14節 邂逅(かいこう)
14節 邂逅
サラドンは、宿主(この場合はカナタ、セイラ、アンナなどの人間)の頭脳に思考を委ねているのではないか?
ススメとミナミの仮説だった。
その理由は、サラドンの基本は単細胞だから… である。複雑な思考などできるはずはないのが常識だろう。だとしたら、学年が上のセイラやカナタのラチャンやタチャンに当たるより、アンナのナチャンからほぐしていけばよいかもしれない。
具体的には、まずサラドンの存在をアンナに確かめ、次にカナタとセイラにもサラドンが憑いていることを確認すれば良い。
ちなみに… 《しれとこ》の中で南戸家は
船室301:ミナミとアンナ
船室302:ばぁばとセイラ
船室303:ススメとカナタ
の3部屋に分散して暮らしていた。
食事は基本、食堂兼集会場でビュッフェ(バイキング)スタイルで、好きなものを好きなだけ食べることができるかわりにプライバシーはない。トイレは共同、風呂…というか、シャワーは表に記名して予約を取る形になっている。301号室の隣は倉庫兼補機室、302号室は南戸家族であり、サラドンとの会合には最も都合が良かった。
翌朝の食事後、ススメは301号室を訪れるために303号室を出ようとした。朝食の時にミナミの身振りで、アンナのOKが出たことがわかったからだ。
そこでカナタに呼び止められたのである。
「パパ… ちょっと待って。パパ…アンナのところへ行くんでしょ?」
「あ、ああ… アンナとママのところへね」
「アンナが悪いんじゃないんだ。だから責めないでね」
「責めるって… 何を?」
「僕たち兄妹のこと。心配しなくて大丈夫、サラドンは味方だから」
「責めるとか、こっちはむしろ大家さんだから… それはない。それよりカナタ… お前知ってたのか」
「ああ…」
「しかし朝飯のとき、そんな話題はなかったぞ」
「でも… わかるんだよ」
ススメは直感した。これは、もしかして?
「ちょ… ちょっと待て」
カナタは扉を閉め、カナタを椅子に座らせたあと、自分も椅子に腰掛けた。
「話の腰を折ってごめんな… わかるって… ママかアンナと話したのか」
「いいや… 」
「セイラでもなく」
「うん」
「話してないけど、わかるんだ」
「うん… お互いに手とか足とか触ってるとね」
「相手の言いたいことがわかると?」
「うん… 以前は分からなかったけどね、近頃は。今朝アンナと手が触れたとき、ママとアンナがサラドンのことを話したのがわかったんだ」
「そ… それはもしかして… いつ頃… まさかサ…ラドン?」
訊ねておきながら、答えを聞くのが怖ろしかった。「違う」と言ってくれ…
「だな… 僕やアンナやセイラに棲みついてから」
「なんで黙ってた… とは聞けないな… わかった、カナタありがとう… よく言ってくれたね」
「怒らないの?」
「なぜ怒るんだ? それより体調とか何かおかしくなったこととか… その異常なことはないか?」
「体調? えっとノドが渇く。目…特に左目がちょっと疲れやすくなったかな… でも大丈夫な程度」
よし、わかった。
ススメは決断した。
受話器を取り上げ、まずミナミに話した。
「事情が変わった。いまから行くけどカナタも連れていく。ばぁばとセイラも呼ぶ。緊急家族会議だ」
「いいけど… どうしたの?」
「それもみんなの前で話す。それに… あの国との交渉にも役立つかもしれないし。じゃあ5分後に」
「わかったわ」
続いて302に内線を掛け、ばぁばとセイラに集合を告げた。
301号室。ススメの演説が始まった。この際変な隠し事はしない方が良い、まっすぐ気持ちをぶつけるべきだ、と直感が教えていた。
「みんな、集まってくれてありがとう。みんなってのは、サラドンたちに、南戸家一同だ。カナタ… サラドンたちを紹介してくれないか」
「う、うん セイラと生きてるラチャン、アンナの中のナチャン、そしてオレと一緒のタチャンだよ」
「オーケー、覚えやすいな… タチャンにラチャンにナチャンも聞いてほしい。おお、それにばぁばどの… サラドンていうのは南極の湖出身の生き物でね。詳しいことを説明してる時間はないけど、今は子供たちの身体の中で一緒に生活してるんだ。」
「おやおや… 寄生虫みたいなもんかい?」
あまりのことに目を白黒させつつ、やっとこさばぁばが反応した。
おいおい…ばぁばどの、本音をズバリと言ってくれて心臓停まりそうだよ、まったく…
「協力者と言った方が近いですね」
「ははあ、面倒見てくれるんだね」
「あはは、そんなとこです。詳しくはまた後に、たぶんセイラが話してくれますよ」
「いいわ、任せて… あとで、ね、ばぁば」
ススメは要点を押さえて語り始めた。
