4節 イザナミ湖
4節 イザナミ湖
さて… 北極点は海の中にある。つまり「北極点到達」は、北極点上の海の氷の上に到達したことになる。また北極海に浮かぶ氷がすべて溶けたとしても、海水の量が変わるワケではない(厳密には熱膨張で少し多くなる)。しかし南極は大陸であり、そこに大量の氷と雪が積もっている。氷(氷床)の厚さは、場所によっては数千mもあり、これがすべて溶けて海に入れば、海水面が60m上昇するとの試算がある。
・南極の氷の量は地球上の氷の約90%に相当する26.92×106(立法km)
ちなみにグリーンランドには9%。…って、他の世界中の氷合計で1%ってことだよな…
・南極の氷は最も厚い所で4,500m、平均2,450m。
・南極の氷がすべて溶けると、現在より海面が40~70m上昇。
おまけに氷の重さで沈んでいた南極大陸がやや浮き上がるんだって!
海面上昇の幅はなぜか大雑把に40~70mというあたりが面白いが…
そんなことより、これは海辺… いや世界のヒトの7割くらいが住居を失うことを意味しているのではないか。日本で言うなら、今「〇〇平野」で暮らしている御家庭は、土地ごと家が海の底になる。低めの山の中腹が、ちょうど波打ち際になる感じを想像すると… ぞっとする。
実際キリバスやツバルといった海洋の真ん中の国々では、すでに国土に見切りをつけてオーストラリアなどに移住せざるを得ない方々もいるのだ。
温暖化って考えてるより激ヤバスじゃないの? いかに夏とはいえ、あの南極大陸で気温が「摂氏温度」の18℃、いや20℃を上回ったとか、氷がじゃんじゃん溶けだし子育て中のペンギンが泥だらけになった報道や写真などを見ると、さすがに笑えなくなってくる。
ちなみに「昭和基地」は南極圏にある「東オングル島」という島に建設されたため、下の氷が溶けてもいきなり水没はしない。そう… ススメとミナミは一度目の参加のときよりも温暖化が一層進行したこのときに再度観測隊に選ばれ、南極の湖の調査をすることになったのだ。
ロシアの南極観測の拠点を「ボストーク基地」である。そこに近い場所に、ほぼ淡水の「湖」があるということが分かっており「ボストーク湖」と呼ばれている。しかし素人考えとしては、『氷の大陸に湖などあるワケがない』はずだ。それは…水は1気圧の下でなら0℃で凝固して氷になるのが常識だからである。
しかし…ボストーク湖は南緯77度、東経105度付近の、「地表面」にではなく、なんと氷床の約4000mも下にあるのだという。
氷の下4000mの湖の存在がどうしてわかったのか?
それは1960年代後半から始まった上空からの「氷透過レーダーによる調査」の成果であった。その大きさは最大で長さ250km、幅40kmに及び、総面積は琵琶湖の20倍以上の14000(平方km)、水深は約200~800mとされている。平均水温はマイナス3℃、これでは一気に氷になりそうだが、上の氷の重圧のため液体の状態を保っていると言われている。しかし本当の事情はまだ不明確で、仮説として地熱説や氷床の断熱説などがある。
参考までに述べておくと、水の融点は、「1気圧の下で」純水が凍る温度、または氷が溶けて水になる温度を指す。逆に言えば、圧力が変われば融点は変わる、ということだから、圧力しだいでは氷の中に水があってもおかしくはないワケだ… と言われてもさ、なんか理解できないけど…
1998年にロシア、フランス、米国の共同チームが、湖面の120m上である深度3628mの地点まで掘削を行った。その氷のサンプルは約42万年前のものと推定された。つまり湖はその期間だけは氷によって外部と隔絶されていたことになる。そしてそこには未知の生物や生態系の発見が期待されていた。
参考までに述べておくと、先カンブリア時代と古生代の境界が5億4千万年前、中生代の始まりが2億5千万年前、新生代の始まりが6千600万年前であるので、42万年前など、地球にとっては鼻くそ程度の年代でしかないのだが…
ススメとミナミはそういう南極の湖の一つを研究対象にしていた。湖の名はミナミが命名者になっており、「イザナミ湖」と呼ばれている。ちょっとミナミの名前に似ている気もするが、それは気のせいだ、ということにしておこう。前回行ったときに「イザナミ湖」を対象に決め、それを現地のスタッフがボーリング作業で堀り続けてきて、近日中に湖面まで達しそうなのだという。
伝説によれば、「イザナミ」という神は天地開闢のとき「男性の神イザナギ」と共に産まれ、多くの日本国土とたくさんの神々を産んだ女性の神である。たくさんの新種生物が発見できますように、という願いを込めた命名でもあった。ふたりはその日を待ち焦がれていた。
さてイザナミ湖をターゲットにした理由はもうひとつある。それはイザナミ湖の湖底の一部には、まるで深海の熱水鉱床のような熱泉があることが期待されたからだ。規模として大きなものであるとは考えにくいが、地域や地形から見て必ず「ある」と予想されていた。深海の熱水鉱床は現在の生物すべての共通祖先が生を受けた場所だと多くの科学者が考えている。そこには300℃を越える熱水がさまざまなイオンとともに噴出する「チムニー」と呼ばれる場所があり、場所によってはいきなり海水で冷やされた熱水中の金属イオンが硫化物や酸化物など黒い煙のようになって水中を立ち上っている。こうした「ブラックスモーカー」と呼ばれるような場所は既知の生物の変異型、または未知の生物や生態系の発見を志す者にとっては格好の場所で… その理想を満たす場所こそがイザナミ湖だったのだ。
ミナミとススメが基地について2日目のこと、ついに吉報が届いた。
「ミナミさんススメさん、ついにイザナミさまに会えそうです。おそらくは、明後日にも」
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