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悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる  作者: 冬野月子


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25「じゃあ、今は?」

 朝食を終えると生徒たちは準備をすませ、宿舎の外へ出た。

 今日は夕方まで狐狩りが行われる。

 狐狩りという名目だが、実際に狐が出るとは限らない。

 これが領地などで行うものならば事前に狐を用意しておくが、今回はあくまでも乗馬訓練が目的だ。

 猟犬を放ち、そのあとを馬で追いかける。

 最後まで猟犬についていくことが出来た者が勝者となり、数回行った中で最も勝利数が多かった者が『キング』となるのだ。


「わあ、すごいわね」

 生徒と教師、そして警備の騎士を合わせて五十頭近い馬が集まる様子を見渡してルイーザが声を上げた。

「本当に」

 馬に跨った男子生徒たちは、皆いつも以上に凛々しく見える。

(やっぱり殿下は素敵ね)

 漆黒の馬に跨ったフィンセントの姿はさすが王太子らしく立派だ。

(エリアスも……カインも。皆素敵だわ)


「馬に乗っている姿って皆カッコよく見えるわね」

 ヴェロニカが知った顔を探していると、隣でルイーザがそう言った。

「ふふ、そうね」

「誰が一番カッコいいと思う?」

「え……一番は選べないわよ」

 そんな会話を交わしている間に、開始の合図が鳴った。

 猟犬が駆け出し、そのあとを追って馬が一斉に駆け出した。



「さて。昼食まで自由だけど、どうする?」

 見送るとルイーザはヴェロニカを振り返った。

「そうねえ。散策に行こうかしら、昨日は外に出られなかったから」

「いいわね」

 二人は歩き出した。


「ねえヴェロニカ」

 宿舎周辺の散策路を歩きながらルイーザが口を開いた。

「本当に、夢を見なかったの?」

「え?」

「夜中にうなされていたみたいだから……」

「そうだったの?」

 ヴェロニカは足を止めるとルイーザを見た。

「苦しそうに、寝言も言っていたし……」

「何て?」

「どうしてとか、魔女がどうとか……」

「魔女?」

 ヴェロニカは目を見開いた。

「ええ、確かにそう言っていたわ」


「……実は、夢は見たのだけれど……」

 心配そうなルイーザの顔を見て、ヴェロニカは正直に答えることにした。

「白い髪の女の人がいて、何か話していたけれど。でもその内容は全然覚えていないの」

「白い髪?」

「ええ、真っ白だったわ」

「それがもしかして『魔女』?」

 二人は顔を見合わせた。

「そうなの……?」

 魔女の伝説は聞いたことがあるが、どんな姿をしているかは聞いたことがない。


「……昨日ヴェロニカが見た、殿下が落馬する夢と関係あるのかしら」

「それは……どうなのかしら」

 夢を見たとは言ったけれど、本当は夢で見たわけではない。前世で起きたことだ。

(あのとき聞いた声も……夢の中の声とは違うもの)

 昨日の声は不快な気持ちになるような声だったけれど、夢の中の声は優しい雰囲気だった。


「不思議ね」

「ええ……」

 ルイーザの言葉にヴェロニカはうなずいた。

 そもそも自分が死に戻ったことが不思議なのだ。

(一体なにが起きているのか……あの声はいったい誰なのかしら。どうして私は……)


「ヴェロニカ」

ルイーザがヴェロニカの肩に触れた。

「また顔色が悪くなってるわ」

「……あ」

「ごめんね、私が余計なこと言ったせいね」

「……いいえ」

 ヴェロニカは笑みを作ると首を振った。

「心配してくれてありがとう」


「――ヴェロニカ」

 ルイーザは友人をじっと見つめた。

「あなた、そうやっていつも一人で飲み込んでしまうでしょう」

「え?」

「心配事や悩みがあるなら相談して?」

 真剣な眼差しでルイーザは言った。

「……ありがとう」

(本当に……ルイーザはいつも気遣ってくれる)

 ルイーザと友人になれて本当に良かったと、ヴェロニカはつくづく思った。

「……昨日の夢が、本当に起きたみたいにリアルで……夢と思えなくて」

 けれど、いくらルイーザでも死に戻りのことは言えない。

「それで……怖くなって」

 前世と同じことがまた起きるのではないかという不安。

 そして、望みを叶えようと囁いたあの声の主は何者なのか。もしも前世でフィンセントが落馬したのは、本当に自分が望んだせいだったとしたら。

 考えても分からないことが、一番怖かった。


「そう。怖かったのね」

 ルイーザはヴェロニカを抱きしめた。

「でも、夢はただの夢よ。目が覚めれば消えるし殿下だって落馬しなかったでしょう」

「――ええ、そうね」

「早く忘れちゃいなさい」

「ええ」

 うなずいてヴェロニカはルイーザを抱きしめ返した。


「ところで」

 再び歩き出すと、ルイーザが口を開いた。

「ヴェロニカは、殿下のことどう思っているの?」

「どうって?」

「昔、婚約していた時は好きだったの?」

「え? ……そうね」

 ヴェロニカは首をひねった。

「あまりお話ししたりする機会はなかったから……嫌ではなかったけれど、好きというほどでもなかったわ」

 あのころフィンセントに淡い好意はあったけれど、はっきり好きと言えるほどではなかったような気がする。

「じゃあ、今は?」

「今?」

「夢に見たり、具合が悪くなったりするまで不安になるなんて、殿下のことが好きなの? ああ友人としてとかじゃなくてよ」

「……そんなことは……」

 ヴェロニカは視線を落とした。

(殿下を好き?)