・前回夫婦がイザナミ湖でサラドンを発見し、日本に持ち帰ったこと
・日本でサラドンが漏洩し、南戸家一帯が消毒されたこと。
・隔離されたものの、イモリ水槽のサラドンは無事であること
・サラドンという「生物」が国家機密扱いになっていること
・某国のゲンパツによってイザナミ湖近辺が深刻な打撃を受けそうなこと
・某国との南極での交渉役を南戸家が命じられたこと
・子供たちのサラドンの影響が不明だったこと
・他への感染防止のために家族ごとの南極派遣を希望したこと
…など、家族のことから国際関係に至るまで、およそ30分にわたって語っていた。足りないところはミナミが埋めてくれた。子供たちは、そしてサラドンたちはお互いに手をつなぎ、無言で意思を通じ合っている。
ふと気付いてみると、子供たちの手首辺りに… それが居た。
サラドンだ。
半透明がかったオレンジ色を基調に、少しずつ色が異なるゼリー状で、ちょうど掌に乗るくらいの塊だった。かつて自宅で見たアノ姿とも違っていた。
形は… なんと言ったら良いのだろう… ヌイグルミのメンダコに近い… と言えばピンとくるだろうか。クルクルと回る可愛らしい目のような部分が2か所と、タコみたいな、でも吸盤のない足が4本太く生えており、この足を使って立ったり移動したりできそうだった。
アレ? 6本のヤツも居る… もしかして不定形? 毛穴あたりから出てくるとすれば、不定形である方がむしろ自然だが…
口はどこだかわからない。発声ができるかどうかは不明だが、子供たちとはきちんと意思の疎通ができている様子である。もし声が出ないなら当面は子供たちの口を借りるとしようか…
詳しい詮索はあとにしておこう。
あとだ、あとあと!
それにしても… いつどこから出てきたのだろう。
びっくりするやん!
演説はさらに10分ほど続いた。
「ミナミ、ちょっと水をちょうだい」
「はいこれどうぞ、ふふふ、それだけしゃべったらノドも乾くでしょ… 」
さすが、阿吽の呼吸である。
「これでだいたい済んだかな… 南戸家としてはどうだろう? ばぁばは?」
「いやぁ、もうなにがなんだか… いいよ、なんでもススメとミナミに付いてくよ、こうなったら」
「は、ありがたいです。でも命にも関わるかもしれないことです。本当に… 良いですか」
「いいよ。この身体ごと命もあずけちゃる」
「カナタ」
「分かった。右に同じ… ああ、左だったか」
くすっと笑いがおき、和やかな雰囲気が広がった。
「セイラ」
「いいよ、賛成!」
「アンナ」
「うん… あたしもガンバル」
「ミナミは?」
「ふふふ、アタシはどちらかいうと当事者だもん。みんな協力お願いします」
期せずして拍手が起きた。
さて、サラドンどの。
貴殿は… ああ、ちょっとよそ行きになってしまった…
「サラドン、キミ達を巻き込むつもりではなかったんだけど、今の南極を、キミ達の故郷イザナミ湖を守るのには、日本という国の実力が不足だし、僕ら一家ではどう見ても力不足… だから正直に、率直に言おう。協力してほしいんだ。
たぶん僕らが交渉に失敗したら、大袈裟にではなくイザナミ湖の元の姿は無くなるだろうし、あのあたりの氷は解け、海も暖かくなるだろう。
交渉の実務は人間しかできないけど、サラドンがオレ達を裏から支えてくれたら、何とか勝てるかも知れない」
ちょっと言葉を切り、もう一口の水で唇を湿した。
「忍者って知らないよね。日本の伝統的… いや昔はわざと目立たないようにしていたけど、今は人気の昔のお仕事?… だよ。情報を集めたり、相手のふところに入り込んで相手をかき回すのさ。
忍者みたいに僕たちを支えてくれるつもりがあるかどうか、今日じゃなくてもいいからみんなで相談して考えてどうするか教えてほしいんだ。忍者の意味は… 今日今からカナタに話しておくから、カナタから聞いてくれたまえ。もし断ってもそれはそれでサラドンの事情だから仕方ない。キミ達がこれからどうするか、イザナミ湖の仲間をどうするか… それはサラドンたち自身で運命を決めるべきだからだ。わかってくれるだろうか」
サラドンから返事は返ってこなかった。またススメも今日そこまでは期待してはいなかった。子供らとサラドンたちと、ゆっくり考えてくれれば良い。
「そうだ、言い忘れていた… もし建設が阻止できたなら…協力してくれるなら… ささやかだけどね、キミ達が好きなD-アミノ酸を年間100kgずつ供与することを約束しよう。これで良いかな」
さらにコトバを継いでススメが宣言した。
「さあ、今朝はいったん解散だ。みなさんお疲れさまでした」
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