おふだを片手に追っかけてくる女が怖すぎる
それは、月の出るある夜のことだった。
空腹なので獲物を狩りに行こうと街へ出たワタシは、道端で最恐の女と出会してしまったのだ――。
「待て待てー! 絶対に逃がしませんからねーっ」
ギャアギャアと叫びながら追いかけてくる女を振り返りながら、ワタシは必死で走っていた。
セーラー服を乱して走るその女は、片手におふだを持っている。そのおふだからはすごく嫌な気配がした。
「あいつ、ワタシを祓う気なんだわ」
どうしてワタシが人間ではないとバレたのか、わからない。
ワタシは完全に人間に化けていたはず。なのに出会い頭に「レアな妖怪発見! あたしに見つかったが運の尽きですっ!」などと言って、あの女はワタシを追いかけ始めた。
何なのだろう、あの女は。ただの人間ではないというか……気配が妖怪に近い、気がする。
気になるが今はそれを掘り下げている暇はない。
ワタシは誰にも見られない路地裏に駆け込むと、ふっと全身に力を入れた。そうするだけで無駄に長かった手足が縮み、衣服が消えて、本来のワタシに戻る。
――猫又。人間がそう呼ぶ姿へと。
「おっ、やっぱり猫又でしたか。可愛いっ。めちゃくちゃ触りたい!」
「あんたなんかには触れさせてやんないわよ、女! ってか追いかけて来るな!」
普通の人間であれば噛みついて動けないようにしてやるが、彼女には敵わない。戦う前に敗北を認めるのは癪だが、ワタシの勘があの女はやばいと告げている。
実際、目を血走らせ、奇声を上げてワタシを追ってくる女は、正直狂気すら感じた。今まで出会ったどの妖怪よりもおぞましい顔をしていた。あれは本当に人間なのか?
……なんて考え事をしていたら、いつの間にか前方に回り込まれている!?
「つーかまーえた!」
気づいたらワタシは女に体を持ち上げられていて、ニチャア、という笑顔がワタシの眼前に広がっていた。
抵抗しようとするも、即座におふだを背中に貼られて動きが封じられてしまった。女はワタシの二つの尻尾を愛おしげに撫で回している。
百年以上生きてきた人生の中で、ただの猫から妖怪となったワタシにとって一番怖かったのはおふだだった。
でも、今は違う。この世で最も怖いのはこの女なのだと知った。
「これからたっぷり可愛がってあげますよ、猫又ちゃん」
それからワタシはこの女の家で可愛がられる……もとい、霊封じのおふだを貼り付けられたままで『生きた伝説の妖怪』として扱われ、屈辱の日々を過ごすことになるのだった。