「それは……ないわ」

「どうして?」

「どうしてって……」

 ヴェロニカはルイーザを見た。

「友人だって、夢に見るし心配もするでしょう」

「それはそうかもしれないけど。昨日もうわさになっていたのよ」

「うわさ?」

「夕食のときに、殿下が練習に出なかったのは具合が悪いヴェロニカについているためだったから、やっぱり二人は婚約し直すんじゃないかって」

 再婚約の可能性はフィンセントから言われている。

 けれどそれはあくまでも現時点での話だ。

(そうよ、来年になれば殿下はアリサを好きになるのだもの)

 誰も知らないけれど、ヴェロニカは知っている。

 だからヴェロニカがフィンセントのことを好きになってもつらいだけだし、前世と同じことになるだろう。


「殿下のことは尊敬しているし、友人として好きよ」

 ルイーザを見つめてヴェロニカは言った。

「それ以上の感情はないわ」

「……そう。分かったわ」

 どこか納得していない表情を見せながらルイーザはうなずいた。



 天気が良く日差しも暖かいので、昼食は屋外で取ることになった。

 各自パンをスライスしたものにハムとチーズ、豆のサラダが入ったバスケット、そしてお茶のポットとカップを受け取り、思い思いの場所で食事を取っていると男子生徒たちが帰ってきた。


「ヴェロニカ!」

 ルイーザと一緒にヴェロニカが宿舎近くの東屋で食事をしていると、カインが駆け寄ってきた。

「一緒にいいか」

「ええ」

「一つ取ったぜ」

 ヴェロニカの隣に腰を下ろすと、カインは胸元を示した。


「まあ、勲章? すごいわ」

 そこに飾られたのは、狐狩りの勝利者に送られるバッジだ。

 金属製で、狐が描かれている。

「午前は二回やって、最初の一回目に勝ったんだ。二回目は途中まで良かったんだが、最後に抜かれたよ」

「誰に?」

「……あいつだ」

 不快そうに眉間にシワを寄せてカインは答えた。

「あいつ?」


「殿下ですよ」

 声に振り向くと食事を手にしたエリアスが立っていた。

「猟犬が急に向きを変えて、それに一番早く反応したのが殿下でした」

 そう続けてエリアスは空いている場所に腰を下ろした。


「ふうん、キング候補の二人がそれぞれ勝ったのね」

 ルイーザが言った。

「午後は何回やるの?」

「最低でも三回は行う予定です」

「じゃあまだ他の人にもチャンスはあるのね」

「そうですね」

「エリアスはどうだったの?」

 ヴェロニカは尋ねた。

「私は、皆様に比べれば全然……」


「そいつは本気出してないからな」

 パンをかじりながらカインが言った。

「教師でもないのに、周囲ばっかり気にしてやがる」

「……執事としてのクセのようなものです」

 エリアスは苦笑しながら答えた。

「どうしても周囲の状況を見極める方に意識が行ってしまいますので」

「腕はあるんだから本気で勝ちを狙えよ」

「カインの言う通りよ。せっかく参加しているんだから」

 カインの言葉に同調してヴェロニカも言った。


 エリアスは自分が執事だという意識が強いが、ここは学校なのだしエリアスも学生なのだ。

 立場を忘れて参加した方がいいと思う。

「……そうですね」

「まあ、こっちは勝つ可能性がその分高くなるからいいけど」

 カインは胸元のバッジを見つめて言った。

「しかし、無くしそうだな」

 そう言うと、カインはバッジを外してヴェロニカに差し出した。

「持っててくれるか」

「え? ええ」

 カインからバッジを手渡されるとヴェロニカは手のひらに乗せたそれを見た。

 確かに小さくて無くしてしまいそうだ。


「……そうだ、このバッジを入れる袋を作る?」

 思いついてヴェロニカは言った。

「袋?」

「前にアクセサリーを入れる袋を作ったことがあるの。寮に道具と材料があるから、帰ったら作れるわ」

 布をたたんでボタンをつけただけのシンプルなもので、その時はレースを飾りつけたけれど、男性用ならばワンポイントで刺繍を入れるのもいいかもしれないと思いながらヴェロニカは言った。

「作ってくれるのか?」

「ええ」

「ヴェロニカの手作りか。もっと取ったらその数分作ってくれるか?」

「いいわよ」

「じゃあ頑張って残りも取らないとな。キングにもなりたいし」

 食べ終えたカインは立ち上がるとヴェロニカを見た。

「そしたらヴェロニカがクイーンになってくれるんだろ?」


「ええ」

 ヴェロニカはカインを見上げて微笑んだ。

「……ヴェロニカ様がクイーンですか」

「そう約束したからな」

 エリアスを見ると、カインは小さく笑みを浮かべた。

「あんたも一つでも勝って、袋作ってもらえば」

「そうね、エリアスの分も作るわよ」

「――そうですか」

 エリアスはヴェロニカの手元に視線を落とした。

「それは、頑張らないとなりませんね」

「ええ。頑張ってね、二人とも」

 ヴェロニカは笑顔でエリアスとカインを見た。


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