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24「夢とはいえ不吉ですね」

 狐狩りは王都から出てすぐの場所にある騎士団の訓練地を使い、一年生と二年生別々の日程で、二泊三日で行われる。

 元々狐狩りは貴族が領地で晩秋に楽しむもので、狐を狩る猟犬を馬に乗り追いかけるものだ。

 そのため狩猟の腕よりも乗馬技術が必要とされる。

 一日目は馬や土地に慣れるための練習で、二日目が本番。参加するのは男子生徒のみで、その間女子はお茶会を開いたり、近くの丘の散策を楽しんだりする。


「天気があまり良くないわね」

 部屋に入り、荷物を置いてルイーザが言った。

 宿泊施設は二人一部屋なのでルイーザと一緒の部屋だ。

 窓の外はどんよりした雲が空を覆い、昼だというのに薄暗く今にも雨が降り出しそうだった。

(そう。前世もこんな天気で……雷のせいで殿下が落馬したのだわ)

 大した怪我ではなかったが、しばらく安静にした方がいいとの医師の判断で、フィンセントは翌日の狐狩りを欠席したのだ。

(オリエンテーリングの時みたいに……前世と同じことが起きるかもしれない?)

 そう思い至り、ヴェロニカはぞっとした。

(あれは……いつ起きたのかしら)

 ヴェロニカは必死に詳細を思い出そうとした。



 前世。練習の始まる前に、ヴェロニカはフィンセントに会いに行った。

 けれど既にフィンセントの周囲には複数の女生徒が取り囲んでいた。

「きっと殿下が一番ですわ」

「キングになられたらクイーンはどなたを選びますの?」

(そんなの私に決まっているじゃない)

 ヴェロニカは激しい憤りを覚えた。


 婚約者である自分がクイーンに選ばれるのが当然のはずなのに、フィンセントに言い寄る女生徒たちに、そしてそれを口にしないフィンセントにも。

(どうして殿下は私をクイーンに選ぶと言わないの? どうしてこんなに私がやきもきしないとならないの? こんな思いをするくらいなら……狐狩りなんか参加しなくていいのに)


『それが望みか』

 ヴェロニカの脳内に声が響いた。


『そなたはあの王子が狩りに参加せぬことを望むか』

(ええ、そうよ)

『そうか。ならば望みを叶えてやろう。そなたは妾の――じゃからな』

 脳内で誰かが笑う声が聞こえた。



(え……なに、今の記憶)

 突然蘇った記憶にヴェロニカは硬直した。


(なんの声……望みを叶えるって……『望み』?)

 あの時自分は、フィンセントが狐狩りに参加しなくていいと望んだ。

その望みを叶えるということなのか。

(……え、私が望んだから……殿下は落馬をした?)

 視界がゆがみ、ヴェロニカは強いめまいを覚えた。


「ヴェロニカ? どうしたの」

 ルイーザが顔をのぞき込んだ。

「あ……大丈夫……」

「やだ大丈夫じゃないわ、真っ青じゃない」

 ルイーザはヴェロニカの手を引くとベッドへと連れていった。

「ほら横になって。馬車に酔ったの?」


「……そうかもしれないわ」

 ベッドに横たわるとヴェロニカは目を閉じた。

「お医者様を呼んでくるわね」

 ルイーザが部屋から出ていく音を聞いて、ヴェロニカはもう一度先刻思い出した前世の記憶をなぞった。


(まって……あんな声、前世では聞こえなかったわ)

 低めで、どこか不気味さを感じさせるような女性の声。

 あの声と言葉を聞いていたら忘れるはずもないだろう。

(じゃあこの記憶はなに……? それに……私が望んだから殿下が落馬した……?)

 そんなこと、望むはずないのに。

(そうよ、私はあんなこと望んでいないわ)


『否。確かにそなたは望んだのじゃ』

 ふいに頭の中に声が響いた。


『王子を狩りに参加させたくなかったのだろう?』

(だからって……落馬なんて望まないわ)

『そなたは満足だったろう? おかげで一日中王子の側にいられたのじゃからな』

(そ……れは……)

 確かにあの時、部屋で安静にしているように言われたフィンセントの側に、ヴェロニカもまた一日中ついていた。

 そうしてフィンセントを独り占めできたことに優越感を抱いていたのだ。


『また望むか?』

 ヴェロニカの耳元で女性の声が響いた。

『望むなら叶えてやろう』

(そんなもの……望まないわ)

『そうじゃ、いっそ歩けなくなるほどの怪我をさせてやろうぞ』

 恐ろしい言葉に、ヴェロニカはぞくりと背筋に寒さを感じた。

『あの男は気にくわぬ。寝たきりになれば王位も継げまいぞ、さぞ面白いであろうな』

(……やめて……)

