表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミナミヘ ススメ  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
第2章 代表
17/36

17節 開発

17節 開発


 初めての顔合わせは、呆気なく終わった。場所は某国の南極観測船だ。現在は昭和基地に比較的近い海域…といっても一見氷原だが… に停泊しており、日本側が設備等の視察をするという名目でヘリコプターを使った移動が行われた。

 

 ヘリコプターの操縦の極意は「調和」にあり、各部をバランスよく調和させることではじめて安全な飛行が可能になる。機器の故障は墜落に直結しがちであり、運行前点検を入念に行う必要がある。旧式の小型ヘリでは、始業前のチェック事項はこんなに多い… という例を挙げてみよう。

 

  ローターブレーキ      オン

  マップライト        オフ

  シャットバルブ       オン

  サーキットブレーカー    オールオン

  (配電盤とブレーカー)

  ELT            アームポジション

  キャブヒート        ロック解除

  コレクティブフリクション  オフ

  コレクティブレバー     アップ/ダウン確認

  (飛行機の昇降舵エレベーターに相似した物)

  スロットル(アクセル)   オープン/クローズ確認

  スロットルスプリング    動作確認

  ガバナー(調速機)     オン

  サイクリックフリクション  オフ

  サイクリックスティック   前方/後方/右/左/右回し/左回し 動作確認して中立へ

  (飛行機の操縦桿スティックに似た物)

  ミクスチャー        フルリッチ(ガソリンとの混合気体を限界まで濃くする)

  ミクスチャーガード     インストール

  ハイドロ(油圧)      オン

  ランニングライト      オフ

  アンチトルク・ペダル    動作確認して中立へ

  (飛行機の方向舵ラダーと似た物)

  バッテリー(蓄電池)    オン

  フレア           エンジンスタート

「フレア」と叫んでキーを回すとやっとエンジンをスタートさせることができる。あとは暖機運転しながら各種の確認を続けていく。


  クラッチ          オン

  ガバナー(調速機)     確認

  ハイドロチェック      正常

  フリクションロック     確認

  無線装置          確認


 本国の飛行場ならば飛行前に管制塔とのやり取りがあるが、南極ではあまり意味がないので略す。

日本からは、鷺坂代表団長、南戸 ススメ、西田、白旗、尾村、そま、原川の7名が参加した。ちなみに杣はヘリの操縦士を兼ねている。対して某国はシェニーを長とする計7名だった。他の6名はボイド、ピルク、カルラ、デュケサ、パルカ、ノビコフである。


 某国は始めから真面目に対応しようとはしなかった。船の施設の一部、しかもどうでも良さそうなところだけを選りすぐって案内し、あとは食事と雑談に近い座談をプログラムとして組んでいたのである。視察である以上あまりに踏み込んだことも言えず、視察団長の鷺坂が遠慮がちに振る舞っているせいもあって、ススメには初めの自己紹介しか発言する機会が無かったこと。

 

 予定時間の半分を過ぎたころ、しびれを切らしたススメが某国代表シェニーにこう切り出した。実際には両国共通で第2公用語としている英語でのやりとりだが、ここでは敢えて日本語で記述するため、細かいニュアンスまでは伝えきれない点はお許しいただきたい。


「貴国の地球や環境を保全する取り組みについてはよく存じております。あの2015年の〔SDGs:エスディージーズ〕に率先して参加を表明されたことも、さすがは貴国だと感心しています」

まあここまでは、いわゆる外交辞令という、形式的挨拶である。


「いやぁステキな設備と機器ですね。ここは船上で心配はないと思いますが、これだけの立派な施設をもし観測基地で運用しようと思えば、たくさんのエネルギ-が必要でしょう。関係者のうわさでは、将来豊かに供給する計画があると伺いました。それはいったいどんな計画ですか」


『はっはっは… さすが早耳ですね。たしか南戸さん…でしたよね、まだ我が国でも未発表なので、詳しいことは控えさせていただきますが、我が国の優れた技術を使って、熱効率の良い発電所を作る計画だけはあります』

「原子力」という言葉を巧みに避けていた。


 ススメはもう一歩踏み込んでみた。

「それは原子力発電所であるとの憶測がありましたので率直にお訊ねいたします。その発電所のエネルギー源は何ですか」

途中で鷺坂代表が「やめろ」とばかりに袖を引いたが、ススメはかかまわず発言を続けた。

 某国代表が答えた。

「検討中ですが、原子力の可能性もあります」


 この嘘つきめ… 原子力しか考えてないくせに…

「水力や風力、太陽光の可能性はありますか」

「ないとは言えませんが、可能性としては低いですね」

「火力や原子力の場合、冷却用の冷却水の手当はできますか」

「それは… イザナミ湖という氷底湖の水を使う可能性も考慮しています。ほんの少しだけですが…」


「しかし4000mの氷の底から水を汲むとは思えません。もしかしたら昭和基地側の、大陸の山脈の頂上付近まで氷原を削り、イザナミ湖の水を一気にバイパスさせるのではありませんか。それは日本が研究を続けているイザナミ湖付近だけでなく、周辺のかなり大きな生態系のバランスを、根底から崩すことになります。ただ単に日本の研究対象を消滅させるということというだけでなく、南極全体のバランスを崩し、生物の生息地を奪い、食物網を壊滅させることになる暴挙とも言える原子力発電所建設の計画を、他国や国連の承認も得ずに実績として作ってしまおうとしている貴国が、どのツラ下げてSDGsを推進しようなどと、あまりと言えばあまりの舐めた態度であると… 」


