第1話 お嬢1
古くから世界各地でこのような伝承が語り継がれている。
『日が西の山にかかるとき、お幼子から決して目を離してはいけないよ。
夕暮れは妖精たちが悪さをしにやってくる。
やつらは幼子を甘い言葉でたぶらかし子供の手足を持って行く。
笑い声を残してやつらは持って行ってしまうのさ。』
場所によって内容に違いはあるが、夕暮れ、幼子、妖精が出てくるこの伝承は昔から大人たちが若い父母に子供から目を話してはならないという教訓を伝えていったものと推測される。
◇◆◇◆
「あぁ… また捨てられた。」
めったに人の来ない丘の頂上付近に転がされた。
身体中に鈍い痛みを感じる。右の頬が熱い。
視界のそばに横たわった車輪が見える。
ゆっく首を動かす。
着崩れた質素な服。中途半端な背まで伸びた草々。夕日に染まった赤色の雲と不気味な影をまとった時計塔。
人の影なんてこんなところにあるわけがない。
地を這って吹き抜ける風が乱れた髪を巻き上げ視界の半分を奪う。いや、この場合半分の半分というべきか?
残念ながら私は自分の体を起こすことはおろかこの乱れた髪をかき分けることすら自分ではできない、このまま誰にも見つけられず一人ここで弱って死ぬんだろう。
そこまで考えて私は笑えてきた。
「あははは、誰か来てもこんな私を助けるわけないのに。ばっかじゃないの! あははは!」
乾いたザラザラした笑い声があたりに響く。
人は死ぬ間際に天使の美しい笑い声が聞こえると昔牧師さんから聞いたが、私の耳には忌み嫌う自分の醜い笑い声しか聞こえない。
(私の人生何だったんだろう。自由を奪われ。発言を奪われ。時間を奪われ。自分自身を奪われた。結局私には何にも残ってないじゃない。)
狂ったように笑い。泣きたくもないのに涙を流した。
何度もせき込み、何度も叫んだ。口のなかがしょっぱい土と苦い鉄の味に染まってもまだ私は狂うことをやめなかった。
夕日が沈み、月星が空に舞っても私は変わらず惨めな姿をさらし続ける。
目の周りは赤く腫れ枯れた喉からはヒューヒューとか細い空気の音しか出ない。髪には草や泥が絡み見れたものではない。
ここ何年もろくなものを食べさせてもらえなかったこともあり身体はすでに衰弱していた。
この体では夜に体温を奪われすぐに死んでしまうだろう。
(嫌な人生だった。今度はもっと自由にいきたいなぁ。)
冷たい風に吹かれながら星を見つめるとまた涙がこぼれてくる。
「...し...たく...い...よ...」
悔しくて、悲しくて、さみしくて。
狂いきれなかった私は最後に生を渇望しながら意識を失った。
◇◆◇◆
心地よい温もりを感じて重い瞼を少しだけあげてみる。
強すぎない光とそれを遮るような影が見える。
ここはどこだろう。私はどうなったんだろう。
そんなことを思いながら目を必死に開けようとする。
「大丈夫。ゆっくりお休み。ここには怖いものなんていない。安心してゆっくりお眠り。」
耳元に囁かれる穏やかな言葉。
その人物は優しく私の頭をなでてくれた。
(私は人に触られるのが好きじゃないけど、この人の手は、安心、す、る...)
撫でられた頭の感触を感じながら彼女はまたゆっくりと深い眠りに入っていった。
しばらく頭をなでていた男はしばらくするとゆっくり立ち上がり部屋の照明を絞る。
「よい夢を。お嬢様。」