、卒業後に騎士団に入らないかと声をかけられた。

 騎士となり能力が認められれば、それは爵位以上の価値となるだろう。

「……あんたと釣り合う男になってやるから」

 巾着袋を見つめてカインはつぶやいた。


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