『南戸君、南戸君… ミナミヘ・く~ん』

大声でススメの前に立ち塞がった人物が居た。なんと今回の代表団長、鷺坂である。


 やむなくススメが言葉と切ると、さすがに小声になってたしなめてきた。

『ちょっと… いやかなり失礼じゃないのかね…』

今度は後ろを振り向き、少し頭を下げて弁解した。

『普段研究室ばかりにいるので感情が先走ってしまったようで… 御理解をお願いします』


 某国代表シェニーは、

『いえいえ、お気になさらないでください。我が国でも自分のことが最優先という研究者はたくさんおりますからなぁ… 慣れてますよ、はっはっは』

言葉と態度は鷹揚おうようを装っていたが、声の底に侮蔑ぶべつと憎しみが染み出していた。


 このあとは予定を早めて両国の観測隊を称える式典に切り換えられてしまい、もうススメが発言する余地など少しも残されていなかった。

そして… 会議という名目の会合は視察だけに終わった。


 昭和基地に帰って、ススメは鷺坂に猛烈な抗議をした。今回の訪問の目的を忘れたのかと…

しかし逆に鷺坂からは強烈な反撃を受けた。外交のイロハも知らんのに、いきなりああいう言い方をされたのでは、身もふたもないではないか、でしゃばるんじゃない、オレに任せておけば良いのだ、と。

 ススメも負けてはいなかった。私にはそれだけ強気なことが言えるのに、シェニーの前では借りてきた猫以上のおしとやかさだったではないか。言うべきことも言えないのは、国の代表として恥ずべき態度である、と。


 二人の間には険悪な空気がみなぎったが、間に入る人もなく、関係は冷える一方だった。某国と交渉どころか、日本代表団自体が崩壊寸前になったのだ。そしてどちらも相手が悪いと信じていた。


 それから数日後、イザナミ湖の分遣隊から速報が入った。近くで某国代表を含む一隊が測量を始めたという報告だった。写真が添付されていた。あちこちに資材が集積されている。間違いない。

 翌々日には、いよいよ工事が始まったという知らせが写真と共に届いた。

 

 ススメは思わずミナミの部屋に行って写真を見せつつ、こんな弱気ではいけないと思いながらも愚痴ってしまった。

「某国がね、工事を始めたってさ。以前ミナミの前で予想したように、山脈の頂上付近まで氷原を掘削して、導水管を敷設するつもりだろう… イザナミ湖の終わりも近いな… 残念だ、とても」


「ススメ… 」

ミナミが頭を撫でてくれた。アンナはミナミの後ろで二人を眺めていた。

「ススメは力一杯やったわ。アタシはわかってるからね」

「ミナミ… あ、ありがとう」

「でも、でもオレは守れなかった… それが悔しい… チクショウ、あの野郎どもが…」

最後には嗚咽が混じっていた。


「ねぇ、パパ」

口を挟んだのはアンナである。

「アンナ… アンナ、おまえ… おまえにまで心配かけてすまん。で…でも今だけは勘弁してくれよ」

「ねぇ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「アンナ? どうしたんだ、アンナ」

「だから、そんな弱音吐いてる場合じゃないでしょ」


「そうか… アンナ… アンナとナチャンだね。でもね、そんなに簡単じゃないんだよ」

「まだ言うの? ヤルときにはね、何があってもヤルのよ。今ならまだできるでしょ」


 沈黙の一時が流れた。

ススメのココロの海にみるみる三角波が盛り上がり、水しぶきを上げて動き始めた。


「アンナ… うん そ、そのとおりだ。オレは結果を出す前に諦めていたよ、たしかに…」

事情も事情だが、道理も道理である。まさか小1に叱られるとは思いもしなかった。

そこでミナミが後押しする。

「ススメ… この苦境を抜け出すための一番の方法は、やり抜くことだよ。アタシたちには失うものなんてないわ。いっぱい悩んでいっぱい考えて、ここは暴れるだけ暴れてみようよ…ね、ススメ」

「よし… オレはやる、やり抜くぞ」

「さすが、その思い切りが私の愛しい旦那様だよ」


 気を取り直して、アンナに言ってみた。

「アンナ、ありがとう! よし… なにから始めようか… アンナもナチャンも手伝ってくれ、もちろんミナミも」

「いいわ、アンナからもおにいちゃんとおねえちゃんにも言ってみる」

「オレはね、ナチャンの故郷を守りたいんだよ。イザナミ湖はかけがえのない湖だし、ナチャンたちって小さな宝石みたいなミステリアスな生き物じゃないか…」


 するとアンナが… いやナチャンがアンナの口を借りて話し始めた。

「タチャンとラチャンと話してみる、もう一度。この写真の様子じゃ本当にひどいよ… なんとかしなくちゃ」


「おう、ナチャン… アンナにスマホ持たせるから、みんなに写真を見せてやってくれ、ちょっとどころじゃないってさ、わかってもらえるだろう、絶対にね」


 ススメに猛烈なヤル気が戻って来ているのが分かった。

ススメは最後にこう言ったのである。

「ヤツラめ、よく見とれよ… オレが叩き潰してやる。それが南極のためだし…地球のためなんだ。だろ? サラドン…」


★ ポイント投票クリックや感想があると励みになります。

  この下の画面からよろしくお願い致します。    楠本 茶茶(サティ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