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ミナミヘ ススメ  作者: 楠本 茶茶(クスモト サティ)
第2章 代表
16/36

16節 到着

16節 到着 

 

 長い船旅がひとまず終わった。

デッキに上がると、とびきり風が冷たい。これでも防寒仕様なのに… セイラはアンナの手を引き、カナタの後を追いかけて氷の上を歩いた。追いついて一息ついてみたが、まだ身体が揺れている感覚が遺っている。


 南極到着…だからと言って、レイを持ったビキニのお姉さまが迎えてくれるワケではない。ましてアザラシが迎えてくれるなんてことは、もちろんない。


 南極に行けばどこにでもペンギンがいる… もっとも素朴そぼくな誤解だろう。昭和基地は先述のとおり「東オングル島」という島に建設されたが、船の岸壁すらない。島から350mほどの沖合… それは昭和基地から燃料を輸送するホースが届く範囲であり、そこに到着すれば、それを「接岸」と呼んでいる。海上には立派な氷の埠頭が広がっていて、もうそこは立派は波止場である。昭和基地事態にはペンギンの営巣地えいそうちはないが、周辺の小島には幾つかの営巣地ルッカリーがあり、数羽の集団が基地周辺を通りかかることがある。逆に基地では12月あたりには営巣地のペンギンを訪ね、どんな規模でどのくらい繁殖しているかを観察する「ペンギンセンサス」を実施している。基地近くで観察できるのは、体長70cmくらいのアデリーペンギンだ。


 ペンギンやらアザラシやらは、繁殖期になるとそれぞれ幾つかの特定の場所に集まり、大大大コロニーを形成する。逆に言うと、そういう特定の場所に行かなければ見られないのだ。そんなところではペンギンの子が群れたり、アザラシの子が無造作に転がっていたりする。

 もちろん可愛いけれど… よく観察していると、見るに耐えない場面に出くわすこともたびたびだ。


 ペンギンのヒナが鳴いている。あちらでは親ペンギンが鳴いている。彼らは鳴き声だけで親子の絆を確認するので、親の無い子と子の無い親が新たに組み合わさるということはない。ヒナを失った親はやがてそれを忘れる。親を失ったヒナには…餓死か、それよりもっと恐ろしい儀式が待ち構えている。


 オオトウゾクカモメという鳥を御存知だろうか? 彼らは肉食である。ペンギンの親を数匹で包囲しておいて卵を盗んだり、ヒナを取ったりして、自分たちの食い扶持を確保するのだ。それはあたりまえだ。あたりまえだが… 何らかの事情で親と巡り合えなかった鈍重なヒナを捕食する行動は、なかなか直視し難い光景である。


 効果的な攻撃、それは相手の弱点を狙うものだ。ペンギンの子の最も脆弱ぜいじゃくな部分、それは肛門である。後ろはクチバシでは守りにくいし、羽毛が粘膜に変わるために傷付きやすくもある。ここをカモメが狙うのだ。つついてくわえて引っ張れば腸が付いてくる。ろくな抵抗もできないヒナを数羽のカモメがつつくのだから… 今これを書く筆者でさえ平静な気持ちでは見ていられないと思う… だが、それが「自然」なのだ。


 親だから… といっても、決して安心することはできない。

「ファーストペンギン」という言い回しを聞いたことが、一度や二度はあると思う。

ペンギンが数百、数千、数万の群れで海辺の崖の端で佇んでいる。はやく飛び込み、自分のため、ヒナのためにエサを採りたいのだが… なぜ飛び込まないのか?


 それは… 静寂に満ちて見える海には天敵の… たとえばヒョウアザラシが待ち伏せしているかも知れないからだ。多くのアザラシが大型のサカナやイカなどを好んで食べるのに対して、ヒョウアザラシはアザラシのなかでも速く、力強く攻撃的であり、ペンギンの天敵でもある。南極海ではシャチを除くもっとも高次の捕食者ということになる。


 ペンギンは「怖くて」飛び込めない。しかし腹は減る、ヒナも待っている、時刻は過ぎる… それに仲間より早く海に行けば、より近くでよりたくさんの獲物にありつけるだろう。

 こうして一番乗りで飛び込むのが「ファーストペンギン」である。いつも誰かが勇気を出すワケではないらしく、ときどき周りの誰かに押されて飛び込まされるヤツもいたりする。まるで「押すなよ」のギャグのようでもあるが…

 