『そうじゃ、それが良いわ』


「いやっ!」

「ヴェロニカ!」

 頭上で聞こえた声に、ヴェロニカははっとして目を開いた。


「……殿下……?」

「大丈夫か」

目の前に、心配そうにヴェロニカの顔をのぞき込むフィンセントの顔があった。

「うなされていたぞ」

「……夢……?」

「ヴェロニカ、大丈夫?」

 見るとルイーザとエリアスもヴェロニカを見つめていた。


「お医者様が外に出ていて。エリアス様と会ったから、ヴェロニカのことを伝えて戻る途中で殿下たちと会ったのよ」

「ヴェロニカ様、何か悪い夢をごらんになったのですか」

 エリアスが尋ねた。

「……ええ……殿下が……」

「私がどうかしたか」

「……狩りの練習で落馬をして……」

 それは夢ではない。前世で起きたことだ。けれど……謎の声との会話は夢だったのだろうか。


「私が落馬する夢を見たのか?」

 フィンセントはヴェロニカに手を伸ばすとその額に触れた。

「熱はないが、汗をかいているな。……夢とはいえ怖い思いをさせたな」

「……いえ……」

 ヴェロニカは息を吐いた。


「しかし、夢とはいえ不吉ですね」

 部屋の隅に控えていたディルクがそう言って窓の外へ視線を送った。

「確かにこの天気では、雨が降ったり雷が落ちたりしてもおかしくはなさそうです」

「雷……に、驚いて……」

 ヴェロニカはつぶやいた。

「馬が暴れて……それで……」

「それで私が馬から落ちたのか」

 フィンセントの言葉にヴェロニカは小さくうなずいた。


「そうか、それはあり得るな。気をつけよう……いや」

 フィンセントはヴェロニカの顔を見つめながら言いかけて、ディルクを振り返った。

「ヴェロニカが心配するといけないから私は今日の練習を休もうか」

「……それは構いませんが」

 ディルクは答えた。

「殿下はここの地形を把握されているのですよね」

「ああ。夏にも来ている」

 今日の練習は、狩りの前に土地勘を得るためのものでもある。

 フィンセントはここで行われた騎士団の訓練に参加したことがあるから、その点は問題ない。

「では殿下は休まれますか」

「ああ。お前は初めてだろう? 参加するといい。ただし天候に注意し荒れそうならばすぐに中止しろ」

「は」

 ディルクは頭を下げた。


「ヴェロニカ。心配しなくて大丈夫だ」

 フィンセントはヴェロニカを見た。

「でも……」

「君に心配をかけない方が大切だ」

「……ありがとうございます」

「ああ」

 ヴェロニカの頭を撫でると、フィンセントは微笑んだ。


  *****


 翌日は快晴だった。


「雨は降らなかったみたいね」

 窓を開けて外の様子を窺うとルイーザはヴェロニカを振り返った。

「気分はどう?」

「もう大丈夫よ」

 ヴェロニカは笑顔で答えた。

「昨日もらったお薬が良く効いたみたい」

「それは良かったわ」


 昨日、戻ってきた医者に診てもらい薬を処方された。

 それを飲んで眠ったからか、気分良く目覚めることができたのだ。

「悪い夢は見なかった?」

「……ええ」

 夢ならば見た。長い白髪の女性が現れて、何か語りかけてきたのだ。

 何を言われたのかは目が覚めた瞬間に全て忘れてしまった。

 綺麗なグレーの瞳と、優しい声色だったことは覚えている。

(そう……オリエンテーリングで聞いた声に似ていたわ)

 昨日といい、なぜ知らない人の声が聞こえるのだろう。あの人たちは何者なのだろう。

 ヴェロニカが死に戻ったことと関係があるのだろうか。

(考えても……分からないわ)

 誰かに相談できればいいのだろうが、こんなことを話しても誰も信じてくれないだろう。

 ヴェロニカがおかしくなったと思われるかもしれない。

(それに……前世の私が酷い人間だったことを知られたくないもの)

 だから誰にも言えなかった。



「ヴェロニカ様」

 朝食の時間になったので食堂へ行こうと部屋を出ると、エリアスが立っていた。

「顔色は良くなったようですが、お身体の調子はいかがでしょうか」

「ええ、もうなんともないわ」

「それは良かったです」

 エリアスは安堵の笑みを浮かべた。


「昨日の練習はどうだったの?」

 食堂へ向かいながらヴェロニカはエリアスに尋ねた。

 エリアスもフィンセントと共に練習には参加せず、ヴェロニカの側にいると主張したのだが、本番で困るからと練習に参加するよう強く勧めて行かせたのだ。

「問題なく終わりました、と言いたいところですが」

「……が?」

「落雷の影響で馬が興奮してしまい、何名か練習を中断いたしました」

「え……怪我は?」

「落馬や怪我をした者はいませんでした」

「そう……それは良かったわ」

(もしかして……殿下が練習に参加していたら)

 前世のように落馬して怪我をしていただろうか。

 想像してヴェロニカは恐ろしくなった。


「ヴェロニカ。具合はどうだ」

 食堂へ着くと、既に席に着いていたフィンセントが声をかけた。

「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「元気になったなら良い」

 笑顔でそう答えて、フィンセントは隣のディルクを見た。

「昨日の練習で、ディルクの近くに雷が落ちたそうだ」

「え……」

「私が乗っていたのは元軍馬でしたので、落ち着いておりそう暴れることはありませんでしたが」

 ヴェロニカを見上げてディルクは言った。

「少し位置がずれていたり、殿下がいらっしゃったりしたらどうなっていたか……」

「ヴェロニカの夢が本当になるかもしれなかったな」

「そ……うですか」

「ああ、君を怖がらせるつもりはなかった」

 顔が青ざめたヴェロニカに、フィンセントは慌てて立ち上がるとその側に行き、肩に手を乗せた。

「君のおかげで危険を回避できた。ありがとう」

「……はい」

 微笑んでそう言ったフィンセントに、ヴェロニカもようやくその顔に笑みを浮かべた。


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