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窓からの侵入者

作者: 藤雲あさぎ

 お腹がすいた。やっと三時間目だ。


 さっきから盛大に私のお腹が鳴っていて、鳴る度に周りに座る子達が雰囲気で苦笑してくる。恥ずかしいとは思わない。そう思ったら負けだと、知らんふりを決めこんでいる。心の中で「失礼しました」とだけ謝っておけばいい。

 高校は、中学と違って早弁しても怒られないところが良い。休み時間にお菓子やおにぎりを頬張っている子はチラホラいる。私もそのうちの一人である。しかし、さすがに授業中は飲食禁止だ。私としては、この三時間目半ば辺りからお腹がすいてくるから、授業中食べられないのは辛かった。

 早く持ってきたおにぎりが食べたい。

 さっさと授業終われ、と願うが、そういう時に限って時間はゆったり進む。

 先生が黒板の前で何か喋っているが、私の頭はそれらを受け付けなかった。どんどん右から左に流れていく。真面目にノートをとっている子がほとんどだが、座席の後ろの方の子は、春の陽気が連れてくる睡魔に敗北しているだろう。


 私は、ムツカシイことをこちゃこちゃ考える気にはなれず、だからといって、うつらうつらする気も起きず、ただこの時間が過ぎるのを待った。

 しかし、ぼーっとしていても何かしら人間は考えてしまう。私の思考は、どうすれば時間が早く進むか、になった。時間があっという間に過ぎるのは、決まって楽しい時や充実している時だ。

 

 楽しいことを考えよう。

 例えば、と私は椅子の背もたれから背を離し、まるで授業に真剣に取り組むかのように前のめりになった。


 私の現実はどうなったら面白い?


 先日雑誌で、東京ディズニーランドに出来た新エリア『美女と野獣』特集を見たからだろうか。パッと頭に浮かんだのは、『美女と野獣』に出てくる、プレートアーマーとかいう西洋の甲冑だった。あの全身を金属板で覆う、動くとガチャガチャうるさそうな、漫画などでもよく見かける甲冑。ヘルメットみたいな兜をかぶっているからロボットみたいで、私はちょっと怖かったりする。

 ……変身できたりしないだろうか。甲冑に。先生が。みんながぽかんとしている中で、変身時の決まり文句で変身して、キレッキレのダンスでも踊ってほしい。そうだな。アイドル曲がいいな。そうしたら、私は爆笑してしまうだろうから。


 書き間違えたらしく、先生が黒板消しを手に取った。

 ああ、なるほど。それか、物が勝手に動きだすところとか見てみたい。人が書いたものを、書いたそばから意地の悪い消しゴムが消していくとかどうだろう。その人は焦り、苛つき、ペンを放り出すか、消しゴムを撃退するかする。どちらにせよ、私はそれをニヤニヤ傍観する。違う面白さだ。


 まぁ、現実にそんなことは起こらない。

 ずっと無風だったのに、ぶわりと春風が舞い込んだ。アイロンをあてた前髪が崩れ、隣の子のプリントが一瞬浮いた。薄緑のカーテンが視界を遮り、さらに鼻先を掠めて、私は思わずくしゃみをしてしまった。

 窓際の席に座る者の特権として、私は窓を自由に開け閉めできる。せっかく楽しく空想していたのに、と内心で舌打ちしながら手を伸ばし、しかしそこで、ふと動きを止めた。


 例えば——。


 今、この窓から、また違った面白いものが吹き込んできたら。それは一体なんだろう。


 窓外から飛び込んできた文鳥サイズの小鳥。ふわふわとしたクリーム色の羽毛に、淡い七色の羽が紛れている。小さな嘴とつぶらな瞳は照明に反射して茶色に光った。

 その小鳥は桃色のほのかな輝きを纏って、生徒たちの頭上を旋回していく。

 誰もが驚きの声を上げる中、私だけは冷静に、床と平行に伸ばした人差し指を肩の位置に構えて待っていた。

 まもなく、私の人差し指を可愛らしい脚が掴み、小鳥はほっと一息ついた。ぶるぶると身震いし、毛繕いも終えると、小鳥は嘴に咥えていた何かを、私に「んっんっ」とアピールした。片結びされた紙片だった。

 私はそれを丁寧に受け取り、ドキドキしながら広げた。そこには——。


 桜の花びら、なんてロマンチックだろうか。かっこよく宝の地図とかも良いかもしれない。

 しかし、いや、と思い直す。私はそんなのいらない。私が欲しいのはそんなのではない。私だったら……。

 小鳥が届けてくれたのは、次のテストのカンニングペーパー。……うん。これがいい。

 私は満足げに口元を綻ばせた。


 その時、三時間目の終わりを告げるチャイムと私のお腹が同時に鳴った。

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