 崖の上のポニ… ではなく崖の上のペンギンは「ファーストペンギン」の様子を見て、自分が飛び込むタイミングを計るのである。たしかに「ファーストペンギン」が喰われてしまえば、自分の身はぐっと安全に近づくだろう。だが敵は一頭とは限らないしペンギン一羽で満腹するワケでもない… まあ、どっちみちいつかは飛び込むのだが… 


 ススメとミナミは、この旅の間にこういったビデオを意図的に子供たちに見せてきていた。残酷だからテレビには流せない… なんていう上っ面だけの教育では、本質を見抜ける研究者を育てることなどできはしない。それに…今は自分たちの方が「喰われそうなペンギンの立場に近い」のだ。こうなりたくないのならば力を付け、知恵を付け、某国から振り注がれる火の粉を「自分の力と裁量で」振り払う実力を身に着けなければならないのだ。そう悟ってほしくて見せていたのだった。


 南極海の生態系は割に単純である。

冬には太陽が昇らない白夜びゃくやの数週間がある。暗く寒い季節である。地上のめぼしい生物は、集団営巣地のコイテイペンギンの片親とヒナの群れくらいのものだろうか。南極特有の嵐「ブリザード」が吹き荒れ、地上では到底生き永らえることが難しいような… 現に幾つもの探検隊を葬り去って来た荒天が続く。


 特にノルウェーのアムンゼン隊が人類初の南極点を制したすぐあとに、イギリスのスコット隊が南極点にたどり着いたものの、帰途にブリザードに出会って全滅した悲劇は有名である。彼らがもし、あと11マイル(約18km)歩けたならば、安全な基地にたどり着けたはずだったのだ。

 

 余談ではあるが、この直前の補給基地(1トンキャンプ)に貯蔵しておいた缶詰の燃料油が、なぜか缶から漏れてぐっと量目が減っていたことが遭難の一因だろう。缶の本体はブリキ(鉄Feの本体に亜鉛Znを塗布したもの)であり、こちらには問題はない。しかし本体と上下の蓋はスズSnでろう付けされており、極地のとんでもない寒さの中でスズがぼろぼろになる現象(一部からどんどん周囲に広がるため、スズペストとも呼ばれる)によって燃料油がこぼれ過ぎたのだとも言われている。ただこのスズペストを起こすα-スズは純度が高いほどできやすいのに、スコット隊の缶詰のスズがそんなに純度が高かったとも思えず… このへんは良くわからないまま… しかしスコット隊が全滅した事実だけは厳然と遺っている。


 さて… 日本近海を流れる海流のうち、主に南から来る暖かい流れを黒瀬川と言ったり黒潮と呼んだりする。これは実際に潮流が黒っぽく見えることに由来する名前だ。速いところでは時速2ノット(約3.5~4km)を超えることもあるというから、実に大変な流速と言えるだろう。日本海側では、対馬海流と呼ばれる暖流である。


 一方北(北極側)から下る流れを親潮というのはなぜか? それは親が流れてくるから… なんてワケはない。多くの魚類、エビ・カニなどの甲殻類、イカ・タコや貝などの軟体動物(そしてそれらを育む動物・植物プランクトン)が育つ海だからわざわざ「親」の名前を当てたのだと言う。水という物質は純粋な状態ならば4℃が最も密度は大きく重いので、極で冷やされた海水は最も深い場所まで流れて行き、下から溜まるのである。これが「海洋深層水」の起源であり、海底の土やマリンスノーなどに含まれる「栄養塩類」をたくさん含んでいる。これは北極でも南極でもほぼ共通である。


 「栄養塩類」とは、植物性の生物にとっての栄養、つまり「窒素・リン酸」を指す。「窒素」は無機窒素化合物であるアンモニウムイオンや硝酸イオンで、タンパク質やDNAの構成元素になる。リン酸はDNAやATPの素材として不可欠だ。地上では他に「カリウム」を加えて、肥料の3要素と呼ばれたりするほど、植物にとっては大切なものなのだ。


 さて南極海の夏。夏には、陽が昇りっぱなしになり、水温は低いが「栄養塩類」が豊富であり、そこに「光」が加わるために、光合成作用が盛んに起こる。藻類が光合成を活発に行って氷の下には「オルジー」呼ばれる藻類の塊というか層が氷の下にへばりつく。こういう大量の藻類や水中の植物性プランクトンを食べて、動物性プランクトンが激増する。それらのプランクトンを食べる甲殻類のオキアミが爆発的に増殖するため、それらを食べる魚やイカやタコ、魚類なども増え、ヒゲクジラも歯クジラもやって来て夢の競演を奏で、それをシャチが狙う… といった輪廻になっている。

 

 氷の下は… というと、主に刺胞しほう動物のクラゲや有櫛ゆうしつ動物のクシクラゲやカブトクラゲ、そして棘皮きょくひ動物門が主演する世界になっているようだ。クラゲはちょっと略して… 


 棘皮動物の棘とは、もともとトゲを表す… つまりウニを分類するつもりで創設した分類段階である。ウニだけのはずが、ヒトデ、ナマコ、ウミユリやテヅルモヅルなどの動物が「身体が5つの似たようなパーツからできている」仲間であることがわかってきてしまった。本当は絵で描くと分かり易いのだが、画力がないのでゴメンナサイ… テヘ(可愛く)。それでもヒトデの基本形が5つの腕であることや、ウニの可食部である卵巣が5つあることなどを連想できるなら、なんとなく肯けるのではないか。ちなみに「棘皮動物 五放射相称」で画像検索すると、分かり易い画がヒットするはずだ。ウニ型、ヒトデ型、ナマコ型、ウミユリ型などいろいろあって、創造の神様の想像力に思わず感動してしまう。

 

 棘皮動物とは身体にトゲ状の構造があり、管足かんそくという吸盤のついた細かい突起を持ち、水管系と呼ばれる循環器兼呼吸器を備えている無脊椎動物の一種である。多くは海の表層から落ちて来る死骸や有機物デトリダスを食べるスカベンジャー的存在である。ヒトデは肉食に特化し、ウニは基本海藻食だが、肉にも食いつく雑食である。近頃は「磯焼け」などで増えすぎた痩せたマズいウニに、流通過程で廃棄されていたキャベツの葉などを与えて美味しく再生利用することも実際に行われている。

 

 多くの無脊椎動物は発生の過程で原口(発生初期に細胞群が胚内部に陥入していく入り口)は口になる(先に口ができ、あとから肛門ができるので、先口動物という)のに対して、棘皮動物は原口が肛門になる(あとで口ができるので後口動物という)という特徴から見て分類上はヒトとも近く、脊椎動物二歩手前といった感じの生き物たちのグループなのだ。

 無理に例えてみると、ヒト、ウニ、セミの類縁関係を比べた時、ヒトとウニは遠い親戚関係であるが、セミは生き物であるという以外何の接点もない… そんな「無関係という関係」という感覚だろうか。

 


 話を南極海に戻そう。

 海に潜れば出会える世界とはいうものの、普通のヒトが普通の装備で飛び込んでも、数分と持たない水温の世界は、なるべき乱さずにそっとしておきたいものだと思う。

 

 海の中と言えば、海底に向かって凍りついていく「Brinicleブライニクル」も神秘的だ。ヒトにとっては神秘的に見えても、ベントス(底生生物)にとっては「死のつらら」とでもいうべき現象である。


 あまりの低温に海の水が凍り始めると… 氷になった部分には水分が多く、塩分は近くに追い出される。塩分が濃くなった部分は凍りにくいので、周囲の氷から追い出された塩分でさらに塩分濃度が高くなり、重くなって沈み始める。この沈んでいく液体はよく冷えているため、周囲の海水を凍らせながら沈んでいくのだ。


 したがって氷のつららは円筒形になって成長を続けていく。その中を極低温の「塩分濃度が高いために凍れないような密度が大きく重い水」が沈んでいく。沈んだ部分の周囲は極低温なので瞬間に凍結し… という繰り返しで「つらら」的な管が生じて伸びていく。これが水底にあたると… そこにいた生物は瞬時に凍るために「死のつらら」などと呼ばれるのである。かつてBBC(イギリスの放送局)が「ブライニクル」の動画の撮影に成功して話題になったので、好奇心旺盛な方はぜひご覧いただきたい。


 BBCといえば… さらに余談となってしまうが、「ペンギンが空を飛ぶ動画」を御覧になった方もいるのではないかと思う。BBCが威信をかけて2015年「4月1日」に発表した、大変珍しい?動画であるので、物好きな方へお勧めしておこう。

たとえば「BBC Flying Penguins」とか「bbc  ペンギン 空飛ぶ」とかyou tube で適当に検索をかければ、すぐに視聴することができるが… はじめは筆者も思わず目を疑った映像だった。

 

 それにしても… デジタルの技術とはすごいものである。

 

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